第123話「勇者どもの訪れ」
異世界転生モノの主人公の特権、それは向う見ずに大見得を切ることだとオレは思っている。
出所不明天涯孤独、どこの馬の骨から出土したのかも分からぬ異邦人ゆえに、可能性は無限大。
無から有を生み出すための嘘八百、屑鉄を金に変えるための虚偽もいいところの口先錬金術。
しかしよくも考えてほしいものだ。
どこから来たのかもわからない謎商人が金のようなものを売りつけてきて、誰が買ってくれるだろうか。
物珍しい知識をことさら賢しげに語ったところで、誰が出資などしてくれるだろうか。
自分の吐いた言葉の重みは、すべて自分に返ってくる。
それがその時、どれだけ軽率に無責任に吐いたセリフであっても、言葉の重みは他者の理解を通して自分に返ってくる。
重い、重すぎるとその時になって気づいて逃げようとしても、そのセリフを生んだ口は自分の身から外れてはくれないのだ。
「………なあ、胃痛にきく薬草とかってこの世界にある?」
「エルフやドワーフの胃を痛めるほどのストレスに対抗できる薬は、ない」
「でっすよねー」
「耐えろ、根性だ」
「エルフらしからぬワードにドワーフのオレはちょっと引いたわ」
「ドワーフの自覚もないくせに、よくも言うものだ」
「そっちこそ眉間に皺よってちゃエルフらしくないぜ」
「む」
もはや胃痛仲間と言うべきニルベーヌとの凸凹コンビで他愛のない話をしながらも、オレは考えを巡らせている。
オレは軍事を、国の政治はニルベーヌが、そういうすみ分けが一番やりやすいし効率的だとオレとニルベーヌは知っていて、分かり合っている。
だからこれからやることは、髭なしドワーフのコウたるオレと、ベルツァールの宰相にして宮中伯のニルベーヌ・ガルバストロの共同作業だ。
剣の柄に左手を添えて、右手に持つ杖をぎゅっと強く握りしめる。
人ならざる者との戦いにおいて先史あるいは戦史というものは、前世に存在しない。
エミュー戦争だとか例外はあるが、前世における人ならざる者との戦いはようするに害獣駆除か疫病との戦いに終始している。
ここから始まる戦いは、前世におけるオレの知識があまり通用しない戦いになるだろう。
参考になるのは澱みの魔女、ミレアとの戦いや、この世界の伝承や民話、そして歴史に記述されていることだけ。
魔法使いや竜狩り、ドワーフやエルフの戦い、そしてノヴゴールにおける人外たちとの戦い。
そんなものよりはファンタジー小説の描写の方が、まだ役に立つかもしれない。
トールキンは自らも第一次世界大戦に従軍し、後に≪指輪物語≫を生み出してハイファンタジーにおける絶対的存在となった。
ならば、ファンタジーといえども理屈は存在するはずだ。理不尽的なことはあれど、理屈のない理不尽はないはずだ。
「血が出るなら殺せるはずだ、だったか。月並みなセリフだが、今じゃそれが一縷の望みってやつだ」
「《澱み》の眷属を殺せるのはタウリカの一件で確かめられた。だが今回も同じような相手だという保証はない」
「けれども、《澱み》に対抗できる魔法使いたちは今現在、自由に魔法を使うことができない」
「そのため髭なしドワーフのコウが率いる通常の兵力で《澱み》を漸減し、その戦果をもってマルマラ帝国に魔法使いたちの有用性を私が説く」
「そーゆーこと」
「どちらも楽な仕事ではないな」
「嫌なら代わってもいいぞ?」
「食い殺される危険性が無い分、あのゼノポリス大主教、ミトリダテスと交渉する方がマシだ」
「ま、ですよね」
「お前こそこの役目、無理に最前線に出張る必要はないんだぞ?」
「エルフがドワーフの心配をするなんて明日には世界が終わっちまうかもな」
「冗談ではない。お前の身体のことはルールーから聞いている。万全の状態ではない中で、すでにお前は己の役目を一度果たしている」
「だったら、二度でも三度でも自分の役目を果たすまでだろ。成り上がるためには自分の仕事を果たすのが、オレなりの王道ってヤツなんだよ」
「……王道か。体のいい捨て駒にされるかもしれないとうのに」
「捨てる神あれば拾う神あり、だ。捨てられてもそれが死を意味するとは限らねえだろ」
「そうかもしれんな。村を焼かれ同胞を焼かれ、森へ山へと追いやられたエルフという種族の私でさえ、宮中伯という地位にいるのだ。世界は、まったくもって奇々怪々だ」
「ああ、だからこそ面白いんだよな。異世界ってヤツは」
「死ぬなよ髭なしの。モンパルプの領主として、このあとお前は領地の引継ぎが待っているのだからな」
「そっちこそ一世一代の交渉を失敗させんじゃねえぞ、耳長野郎。ドワーフの祟りは四千年、ってこっちじゃ言うんだぜ」
「耳ざとい奴め」
「偉そうな奴め」
お互いに苦笑しながら、オレたちはそれぞれの仕事に取り掛かる。
今日という日はとても長いものになりそうだと、そう思いながら。
―――
パラディン伯ロンスン・ヴォーンは地に膝をつき、土をつまんでそれを手の中でもてあそんだ。
赤髪碧眼で長身の男が神妙な表情でそうしているものだから、なかなかその姿は様になっている。
彼は思う。南部の土はいいものだと。
北部よりも栄養があり、王都よりも人の手が加わっていないため自然にほど近い。
もちろん、自然そのままというのが最善ではないことを彼は知っている。手を入れるべき自然もあるのだ。
つまんだ土の匂いを嗅ぎ、それを舌で舐めて、口に数粒含んだ土をガリリと噛み、ロンスン・ヴォーンは残りの土をもとあった場所へと戻した。
それは犬の姿をしながら人のような体を持つ、コボルドという種族とかかわってきたヴォーン一族の長く続くジンクスのようなものだ。
コボルドたちは大地、岩石、鉱物のあり様を感じ取ることができ、それらから祝福された種族であり、時としてドワーフの業物を凌ぐ武具すら創り出す。
ヴォーンの一族はコボルドたちと繋がりあい、尊重し合い、敬意をもって武具を授かり、自らの出陣の際には土を含み大地の祝福を受ける。
「怪物退治となりゃあ俺様の出番だな。なら遠慮なくコイツを抜けるってもんだ!」
口元を釣り上げて不敵な笑みを浮かべながら、彼は背負っていた身の丈ほどの大剣の柄を持ち、片手で抜き放つ。
コボルドが打ち出した竜殺しの大剣、一族に受け継がれてきた契約によって授かったこの世でロンスン・ヴォーンただ一人が振るえる、鉄塊。
たかだか人が城壁ほどの鱗の堅牢さと、砲兵のような火炎を吐き空を飛び、その手と尾は薙ぎ払うだけで人が血煙となる竜と相まみえようなど夢物語だと言われている。
ただ一人、〝竜狩りの〟ヴォーンの一族の末裔たるロンスン・ヴォーンその人を除いては。
コボルドの祝福を受けた白銀の大剣は、エルフのものよりも無骨で簡素であり、ドワーフのものより華奢で飾り気のないただの〝大きな剣〟だった。
しかしその分厚くも刃の鋭利な刀身こそは、曇り空から差し込んだ一縷の陽光を受けて、エルフのものよりも純朴に、ドワーフのものよりも華麗に煌めいている。
まるで子供が小枝を片手に駆け回るさまを見つめる太陽のように。
まるで青年が初めて授かった剣を煌めかせる燭台の灯のように。
その光はまるで、子供らの夢見る憧れそのもののように輝いている。
この業物に名はない。
大地に人が勝手に名をつけるようなことは、大地とっては些末なことだ。
ゆえに白銀の大剣は、〝白銀の大剣〟なのだ。
「神になんぞ誓っちゃやれねえ。だが大地よ空よ見るがいい! ロンスン・ヴォーンとベルツァールの義勇どもを!!」
快活な笑い声を炸裂させながら、ロンスン・ヴォーンは肩を並べる者どもを見る。
最前列に居並ぶのはトリーツ帯剣騎士団及びバンフレート騎士修道会連合、鎧姿の騎士どもだ。
信仰とやらに身を捧げて、動物ならして当然の生殖活動を自ら邪念として絶っているらしい連中のことはロンスン・ヴォーンは理解できないが、それでも恐怖に打ち勝って戦う者のことを馬鹿にするつもりはない。
板金と鎖帷子に身を包み、十字の刻まれたサーコートを纏って剣と盾を持つつわものどもだ。
それぞれに生まれた家があり、それぞれに名があり称号があり、盾を持ち剣を持ち、命を散らせる覚悟がある。
最高だ、とロンスン・ヴォーンは悦ぶ。ここにいる皆が〝勇者〟なのだ。
「さあ今宵、我らは皆そろって怪物殺しの物語の話者となろうぞ! 我こそはと声を上げろ勇者ども!!」
剣を大地に突き刺し、ロンスン・ヴォーンは振り返り叫ぶ。
それに呼応するかのように、〝勇者たち〟は剣を、槍を、火縄銃を掲げて鬨の声を上げる。
士気旺盛まこと良し、死ぬまで戦うには死ぬまで戦う気合がいるものだ。
その中には男どもに交じって、強かな女たちもいる。
北の要地タウリカの辺境伯の一人娘、アティアは魔法の腕輪に収納していた防具や剣を携えて、その大きな胸を張りながらはつらつとした笑顔を浮かべながら戦列に加わっている。
その後ろにいるのはつつましい胸に不機嫌そうなへの字口のモルドレット・ボラン女男爵で、まあいつもの如く死ぬまで不機嫌そうにしていそうな雰囲気であった。
怪物どもや化け物どもと戦うのだから、死ぬまで足掻くというのだから、そこに男も女もないのだとロンスン・ヴォーンはやはり今日も不敵に笑うのだった。
シンエヴァと庵野の密着番組を見て満足したので初投稿です。