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第106話「バヨネット」


 ベルツァール王国軍の中央に配置された砲兵連隊が一斉に砲撃を開始した時、リンド連合軍の戦列は十分に展開しきっていなかった。

 大多数が民兵であるリンド連合の戦術機動は鈍く、砲列が敷かれていることを事前に把握していたとしても回避することは出来なかっただろう。

 第一射は通常の球形弾と火薬の入った榴弾の混合で、球形弾は直接射撃で、榴弾は緩い山なりの軌道で打ち上げられ、それはちょうど隊列の中ほどで炸裂した。


 突如として隊列の中ほどで砲弾が炸裂し、その断片が周囲に飛散して肉を切り裂き骨を穿つ。

 断末魔を上げる暇もなく直撃で四散した者がいれば、鉄片によって足を切断され絶叫する者、痛みにうめき声をあげる者が現れる。

 榴弾の爆発とその威力はすさまじいが、技術的に劣る球形弾がもたらした破壊も無視できるものではなかった。


 バンフレートの砲兵が撃ち出した球形弾は、リンド連合の戦列の前に一度着弾し、跳ね上がった。

 まるで川の上に石を投げこんで水切りでもするかのように、鉄の弾が目にも止まらぬ速度で土を抉って跳ね上がったのだ。

 それはそのままの勢いで戦列に飛び込み、物理現象に従って糞尿と内臓が詰まった肉袋を文字通り粉砕した。


 鉄球が人間の首を跳ね飛ばし、後列にいた者の首をへし折ってさらにその後列の者の足をもぎ取る。

 即死しなければ死ぬほどの痛みでのた打ち回るしかなく、そうした者が悲鳴をあげれば士気は否応なしに低下する。

 だが、リンド連合の軍勢は怯まない。



―――我ら赤き同胞!


   憐みは要らじ!


   信仰をこの目に!


   憐みは要らず!


   戦列を前に 赤き竜よ吠えよ!

   農民と共に 赤き竜を見よや!



 最初の硝煙と血が撒き散らされた戦場に、歌声が響いている。

 リンド連合の兵が、練度もへったくれもない農民上がりの民兵どもが、震える手で武器を握りしめながら吠えるように歌っている。

 歌声に合わせて彼らは足を前へ前へと進め、旗持ちが勇ましく連隊旗を掲げて行進し、三万の軍勢がベルツァール王国軍を押しつぶすかのように行進していく。



―――我らこそが公国!


   庶子の集いよ!


   解放者と共に!

   武器を持て!



 歌声と軍は止まらず、行進は乱れずに進んでいく。

 南部連合軍が緒戦において如何なる戦術を以てしても、この有象無象の集まりに一度たりとも勝てなかったのはこれが原因だ。

 歌声が何重にも重なり合い、それは相手の顔すら認識できぬ距離を空けていても容易に聞き取ることができる。


 目の前にあるのは軍勢というよりも、形を成して現れた《革命・・》という熱そのものだ。

 ただの一人の熱狂であればそれは容易に鎮めることができるが、その数が増えれば増えるほど炎は大きく燃え上がり際限がなくなる。

 それは強力ではあるが危険であり、諸刃の剣だと言えた。


 ベルツァール王国軍砲兵連隊の第二射を受けても、その歌声は断末魔と悲鳴をかき消してしまう。

 この軍勢が士気を喪失して逃げ出すことなど絶対にないように思え、まるで壁が迫って来ているかのような錯覚を覚えてしまう。

 熱狂は原始的な暴力に変換され、その波に攫われてしまえば屈辱と死が待っているのだと誰もが思ってしまう。


 しかし、そんな中にあっても髭のないドワーフは目を逸らさなかった。

 彼の小さな背中は砲兵連隊の砲列の間をすり抜けていき、その後ろには火縄銃士組合の者たちが、そしてパイク兵たちが続いている。

 彼は目を逸らさず、怖じて押し黙ることをしなかった。


 彼は自ら戦列の前へと身を差し出して、砲列の前に銃士による戦列を敷き、左右にパイク兵を展開させる。

 ずらりと並んだ銃士による戦列は髭なしドワーフの「狙え!」という号令に従い一斉に銃を構え、千の筒先を人間の壁に向けた。

 相手の顔の判別どころか、白目すら見える距離では、どこを狙っても誰かには当たる。

 この状況に置いて、照準する時間を長くとる必要はなかった。



「ってぇぇぇ!!」

 


 ババババンッ、と一斉に銃士たちが火縄銃を発砲する。

 銃口から吐き出された銃弾は間違いなく誰かに当たり、銃弾とともに吐き出された硝煙は銃士たちの視界を妨げる。

 それが合図になったかのように、銃士の戦列の正面に位置する民兵たちは鬨の声をあげながら硝煙めがけて突っ込んでいった。


 左右にパイク兵がいるとはいえ、そのパイクの長さは二メートル足らずで銃兵を守るには短すぎる。

 そしてその銃兵の後ろには敵の砲兵がずらりと雁首を揃えているのだから、ここを突破せずにどこを突破しろというのか。

 その判断をした士官はサーベルを抜き放って突撃の先鋒となり硝煙を切り裂き、銃士たちに切りかかった。


 だが、彼を待っていたのは逃げ惑う銃士ではなかった。

 それを彼に知覚する時間があったのかはわからないが、彼が自ら槍衾に突っ込んで見事に串刺しになったことだけは確かだった。

 銃士たちは逃げてなどいなかった。覚悟を決めた目をぎらつかせ、両手にしっかりと愛用の火縄銃を持ち筒先を敵に向けている。



「戦列を維持しろッ!! 一歩も退くなッ!!」



 その中には髭なしドワーフの小さな影も交じっていた。

 彼もまたロングライフルを構え、その筒先を敵に向けて付きだしていた。

 彼ら銃士の腰に帯びていた剣は抜き放たれていたが、その剣は彼らの手に握られてはいない。


 剣を保持しているのは銃だった。

 それぞれの銃の銃口のサイズに合わせて、鍛冶屋たちが突貫作業で仕立て直した剣は、今や銃口に差し込まれている。

 それは銃剣バヨネットだった。銃士たちはあっという間に、千の槍兵に化けたのだ。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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[良い点] 満を持しての銃剣突撃(スタンバイ) [一言] 着☆剣!! 作者さんの銃剣突撃ありますよとの言葉にホイホイされて来たので、遂に待ちわびていたシーンが訪れてヒャッハーが止まりませぬ
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