第109話「敵本営への突撃」
スクルジオに率いられた北部騎兵たちは、凄まじい速度でリンド連合の側面から突入した。
それは騎兵隊というよりも、一つの荒れ狂う巨大な生物のようでさえあり、事実としてそのように振舞った。
パイクすら持たず、まして対騎兵陣形の方陣すら組むことさえ出来ず、リンド連合の右翼はその突撃をまともに受けた。
軽自動車が時速四〇キロで自分目がけて突っ込んでくる様を想像してみるといい。
明確な殺意を持ってハンドルを握るドライバーは、目の前の人間を突き飛ばしてやろうと血走った目をしている。
怒りによるものか、それとも興奮によるものか、彼はわけのわからない言葉にさえならない鬨の声をあげている。
―――それが、騎士の時代を席巻した騎兵というものだ。
並みの兵士のものよりももっと高価で分厚い胸甲は、簡単には貫けはしない。
スクルジオの身に纏っている胸甲などは楔状で傾斜装甲の概念が取り入られているし、銃撃を想定して増加装甲を重ね、それがうまいこと空間装甲になっている。
増加装甲の左側に金槌で叩いたような跡があるのは、防具職人がスクルジオの目の前で強度テストと評して一発銃弾をぶちこんだ傷跡だ。
身の丈ほどもある長銃から放たれた鉛玉は、増加装甲の表面で見事に砕け散った。
それほどの装甲を身に纏い、よく飼育され訓練された愛馬とともに、使い慣れた武具を持ち、全力で敵に突撃するのである。
止まるわけがない。事前に対騎兵陣形の方陣を組んで槍兵を前に出すか、パイク兵が槍衾を形成するかしなければ、その突撃は止まらない。
「北部の子らよ、止まるなぁぁぁっ!! 我らが目標は、敵将の首のみ!!」
右翼に展開する騎士団、そして騎士修道会の者たちを尻目に、北部騎兵は敵軍の真っただ中へ突入する。
軽騎兵としての役目を終え、一度後方に下がって重装騎兵として戦場に舞い戻った北部騎兵は、一瞬で敵軍を弾き飛ばす。
長槍で敵を刺し殺し、サーベルを抜き放ってはそれを振るい、馬は動揺する民兵どもを轢き殺して蹄を濡らす。
悲鳴など上げる者がいても慈悲はない。
まるで猛獣が犠牲者の肌を切り裂き肉を断つかのように、右翼に突撃をかけていたリンドの軍勢は一瞬で引き裂かれた。
増援で投入された連隊も、騎士団に叩きのめされた連隊も区別なく、騎兵によって完膚なきまでにズタズタにされたのだった。
「さあ騎士よ、いざ立て!! 勝利は我が前にあり!!」
北部騎兵が通り過ぎた後、士気崩壊を起こしたリンド連合の兵たちに騎士団は間髪入れずに襲い掛かる。
頭のてっぺんからつま先まで防具を身に着けた騎士を前に、民兵がほとんどのリンド連合の軍勢は完全に無力だった。
士官がどのような手段を使って民兵の敗走を止めようとしても、士気崩壊を起こした彼らは戦列を組みなおすことなく逃げ始めた。
―――
オレはスクルジオの北部騎兵が右翼軍を突き破り、そのまま敵中央に突入したのをしっかりとみていた。
敵の突撃を受けて決死の覚悟で乱戦の只中にいたオレと火縄銃士組合の兵たちは、身心ともにぼろぼろになりながらもその突撃を押し返しかけていた。
粗暴な扱いをされたベルツァールロングライフルは、銃身も歪んでそうだし、なによりホイールロック式機構が完全に壊れてしまっている。
銃剣は血と泥で汚れていて、服だって返り血と泥だらけで悲惨なありさまになっている。
ほかの火縄銃士組合の兵たちも似たり寄ったりで、銃剣が折れて銃床で敵を殴り殺したりした者さえいた。
パイク兵が整然と戦列を組んで左右を固めてくれていなければ、危ないところだったと自分でも思う。
何人殺したのか、数えることすらできなかった。
荒い息を整えながら全身に掻いた汗のせいで、返り血と泥で汚れた服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
けれど、血と泥でまみれたクソみたいな中にあっても、スクルジオの北部騎兵の突撃は最高だった。
オレの作戦は、典型的な鉄床戦術みたいなものだ。
相手の軍を正面で受け止めて時間を稼ぎ、こちらでもっとも機動力があり突破力のある北部騎兵を横合いから突入させる。
第二次ウィーン包囲において、十五万のオスマン帝国軍の本営に突撃した三千騎のポーランド・リトアニア騎兵のように。
「………これでダメなら、もっとやらなきゃならないからな」
敵本営への突撃と、それによる敵の士気崩壊、ならびに戦術的撤退の選択。
それこそが対リンド連合戦における、決戦の第一妥協点であり、それが達成できなければ第二に移行する。
この戦いは敵を負かす戦いである以上に、敵に負けさせる戦いでもあるのだ。
そうでなければ、戦争の終結という最大目標は、達成できないのだから。
またぞろ精神的にまいってしまい、更新が大分遅れました。
ちょっとずつもとに戻していけたらなーと考えてます。