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第111話「血の呪いと戦の跡と」


 炎の壁の熱気で後ずさりながら、サトルは拳銃を納めウィクトリアを見た。

 炎のように赤い髪は風で棚引き、碧い瞳はじっとこちらを見据えている。

 狼狽して炎の壁に慄いている兵士たちを無視して、サトルは彼女の肩をつかむ。



「なぜ、どうしてなんだ……」


「私とお前は一心同体。私は、お前を殺させはしない」


「でも、だからって……竜との契約を―――」


 

 サトルが言葉を言い切る前に、ウィクトリアの赤い髪は炎のような色鮮やかな色に変わっていく。

 単なる赤ではなく、燃え上がる炎そのものの色合いに。赤とオレンジと、まるで夕焼けのような色が複雑に絡まった色へと。

 碧い瞳の瞳孔は蛇のように縦に伸び、その目からは血の涙が流れる。

 

「ウィクトリア……」


「父フロリアンはバルザックに傷を負わせ、契約者たりえなくなった。私がそれを繋ぐのは当然だろう」


「僕らの、僕らが紡ぐ時代にリンドブルムの契約は不要だって、言ったじゃないか」


「ああ、言ったな。だがな、サトル」



 そっとウィクトリアはサトルを抱きしめ、彼に静かに囁く。

 火が、炎が徐々に勢いを失っていく中で、彼女の温もりは暗夜に灯る篝火のように染み渡る。

 炎竜バルザックとともに、魔法国家レグス・マグナを退けた英雄にして初代リンドブルム公爵。

 その血が彼女にも流れている、まるでなにかの呪いのように。

 


「君のいない時代なんて、私には到底耐えられない。君と私は共犯者……二人で一人じゃないか、サトル」



 竜との契約は、人であることを放棄することでもある。

 その契約を違えれば、邪道に落ちたものとして体を焼かれ、罰を受ける。

 覚悟はあったのだ。ならば、サトルは彼女を受け入れるしかできない。


 もっと自分が強ければと、サトルは常々思い続けてきた。

 一人で千人の敵を倒す一騎当千の力があれば、彼女を守って生きて行けたかもしれない。

 強大な魔力があって、あらゆる魔法使いや騎士たちを雑魚同然に蹴散らすことができたとしたら。


 万人万艱を排して、あらゆる敵を倒しただろう。

 彼女と自分のために、どれほどの民や貴族が地獄に追いやられても、願いを叶えるために進んだだろう。

 そのための力が、もしあったのなら。


 ―――だが、そうはならなかった。ならなかったのだ。

 サトルが受けた贈り物(ギフト)は、誰かを打ち倒し勝ち誇るための力ではなかった。

 それは彼を革命家として支え、幾多もの人々を救い、共感させるための力でしかなかった。


 だから、成しえなかった華々しい英雄譚は、妄想ここで終わるのだ。

 嗚咽を噛み殺し、涙を耐え、喉奥にまで出かかった泣き虫を飲み下し、彼は彼女の体を抱きしめる。

 涙が枯れるほど、嗚咽が掠れるほど、英雄になりたかった青年は、一人の女を選ぶのみだ。



「……手打ちにしよう、サトル。冬の訪れまでに南部を攻略するのは、もはや不可能だ」


「ああ、分かった」



 互いの温もりをたしかに腕の中に感じながら、二人は決断する。

 時間と人員をありったけ使えば南部は落とせるが、それは許容範囲を超えている。

 当初よりベルツァールの軍は精強になり、第四軍のみでの攻略はさらなる損害と混乱をもたらすことは目に見えて明らかだ。



「停戦協議をしよう。僕が行く」



 まずは、戦闘を終わらせなければならないと、サトルは号令を出すために踵を返して戦線に向かった。



―――



 北部騎兵が武具の再装備を終えて三叉路に戻ると、戦いはすでに終わっていた。

 互いの戦列の最前方に白い旗が掲げられ、お互いの兵たちが戦場跡に散らばる死体を前に祈り、泣いて、静かに運んでいる。

 騎士修道会のものたちなどは各々が散らばって虫の息の者がいれば最後の祈りを唱えてやり、死者にも礼を失せず敵味方問わず祈りを唱えている。


 武器を収めて馬を歩かせると、血や泥で汚れた両軍の兵がスクルジオたちを見上げた。

 戦いの熱狂の最中、ずっと忘れてしまうことがあるとスクルジオは彼らの顔を見ながら思う。

 彼らは兵であり戦士であるが、その生きざまは多様であり、そもそも彼らは兵である以前に、人間であるのだと。


 そんな中で髭なしドワーフを探すのは、意外と簡単であった。

 北部騎兵たちも馬を預けて死体運びに加えてやりつつ、スクルジオも馬を降りてその小さな肩を叩く。

 髭なしのドワーフは泥と血で汚れた格好のまま、静かに手を合わせて祈っていたようだった。



「お前の考えた通りに、私はやれたか?」


「ああ、もちろん。これ以上ないほど見事な騎兵突撃だった」


「ならばお前の表情が冴えないのはなぜだ、髭なしのドワーフ」


「……身体のあちこちが痛むからだよ」



 苦笑を浮かべながら片手に杖をもって、コウはまるで老人のようにとぼとぼと歩きだす。

 背負っているホイールロック式のライフルは、乱暴な扱いに耐え切れずにホイールロック機構が壊れてしまっている。

 腰から吊るした鞘には乾ききっていない血で濡れていて、彼の顔もまた返り血で汚れている。


 とぼとぼと去ろうとするコウの肩を、スクルジオは掴む。

 三叉路の戦いを勝利に導いた男の肩にしては、頼りない、細い肩だ。

 その頼りない細い肩がかすかに震えているのに、スクルジオは気付いている。

 


「それだけではあるまい」


「……オレは自分が思っている以上に、殺しすぎた」


「数はまだわからないではないか」


「ざっと見ただけで、数百人は死んでる。それは明らかだろ」


「そうかもしれん。だが、お前は数千人は救ったはずだ」



 それは事実だった。

 このままリンド連合の進撃が続けば、否が応でもベルツァール王国は安定を失い、分裂の危機に晒されたかもしれない。

 聖王アルフレートの血脈の威光に陰りが見えたとすれば、ドワーフ、エルフ、半獣人といった諸種族が反乱を起こすかもしれない。


 リンド連合が諸種族に対して大きな自治権を与えると言えば、それはかもしれないという可能性ではなく、確実な未来となるだろう。

 単にそうならなかったのは、リンド連合が人間と竜種による国家であるためであり、ベルツァールのような多種族国家ではなかったというだけにすぎない。

 彼らはベルツァールの複雑な、多種族による連携という内部事情を知らず、それを利用するという手を思いつかなかっただけだろう。


 だがもし、だ。

 南部が失陥してエルフやドワーフといった種族が、彼らの占領下に置かれたら、その内情はリンド連合に流れ王国は危機に瀕する。

 この小さな背中の髭のないドワーフは、その危機から王国を救ったのだ。



「それこそ、かもしれん、だろ。ここにもし(IF)はないんだ」


 

 だというのに、本人は不貞腐れたようにそう言って、なおも死体で埋まった三叉路を見遣るのだ。



「もしはなくとも、お前が思っている以上の偉業を、お前は成し遂げたんだ。誇れ、胸を張れ、祈る以外に我ら生者には、それしか出来ないのだからな」



 スクリジオがそう言うと、コウはようやく彼の顔を見て、問うた。



「スクルジオ……お前は、そうやって乗り越えてきたのか?」


「そうだ。死者は語らぬ。故に、我らは死者を貶めぬようにするだけだ」


「……そうか、そうだな。オレはもう、祈りは済ませたよ」


「ならば、胸を張って歩くのみだ」



 行くぞ、とスクルジオはコウの手を取って共に歩く。

 この髭なしのドワーフは、自分が成し遂げたことに対する達成感よりも、事実としての悲惨さを受け止めるだけの視野の広さがあった。

 この一戦、歴史書に刻まれるならば《三叉路の戦い》と呼ばれるだろう戦いは、ベルツァール王国にとって軍事的に価値あるものだ。


 《諸兵科連合》と、貴族ごとの私兵部隊というそれまでの概念から、戦術的機動と運用を重視した《戦時編成》としての《連隊》。

 他にもコウの業績ではないが、王国宰相たるガルバストロ宮中伯による兵站管理による兵力の維持と回復も無視することはできない。

 また、国王の勅命を受けたロンスン・ヴォーンは彼の指揮権を盤石なものとし、南部諸侯たちの兵を指揮下に置くことを可能とした。


 運がよかった、運命の女神が味方したと、いう見方もできる。

 それでもこれらの幸運を味方につけながら、この《三叉路の戦い》で見事に勝ちを拾ったのは、このコウだ。

 この戦い結果が、リンド連合との休戦につながるということを、コウもスクルジオもまだ知らないのであった。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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