第108話「有翼衝撃重騎兵」
なぜ打ち崩せない? と、サトルは戦いを後方から見つめながら眼鏡の位置を直す。
手薄な右翼に敵陣に五倍の戦力を投げつけ、砲列と銃兵で統一された中央に突撃させ、左翼には牽制の部隊がきっちりと控えている。
結果、右翼は敗走、中央の戦況も槍兵の統率された動きで損害が増しているため良いとは言えず、左翼は牽制のし合いで完全に停滞している。
追加で戦力を投入するべきかと彼は隣に控えているウィクトリアを横目に見つつ、思う。
兵力ではこちらが圧倒的に優位にある。逆を言えば、こちらが相手より優勢な点が、それしかない。
ならば、ここで迷っている時間はない。
「右翼に追加で二個連隊を突撃させろ。あの古臭い騎士連中を粉砕するんだ。可能なら中央も追加で一個連隊で突撃し、砲列を無力化しろ」
「諒解。伝えます」
伝令が走り出したのを見送り、サトルはじっと見つめる。
敵は正面だけではない。こちらよりも数の多い騎兵がいる。
だが、その騎兵はどこへ行った? バドニー将軍の騎兵隊が、きっちりと追い回してくれているだろうか?
分からない。判断材料が欠落している。
革命の時はもっとうまくいった。数が多ければ多いほど、権力者たちは剣を取るか逃げるかの判断を迫られる。
剣を取れば民衆は怒り、逃げれば民衆は権力を奪い、それを統制するために革命政府があった。
しかし、これが野戦となると話が変わる。
ベルツァールの南部貴族との戦いは、革命となんら変わりがなかった。
立ち向かう者たちを民兵は怒りそのままに囲み、殺す。
リンチに時間を取らせ過ぎないように、軍律官やウィクトリアやサトル自身が、彼らを射殺することも何度もあった。
いわゆる、汚れ役だ。上に立ち権力を持ち、民を兵として使う者が、その手を血に染められぬ道理などどこにもない。
そうして殺し殺されを繰り返し、南部貴族たちを追いやってきた。
それが、いつもと違うものになってきていると確信できる。
これは革命とは違う、正真正銘の戦争だ。
兵の士気や練度、そして装備などが密接に関わり合う、近代戦争だ。
「………優勢とは言えんな」
「膠着状態だよ、ウィクトリア。―――督戦しに行かないでくれ、今は不味い」
「分かってる。私でもそれくらいは分かるよ」
「ああ、そうだね。でも、必要になったらやってもらうかもしれない」
「その時が来れば言ってくれ。持てる手札は使うべきだ」
「……もちろんさ」
右翼に追加の二個連隊が突入し、時代錯誤な騎士どもの壁に突っ込んでいくのが見えた。
中央では一個連隊の突撃準備が整い、信号ラッパで突撃の音色を響かせながら、兵たちが鬨の声をあげていく。
敵の砲列は前面が混戦状態のため使えない、―――そう思っていた瞬間、敵の砲列から発砲音と発砲煙が上がる。
打ち上げられた砲弾は目視できるほどの速度で放物線を描き、待機していたこちらの野砲陣地に着弾して炸裂した。
この時代の技術では水平射撃が基本で、曲射などは専用の臼砲などが用いられ、野戦では臼砲など滅多に使われないはずだと、サトルは思う。
その間に、炸裂した砲弾の一辺が逃げ惑う砲兵を殺傷し、―――真っ赤に熱せられた鉄片が装薬箱に入り込んで、黒色火薬が誘爆した。
―――
敵陣の中央で派手な爆発が起きて煙が立ち上るのを、スクルジオは馬上で見つめていた。
三叉路の外れにある小さな丘の上に、北部騎兵三〇〇の姿がある。
サシュコー騎兵連隊の中の最精鋭、そしてベルツァールに武名を馳せるスクルジオの騎兵である。
サシュコー騎兵連隊は、北部騎兵とそれ以外の二つの隊に分散していた。
ベルツァール騎兵と南部騎兵は総当たりで敵騎兵の動向の注視と妨害、攪乱を行い、北部騎兵は前線においてその役目を果たす。
ずらりと並んだ北部騎兵の装いは、先ほどとはすっかりと変わっている。
軽装で拳銃を吊り下げた軽騎兵のスタイルから、胸甲を着込み、槍を持ち、サーベルを差して斧をぶらさげている。
重騎兵というにはいささか表現が違うこのスタイルは、スクルジオがノヴゴールへ派兵し作り上げたものだが、奇しくも髭なしドワーフのコウの前世世界に、似たような構成の騎兵たちがいる。
欧州において武勇を馳せたポーランド・リトアニア共和国、その中でもっとも強くもっとも高貴な伝説的騎兵、―――有翼衝撃重騎兵、フサリア。
スクルジオの騎兵の運用方法は、彼らとよく似ていた。
重装備の騎兵による散会襲歩から、極端に密集した突撃に至るその流れや、一騎で数人の敵を屠ることを当然とするその在り様まで。
当然、その精兵と優れた馬の育成、さらには武器を合わせた出費は計り知れない。
ネットゲームで言えば、課金装備をぎっしり着込んで作り上げ、そこにプレイヤースキルを合わせたような、まさにチートキャラのようなものだ。
それらを育て上げ経験を積み、己が家族のようになるまでにかかった時間と金は、そして血と汗は、決して数字で数えられるようなものではない。
数値化できぬもの、いまだに騎士道がまかり通るからこそ成し遂げられるもの、その数ある頂点の中における一つを、スクルジオはすでに手にしているのだ。
「我が騎士、モンパルプの領主たる髭なしドワーフのコウの助言により、我らは今より騎兵突撃を敢行する!」
槍を掲げ、スクルジオは叫ぶ。
敵はさらに突撃を繰り返しており、右翼から中央にかけての一斉突撃は遠目でも分かる覇気がある。
それほどの突撃を繰り返してなお、敵にはまだ後列がたっぷりと控えているのだから、ジリ貧にもほどがある。
ならば、どうするのか?
事前の軍議で、すべてが決まっている。
髭なしドワーフは、あの戦いの最中に身を置くあの小さなドワーフは、予想し、考え、言ったのだ。
『そんな消耗戦に馬鹿正直に付き合うことはない。なんなら数的劣位で包囲殲滅なんて危険なことをする必要もありゃしない』
それは理にかなっている。
実戦に身を置いた人間でも、敗北を重ねた南部諸侯の者たちでも、その言葉に頷く。
なぜならば、髭なしドワーフは考え、理にかなったことを言っているからだ。
誰の模倣でも、誰の受け売りでもないというのは、彼自身以上にスクルジオや身の回りの者たちが気づいている。
本人に言わせればこれはクラウゼヴィッツやジョミニの受け売りでだとか、これはアレクサンダー三世や名将の真似で、と言うかもしれないが。
けれども、彼以外の者は理解している。
この髭なしドワーフには、独自の戦術理論があり、それを応用させるだけの頭と度胸と好奇心があるのだと。
それを実証するいい機会なのだとスクルジオは思っている。好きでもなければあそこまで戦術指揮に悩まないだろう。
そうして、悩み考え抜いた末に、あのドワーフはスクルジオに言ったのだ。
『今回は衝撃と畏怖をもって敵陣中央に殴り込み、その士気を砕き、追い散らす。―――それが、俺なりの無双ってやつだ』
敵陣中央への斬り込み、騎兵にとってこれ以上ない至上の喜びだ。
角笛でも吹かせたい気分だとスクルジオは思ったが、生憎と隻腕は槍で塞がっている。
時は来た、来たならば見よ、敵陣を。
有象無象が犇めくあのざまを。
槍を掲げてスクルジオは振り向き、戦友に叫ぶ。
共に生き、共に戦い、共に死ぬであろう友を呼ぶ。
「運命が我らと共にあるならば、その行く先を共に見よ! 人の終わりは常に一つ、死だ!!」
「「「我らが死! 我らが運命!」」」
「さあ皆の者、行こう! 我らは来たりて目にし、運命により勝利する! 栄光を共にせん者は我に続け!!」
「「「応!!」」」
にやり、とスクルジオは笑みを浮かべる。
自らが育て上げた騎兵、鍛え上げた騎兵、それが今、ここにいる。
そして、共に行くのだ、敵陣の真っただ中へ。
「総員、―――突撃ぃぃぃ!!」
スクルジオの声に合わせ、北部騎兵による突撃がリンド連合の横っ腹へと進んでいく。
まるで馬たちに羽の生えたかのように、飛ぶが如く。
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