第121話「記憶と記録の鑑定」
保護者というのは、なにも見つめているだけの存在ではない。
ルールー・オー・サームは実際にかなり抜けている女魔法使いだけれども、その分だけ抜け目のないところも併せ持っている。
その性質は人間としてはかなり歪で、通常の倫理観からすれば意味不明なほどに歪んでいるが、その歪みは魔法使いゆえのものだろうか。
魔法使いはその成り立ちから今に至るまで、どこかに歪みを抱えている。
それは大抵、倫理観よりも優先される知的好奇心と≪魔法≫に対する執念とも言えるほどの向上心として発露する。
魔法使いは、≪魔法≫をもってしか対抗できない存在を滅する―――それこそが彼、彼女らのイデオロギーであって、それ以外にはない。
そんな魔法使いの中でルールー・オー・サームが変人扱いされているのは、彼女の倫理観が常人のそれと一致しているように見えるからでしかない。
だからといって、彼女が本当に常人と同じ倫理観を持ち合わせているのかといえば、それは違うというのが本当のところなのだが。
そういうわけで、ルールー・オー・サームは保護者として髭なしドワーフのコウと、そして革命の指導者サトルとの密会を、ばっちりと観測していた。
「すみませんね、デッド・マンハッド。あなたの魔力を使わせてしまって」
「問題はありません。サーラット公爵付魔法使いとして、公爵との契約に従っているまでのことです」
「はぁ……? サーラット公爵は私があなたの魔力を使う、ということまで予見していたので?」
欺瞞術式を展開しながら二人を見つめているのは、ルールーだけではない。
隣にいるのはガルバストロ卿とマルマラ帝国皇帝レオン二世との話し合いを取り持った魔法使い、デッド・マンハッドだった。
ルールーは彼の項に左手で触れながら、彼の魔力を使って欺瞞術式と観測術式を練り上げている。
制限されている魔力を他者に使われながらも、デッド・マンハッドは嫌な顔一つせずに苦笑する。
本来ならば魔力を制限されること自体が魔法使いにとって不快だというのに、その貴重な魔力を他者に使わせるというのは驚くべきことだった。
そんなことも考えずに彼の魔力を使うルールーもルールーなのだが、それも意に介さず彼は言葉を漏らす。
「おそらくは。あの方はパズルが組みあがっても、他者に正解を教えるなどということはしません」
「良い性格してますね……」
「なかなか仕え甲斐のある人間です」
「あはは……、そうですか……」
「魔法使いの扱い方が上手いですから」
それは珍しい方ですね、といいつつも、ルールーは観測術式で二人を見つめる。
≪ギフト≫と≪魔法≫は似ているが、根本的なところで違う。
一方で、似ているからこそ観測方法さえわかればそれを鑑定することもできる。
伊達に≪監視者≫などという役職についていたわけではないルールーは、それを使うことができる。
魔力という源泉を行使しない現実の改変や超常現象は、魔法使いから見れば世界の理に反する怪現象の一つでしかない。
それらを付与され、前世の記憶を持つと主張する存在、―――いわゆる≪転生者≫たちとその能力の≪ギフト≫は、魔法使いにとって無視できないものだった。
故に、それを判別し区別し特定し鑑定する術式が、今なお存在する。
その術式で二人を見つめながら、ルールーはサトルの≪ギフト≫がなんなのかをおおよそ特定し、その能力の行使によってなにが行われているのかも把握した。
彼の≪ギフト≫は原始的な記憶共有、そして現時点で共有されている記憶は複数人の記憶を統合した寄せ集め、スクラップブック。
「興味深い。記憶の共有とは」
純粋な好奇心をそのまま口に乗せてデッドが言えば、ルールーは眼帯に覆われた瞳に観測術式をさらに編み込み、鑑定を深めていく。
「けれども、これは原始的な記憶共有でしかありませんよ。あったこと、見たこと、したこと、感じたことを共有するだけに過ぎません」
「その手の分野には詳しいのでしたか。疑似記憶と生来の記憶との違いも、ルールー・オー・サームは見抜けると聞いたことがあります」
「生来の記憶と作られた記憶の違いはよくわかります。整合性や全体の完成度が違うので」
「やはり、作られた記憶は元の記憶には合いませんか」
「いいえ、デッド・マンハッド。作られた記憶はびっくりするくらい綺麗にはまるんです。まるで記憶のパズルとして、最初からそう作られたかのように」
「作られた記憶の方がより自然な状態に見える、と?」
「作られているからこそ綺麗に揃うんですよ」
欺瞞術式と観測術式に加えて、発見した≪ギフト≫の能力を書き留めるためのレポート作成術式を展開しながら、ルールーは続ける。
「記憶とは、生来見聞きしたことを記録したものではなく、単に覚えていたいと無意識に選別した記録の群れなんです。それは嫌悪や恐怖によって意識的に取捨選択されるものではなく、もっと深いところにある深層、―――イドが取捨選択した、栞も色付もされていない非常に不便な資料保管庫のことなんですよ。それはどれだけ論理的な思考を持つものであっても、潔癖症なものであっても違いはありません。なぜならそれは意識の範疇外で行われているものなのですから、どうしてこの記憶を忘れているかなどという理由付けは、本人の自己満足のためにするものであって、忘却の本当の理由ではないんですよ」
「なるほど。だからこそ作られた記憶は揃っている」
「ええ。そして今、コウが見聞きしている記憶はそこまで揃っていません。不揃いのものを繋ぎ合わせて、彼に見せているんでしょう」
「その≪ギフト≫の研究の進展によっては、魔法によって完璧な記憶の改ざんができるかもしれませんね」
「できたところで、きっとろくでもない使われ方をするだけですよ」
「できることこそが魔法使いにとって重要なのですよ、ルールー・オー・サーム」
「………そうかもしれませんね」
サトルの≪ギフト≫の鑑定とその能力の特定を終えて、ルールーは観測術式を終了しようとした。
その一瞬、眼帯に周辺の光景が映った時、ルールー・オー・サームはここにあってはならないものを見た。
魔法の青白い輝きからもっとも遠い存在、掻き消し照らし出し殲滅されるべきもの、黒く澱んだ邪気の塊。
「―――≪澱み≫の連中が、欺瞞策も取らずにいる?」
「なんだと?」
デッド・マンハッドに観測術式の視界を提供し、ルールーは唇を噛む。
そしてその≪澱み≫を見たデッド・マンハッドは、表情を曇らせ、その邪気が群れをなしている方向を見つめる。
それは三叉路の先、ベルツァールの軍が駐留するヴァレスでもなく、リンド連合の軍が駐留するペルレプでもない。
その道は、ミヌエという小さな村へ通じていた。
感想にて「これって主人公この記憶が捏造/改竄された物で今洗脳されてね?」と指摘されて「あっそうじゃんまじそれだったらやべーじゃん!!」と作者がビビりちらかしたのでそうじゃないよってことを説明&ねじ込みながら初投稿です()