第104話「女三人寄れば」
女三人寄れば姦しいとは言うが、この三人に至ってはそれも別らしかった。
一人はぼろぼろで継ぎ接ぎのとんがり帽子を被っていて、継ぎ接ぎの目立つ黒く長いローブを着込んでいる。
右手には身の丈ほどの長さがある木製の杖を持っていて、杖の先端はかたつむりの殻みたいにぐるぐると渦巻き型に曲がっていた。
綺麗な白い肌に、右目を覆う黒い眼帯。
目鼻は整っていて、長い黒髪は鴉の濡れ羽色と言うに相応しく、少し青みがかっている。
やぼったいローブはとんがり帽子と同じく継ぎ接ぎだらけで、けれどもなかなか肌にぴったりと張り付いていて女性のスレンダーな胸元からくびれまでのラインをよく浮き出している。
北方の監視者にして女魔法使い、ルールー・オー・サームだ。
そしてその隣に立っているのは、銀色の髪をツインテールにし、身の丈を超える鉄槌を右手に握る女ドワーフ、アイフェル。
火蜥蜴ですら掴めるというドワーフの皮手袋に、鍛冶屋の前掛け姿ではあるが、それが彼女なりの戦装束なのだろう。
「して、余たちの配置はここであるが……」
むう、と悩まし気な声をあげるのは、組んだ腕の上にふにゅんと柔らかそうな膨らみを載せたタウリカ辺境伯の娘アティアである。
その隣にいつもいる刀を腰に差したシンはここには居らず、彼は身軽さと一般常識と交渉スキルの高さから、ファロイドと魔法使いとの緩衝材として斥候に出ている。
忠臣がいないアティアの腕にはルールーが作った魔法の腕輪があり、その腕輪の中にはタウリカで身に着けた鎧ドレスとでもいうべき戦装束と、身の丈ほどの大剣が収納されている。
「すべきことはあまりないようですね」
ルールーが苦笑しながら呟けば、隣に立つアイフェルはいつもの無表情を前に向けたまま相槌を打つ。
「ん。ここはロンスン・ヴォーンが率いる陣、言わば総大将の本陣」
「盤遊びでも王の駒が率先して動くことは現実的ではないからな!」
「女王の駒が一番強いですからね、あれは。アイフェルは私たちに出番があると思います?」
「それを考えるのは私じゃない。コウの仕事」
「うむ! 先生が出世するのはいいことだ!! 変に頭を突っ込むのはいかんと先生も言っていたからな!!」
「そ、そうですか……?」
「うむ! そうだぞ!!」
元気いっぱいに大きな胸をえっへんと張りながら宣言するアティアに、ルールーは、
「あは、あはは……そうですか」
と少し困ったような相槌を打ってかわす。
変に頭を突っ込むのはいかんとコウが言っていたなら、どうして今こんなところに彼はいるのでしょうかと思ったりしたが、言わないことにした。
コウの一声で魔力の制限を自力で喰い破って〝澱み〟の化け物、あの忌々しいミレアを撃退することができたのだ。
だがその一声で彼はミレアに目を付けられて死にかけ、本来ルールーが負うべき責の当て馬として選ばれた。
魔法使いを束ねる十三人会議と王国宰相ニルベーヌ・ガルバストロの繋がりは、実績のある女魔法使いと無名のドワーフを比べて、後者を選んだのだ。
それが吉と出るか凶と出るかは、賢人の叡智を解き明かさんとする魔法使いたちにも、ましてや星読みたちにも分からない。
「……気に病むくらいなら、見捨てればいいのに」
ルールーの表情を横目で一瞥して、アイフェルがぼやく。
実際、蜥蜴のように尻尾を切ればルールーがここまで付いてくることなどなかっただろう。
普通の魔法使いなら、きっとそうしたに違いない。
「いえ、それはできませんよ」
けれど、ルールーはその言葉に苦笑しながら否定するのだ。
彼女には大事な約束があったし、コウの保護者でもあるルールーに、彼を見捨てるという選択肢はないのだ。
今もこうしてロンスン・ヴォーンの陣に参じているのには、そうした理由がある。
「しっかし、あの髭なしドワーフも隅に置けねえな。女三人揃えて立派なこった」
さて、そんな女だけの空間にやってきたのは赤毛の勇将、ロンスン・ヴォーンである。
ヴァレスの迎賓館で女を相手にしていた時とは違い、今の彼は鈍い黒鉄の鱗鎧を着込んでいる。
右手には〝盾なしロンスン〟の異名そのままに、銀に輝く巨大な両手剣を携えて、左手を腰に当て不敵な笑みを浮かべていた。
黙っていればかっこいいのだ、この男は。
しかし先に口を挟んでしまったものだから、三人の女の反応は熱烈なものではなかった。
そもそも、この三人の男の好みにロンスン・ヴォーンは適っていないのだし。
「あなたはこの位置で納得しているのですか、ロンスン・ヴォーン」
「オレか? オレは自分の腕っぷしに自信はあるが、他人の腕っぷしの自信までは責任持てねえからな」
「適材適所と言うことですか」
「そういうこったな、魔法使いの姉ちゃんよ。オレがノヴゴールでぶいぶい言わせたのは事実だがな、怪物殺しを人間相手に振るうのはまた勝手が違うんだ」
肩をすくめながらロンスン・ヴォーンは語り、ルールーに続ける。
「オレは一騎当千の英雄かもしれねえが、あの髭なしドワーフは万を束ねる将器だろうよ。コボルドと女に愛されるオレの六感が囁いてんのさ、こいつは当たりだってな」
見ろよ、とロンスン・ヴォーンが指差す先には、三叉路がある。
そこにはすでにベルツァール王国軍の本隊が終結しつつあり、その戦列の中央には砲兵が並び、弾込めを行っている最中だった。
相手よりもさきに敵を見つけ、相手よりもさきに兵力を展開し、相手よりもさきに弾を込め準備を整えているのだ。
これほどの規模の戦の経験などないはずなのに、髭なしドワーフはそれに順応しているようにしか見えない。
知識だけはたしかにあったのかもしれないが、知識だけでは経験に勝つにはまだ足りない。それには運と直感が必要だ。
彼が―――、髭なしドワーフのコウがそれを備えている将器なのかは、この戦いで証明されるのだろうと、ルールーは思う。
「……そうですか。ですが一つだけ間違っていることがあります」
「ほっほう、なにが間違ってるってんだ?」
「根本的なところですよ」
くすり、と口元に笑みを浮かべながら、ルールー・オー・サームはロンスン・ヴォーンに告げた。
「コウはここにいる三人の誰とも付き合ってはいませんよ」
「なん、だと………」
そりゃ男としてどうなんだ、とロンスン・ヴォーンは言った。
そんな下らない会話をよそに、三叉路の方からくぐもった砲音が響いてくる。
戦いが本格的に始まったのだ。髭なしドワーフの戦いが。
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