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第115話「講和会議・午前」

 マルマラ帝国の全権委任大使は、天幕の下に集った面々をゆっくりと見まわした。

 まずはベルツァール王国側の総司令官パラディン伯ロンスン・ヴォーン、軍権委任担当者でオレこと髭なしドワーフのコウ、そして王の代理人として宮中伯ニルベーヌ・ガルバストロ。

 その後ろにはルールー・オー・サームとアティアが並び、南部諸侯代表としてローベック・トリトランが、さらにその後ろに王国貴賓の世話係としてシンと四人の従者が並ぶ。


 対して、長机の前に座るのはリンド連合の面々である。

 上座には赤い長髪と縦に走る瞳孔の碧眼を持つ、スレンダーな体を地味な軍服で包むウィクトリア・ギー・リンドブルム。

 その隣には、眼鏡をかけた黒髪の青年、総責任政治運営者のサトルが座る。名前からして、彼が転生者なのは間違いないだろう。


 末席に座っているのは体格のいい髭面軍服の壮齢の男で、シモン・バドニー将軍というらしい。

 後ろに並んでいるのは揃いの軍服に身を包んだ正規兵、事前の通告が本当なら師団長クラスの男たち。

 そしてさらにその後ろには、軍服とは違った揃いの服を着こんだ、生真面目そうな従者が五人。



「ふむ、結構。―――剣の誓いによってこの場における決闘ならびに、死傷を伴う暴力行為は、マルマラ帝国皇帝レオン四世の名においてこれを罰すると宣言いたします」



 しわがれた声で宣言したのは、長机の頂点に座る黒い修道服姿の老人のものだ。

 王都で見たトリーツ大司教国のオットー四世のような、まるでサンタクロースのようなもじゃもじゃの白髭に、もじゃもじゃの白髪からちょこんと翡翠色の瞳が覗いている。

 顔面だけに限って白い〇ックですゾー、と心の中で赤いもじゃもじゃのモンスターのモノマネをして、一人で吹き出しそうになったのは秘密である。



「私はゼノポリス大主教、ミトリダテスと申します。皇帝は私にマルマラ帝国全権委任大使としての権限と、ベルツァール王国とリンド連合の仲介という責務をお与えになりました」



 これを神に感謝しましょう、と言う白いムッ〇ですゾ。

 始まったのはミトリダテス六世が、前世はどこかの学校の話の長い校長先生だということを確信させるには十分すぎるほどの長い長い前振りだった。

 休戦と講和を第一に考えていたのが、こんなところで足止めされる羽目になるとは思っていなかったので、オレはイラついたが、我慢する。


 我慢はし過ぎると精神を壊して身体も壊すが、これくらいの我慢ならしても大丈夫だ。

 その前振りを略すと、まず皇帝の権威とこの度の責務に対する感謝と、両国の戦いによる犠牲者の追悼、そして今回の会合によって両国が再び正しき信仰の下で再び手を取り合うことを祈っているという内容だった。

 長い話に我慢しくれなくなったアティアかルールーあたりが後ろの方で船を漕いでいたのか、シンが気を利かせて飲み物をすすめる声が背後から聞こえる。



「―――さて、では会合の本題といきましょう。まずはベルツァール王国から、条件を提示していただこうと思いますが。リンド連合側より異論はありますかな?」



 ミトリダテスがリンド連合側の席を見れば、上座に座る赤毛の女性、ウィクトリアが凛とした声で言う。



「ご配慮感謝する、大主教殿。我々、リンド連合はベルツァール王国が会合の第一声を務めることに異論はない」


「結構結構。それではリンド連合側の合意も取れましたので、ベルツァール王国より条件提示をお願い致します」


「ご配慮くださりありがとうございます。宮中伯、ニルベーヌ・ガルバストロよりベルツァール王国が講和に際し、以下の条件を提示いたします」



 ニルベーヌは静かに立ち上がり、羊皮紙にしたためてある講和条件の内容をはっきりとした口調で告げる。




1.ベルツァール王国ならびに旧リンドブルム公国との国境の回復と、王国内よりのリンド連合軍の撤兵。


2.現地民より徴収した食料品などの物資を含む速やかな補填。現物が不可であれば金銭による補填を可とする。


3.南部諸侯の領地に流入した難民に関する問題解決に向けた、継続的な取り組みに関する取り決めの制定。


4.南部諸侯に対する賠償金の支払いと、損失に対する補填金の支払い。


5.ベルツァール王国に対しての最低三〇年間の不可侵条約の締結。

 


 これでもかなり妥協した方だ、とオレは思う。

 リンド連合が駐屯した南部地域は大なり小なり、物資の徴収が行われ、これから来る冬を乗り切るには補填がなければならない。

 流入した難民もこちらが抱えたままにすればいずれ問題が大きくなるし、出来るなら皆が帰国するようにしたい。


 四つ目と五つ目はオレの立案ではなく、ニルベーヌとロンスン・ヴォーンが組み込んだものだ。

 賠償金の有無は相手の態度を硬化させるとオレは反対したが、賠償金がなくては戦費支出でいざという時に動けなくなる、と。

 そして不可侵条約は単純に、失った兵力や人員を南部が回復するまでの時間稼ぎという意味がある。



「詳細は、今回の会合ですり合わせていくつもりです。ベルツァール王国の意向はこの五つで間違いありません」


「結構結構。常識的な要求ですな」


「失礼ながらミトリダテス大主教、これは要求ではなく、あくまで提案です」


「おやおや、これはとんだ読み違えを。―――それでは次に、リンド連合からのお話を聞くと致しましょう」



 ほっほっほ、と好々爺らしい笑い声をあげつつ、ミトリダテス大主教はリンド連合に手番を回す。

 立ち上がったのはウィクトリアではなく、その隣の総責任政治運営者であるサトルだった。

 彼は立ち上がっては眼鏡を直し、手元に用意していた羊皮紙を見ながら淡々と述べる。



1.リンド連合は領土野心がないことをマルマラ帝国ならびにベルツァール王国に示すため、軍の撤兵を二か月以内に完了し、旧国境を速やかに回復する。


2.現地民より徴収した食料品などの物資を含む補填に関しては、優先して行うこととする。


3.ベルツァール王国内部に流入した政治犯や反政府主義者、難民に関しては、両国が協力してこれを解決する。


4.両国に大きな混乱をもたらした〝救心教〟と呼ばれる宗教組織の取り締まり、及び摘発を両国が協力してこれを行う。


5.同宗教組織の拠点と思われるベルツァール王国領有地域ノヴゴールにおける、これの取り締まりと摘発、ならびに実態調査を両国が協力してこれを行う。


6.場合によっては、両国が貿易条約を始めとする緊密な連携と協力を結ぶことを念頭に、効力二〇年の不可侵条約を締結する。



 ほっほう、とロンスン・ヴォーンが感嘆したような声をあげる。

 オレを挟んで反対側のニルベーヌはそれとは逆で、机の下の拳をわなわなと震わせているのが見えた。

 それはそうだろう、とオレは従者が配っているリンド連合側が用意した紙面に目を走らせ、苦虫を噛み潰したように押し黙る。


 これは一見、かなり宥和的に見えるがそうじゃない。

 特に四項目からの流れは『両国が協力してこれを行う』と協調路線を強く打ち出して友好的に見えるが、これが一番厄介だ。

 この三項目はあくまで国交が回復した前提で、ベルツァール王国内への干渉を明言していると言ってもいい。


 言い方が友好的ではるが、実質的な王国への干渉にも等しい。

 第一、〝救心教〟はあの〝澱み〟と関連しているのだ。それと対峙するには、オレたちにはまだ力が足りないとオレは思う。

 それに対抗するには、たとえばルールーたち魔法使いが完全な力を使えるようになるとか、それこそ王国と連合、そして帝国の三か国による連携が必要だ。



「結構結構。では両国の意見が出たところで、その内容について話し合いといきましょうか」


「それより時間も丁度いいことだし、休憩もかねて飯ってのはどうだい? 戦地ではあるが、一応もてなす準備はできてるんだぜ?」



 にっ、と不敵な笑みを浮かべながらロンスン・ヴォーンがいつもの口調で言い出した。

 ミトリダテス大主教はその言葉遣いにも顔を顰めることはせず、口元をほころばせながら答える。



「ほっほう、それも結構。リンド連合側の方々はいかがなされますかな?」


「僕らはそれで構いません。なにより、休憩時間中に相互理解もできるかもしれませんから」


「サトル様は見た目より聡明な方のようですな。それでは休憩と致しましょう。再開は日が少し傾いた頃ということで」



 異論はありません、と皆がそう答えると、ぞろぞろと天幕から人は去っていく。

 オレは膝の具合が少し悪いので杖を片手にぼんやりとしていたが、その時にふと自分に向けられている視線に気が付いた。

 机の向こうに一人だけ、座ったままの男がいる。


 眼鏡越しにじっとこちらを見つめているのは、リンド連合の総責任政治運営者であるサトルだった。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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