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第117話「考える革命の人」



 長く細長いトンネルを通るような感覚のあと、オレの意識は身体に戻ってきた。

 椅子の感触があり、熱く疼くような関節の痛みが戻り、ぼんやりとした視界に戸惑いを覚える。

 今のはいったいなんだったんだという恐怖と焦りで汗が吹き出し、空気を貪るように吸い込む。


 目の前の椅子に座っているサトルは意外そうな顔をしながら、それでも椅子から立ち上がろうとはしなかった。

 ただ彼は眼鏡を磨いていた手を止めて、少し悩んだ後にその眼鏡をかけて、机に肘をついて顎を乗せ、じっとこちらを見つめる。

 まるで値踏みしているような黒い瞳だった。



「どうやら君はこの手の能力に耐性があるみたいだ。なにかが引っかかって意識が戻ってきたね」


「使う前に説明をしろよ、未知のギフトで殺されるかと思ったぞ」


「虚を突くのが一番やりやすいんだよ。でも、すまなかった。《侵食心神エロージョン》は僕の記憶の中に相手を招き入れるギフトさ」


「オレが見たのはたしかにお前の記憶なんだろう。でも声が……、お前じゃない誰か別の……、女の声が聞こえた」


「それはウィクトリアの感情だろう。彼女も僕の記憶の中に入ったことがある。その時に遺したのかもしれない」


「……お前の記憶は、招き入れた者たちの記憶や感情も入り込むのか?」


「等価交換、とは言わないかな。代償と言ってもいいかもしれない。招き入れいた者の分だけ僕の記憶は膨れ上がり、混じり合っていくんだ。その逆もある」


「他者の記憶がお前の記憶を侵食するように、お前の記憶もまた他者を侵食する……のか?」


以心伝心ハーモニーとは言えない。だから侵食エロージョンと呼んでる」


「で、それを使ってオレと分かり合おうって?」


「互いの理解のためだ。話し合っていたら間に合わない」


「いったいなにに間に合わないんだ? 今回の軍事行動もそうだ。冬が来るのにこれだけの数を動員してる。冬が来る前に王都へ辿り着けても、バンフレートの城壁の外で凍えて死ぬのがオチだったはずだ」


「それを君に伝えたいんだ。危機感を共有したい。ただそれだけなんだ」


「そうかい」



 なるほどね、と首肯しつつもオレは溜息を吐く。

 こうして面と向かって相対した場合、オレという人間―――いや、ドワーフの戦闘能力は皆無に近い。

 火事場の馬鹿力と死にたくない一心で戦うならまだしも、一人でそれをやったところでたかが知れているのだ。


 その上でオレはサトルの瞳を見て思う。

 抵抗は無意味だ。それにオレはなによりあのヴィジョンから生じた革命れきしが見たい。

 理不尽への抵抗と体制の打破、そして新たな秩序と体制の立ち上げは、楽園ユートピアとは程遠い。


 革命の道はロシア革命でそうであったように、彼らが掲げる赤旗のごとく赤い血で舗装されている。

 体制の打破とは響きは甘美で魅惑的だが、大抵の場合は旧体制アンシャンレジームの破壊という過程を通ることになる。

 それは旧い秩序と体制を守ろうとする人々との戦いに発展し、新体制に対する反逆という名目で旧い人々は処刑される。



「そいつは………興味深い(・・・・)



 自分でも口にしようとは思わなかった言葉が、自然と唇から零れ落ちる。

 熱情と狂気に彩られた自由と解放を求める闘争、それは歴史において非常に密度の高い事象だ。

 一つの国家の中で旧体制と新体制が立ち上がり、己の存亡と権利を巡って争う純白の理想と血塗れの現実という乖離に苛まれ、熱狂がそこに伝染する。


 互いが互いの体制に対して万歳フラーと叫びながら、己の正義を信じて殺し合う。

 濃密で凄惨であると同時に、そんな現実とは別に極限の理想主義と現実主義がせめぎ合う瞬間。

 歴史好きがそんな瞬間を垣間見たとして、いったい他にどんな感想を抱くだろうか。


 オレは本気でそう思った。

 腐敗した体制の理不尽と冷血を見て、それに憤った感情の熱量が一つの国家を革命で燃やしたのだ。

 これは、実に興味深い(・・・・・・)

 


「分かった。いいさ、続きを見せてくれ」



 少しだけ意外そうな顔をして、サトルは再び眼鏡を外す。



「地獄の始まりを追体験して、続きを見せろと言ったのは君が初めてだ」


「〝汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ〟って言えたらかっこよかったぞ」


「さすがにそこまで博識じゃないよ」



 苦笑交じりにサトルは「それに」と続けて、オレをじっと見つめる。



「望みを捨てた灰となった人に、燃えるような革命は起こせない」



 そうして、オレは再び堕ちていく。

 赤い革命ジゴクの只中へ、幾多の人びとの思いが共有され侵食し合う混沌カオスの中へ。

 しかし、やはりというべきか、それは決して気持ちの悪いものではなかった。


 どこか懐かしい感覚がオレの身体を通り抜けていった。

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