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第103話「渡鴉の御旗の下に」

 髭なしドワーフの采配は、ベルツァール王国のどの貴族も試みたことのないものだった。

 そもそも貴族たちを束ねての軍の運用など、トリトラン伯爵のような余程の大貴族でない限り普通は行えないのだ。

 それを彼は国王ジグスムント四世とその宰相ニルベーヌ・ガルバストロ、そしてパラディン伯の一人、〝ベルツァールの剣〟ロンスン・ヴォーンと、武勇で名を馳せるオーロシオ子爵家のスクルジオといった面々の後ろ盾で可能にしていた。 


 また、貴族ごとの爵位と兵力を鑑みて指揮系統を確立し、貴族ごとに編成されていた部隊を〝戦時編成〟の〝連隊レジメント〟に改め、運用を容易にしたのだ。

 これによって騎兵・砲兵・歩兵の兵科ごとの運用が可能になり、いわゆる〝諸兵科連合コンバインドアームズ〟を即席とはいえ実現することができたのである。

 さらに言えばこれらのベルツァール王国軍を支える兵站は、王国の事情に深く通じている宰相ニルベーヌ・ガルバストロであり、彼の下には忠実な魔法使いたちがいるのだ。


 これによってもたらされたのは、兵站に滞りなく、伝書鳩よりも腕木通信よりも確実で素早く祖語のない、魔法通信という伝達能力を備えた軍隊だった。

 歩兵は騎兵の偵察や側面防御の支援を受けつつ砲兵の火力支援の庇護を受け、砲兵は歩兵の陣の後ろという絶好のポジションで騎兵の偵察と後詰の追撃を期待することができる。

 そして一般的に銃火器によって死滅する運命さだめとされている騎兵こそは、歩兵の粘り強さと戦線維持の恩恵を受け、砲兵という火力支援を受けながら戦場を駆け抜けることができる。


 これらを統括することは容易ではないとはいえ、その運用は偵察の段階からして見事というべきものだった。

 騎兵を集中運用するスクルジオ率いるサシュコー連隊を偵察として先行させ、騎兵による攻撃は出来うる限り避けるように厳命している。

 第一に重要なのは偵察を行い、敵の本隊がどのような編成で進軍しているのかを知ることであり、敵を損耗させることではないのだ、と。


 この方針は髭なしドワーフがそれぞれの連隊長に選抜させた信頼のおける連隊連絡要員と話し合い決定されたもので、各連隊長は連絡要員からの言葉もあって髭なしドワーフに従っている。

 この連隊連絡要員と髭なしドワーフが集まるところは、髭なしドワーフの言うところの〝簡易参謀本部〟であり、この簡易参謀本部からの作戦案などが総指揮官のロンスン・ヴォーンへと伝えられるのだ。

 とはいえ、ロンスン・ヴォーンはあの不敵な笑みを浮かべて全軍の指揮統率を髭なしドワーフに任せているため、実質的にこの〝簡易参謀本部〟こそがベルツァール王国軍の指揮本部であった。



「リンド連合の本隊を特定。スクルジオ卿の北部騎兵と最右翼のファロイドが発見したようです」


「分かった。スクルジオからは後で報告を聞くからファロイドの方に同行させてる魔法使いと連絡を頼む!」


「御意のままに。―――おい、魔法使いを呼んでこい」


「かしこまりました!」



 とはいえ、その〝簡易参謀本部〟は後方の天幕にあるというわけではない。

 三叉路に進撃するベルツァール王国軍本隊のすぐ後ろの屋根なし馬車に、黒縁の白い旗が翻っている。

 盾と剣を身に着けた渡鴉が描かれた、髭なしドワーフのコウ、そしてモンパルプの領主にして騎士たる者の掲げる旗であった。

 モットーたる言葉もそこにはきっちりと書かれていた。



『渡鴉は天を読む』



 今やこの三叉路の戦いを指揮する者にとって、これほどの大言壮語はない。

 この者は黒い翼を広げて遥か彼方まで渡るあの鴉のように、鋭敏に天を読むとも取れるモットーだ。 

 そんなモットーを背負っているのは、背丈一六〇足らずの杖をついた中性的な見た目の、髭なしドワーフなのだ。



『あー、こんまま喋りゃええんかの。おーい、聞こえとるか髭なしの?』


「聞こえてるぜエアメル。敵側の陣容はどんなもんだか教えてくれ。魔力封入された宝石には限りがある」


『そうじゃったな。―――彼奴らは三叉路に向けて大軍で進軍しとる。数は別のもんが数えとるが隊列から見るに二万はゆうに超えとるそうじゃ』



 騎士の盾持ちに連れてこられた魔法使いが魔法通信を開けば、そこに映るのは緑の頭巾を被った冒険者のファロイド、エアメルだ。

 彼はいまだにファロイドの仲間を率いてベルツァール王国軍に貢献しており、その斥候としての能力に疑いの余地はない。

 草原を駆ける者(グラスランナー)とはただの異名ではなく、そのすばしっこさ故なのだと皆は思い知らされている。



「砲はあるか?」


『こっちのよか小さい砲が……おいガモス何門じゃはっきりせい! あー、この老いぼれ曰く二〇門はあると言っちょる』


「小さい砲か。特に変な砲ではないんだな?」


『ただの砲じゃ。ドワーフのもんほどカラクリに長けちゃおらん。ありゃ人間のじゃな』


「となれば、直接射撃用の野砲か。馬は何頭で曳いてる?」


『半分は四頭じゃ。もう半分は二頭で曳いちょる』


「ふむ……だいたい分かった。隊列を頭の方から順に言ってくれ」


『あいよ。歩兵がたくさんに真ん中に旗持ちと砲兵、最後尾にちょっち歩兵が添えてあるのう』


「オッケイ、最高の偵察だぜ。またなにかあったら連絡するからよろしくな、エアメル!」


『ほっほっほ。分かったわい』



 あっしに任せておけい、と胸をはる小人に苦笑を浮かべれば、魔法通信は切れた。

 魔力を封入してある宝石があれば魔法使い本人の魔力を使わずにすむため、マルマラ帝国を変に刺激することはない。

 だが、限られた魔力をじっくりと封入するという製造工程に宝石それ自体の希少価値もあって、数は多くない。


 この便利な通信機能は無限に使えるわけではなく、長期戦になればなるほどこちらが不利になるのは明らかだった。

 火薬の備蓄も有限で、そもそも近世レベルほどの生産量は望めないため、火砲による火力も長期戦となれば不足する。

 だからこそ、ここで王国軍は連合を打破しなければならない。



「さあて」



 初めての実戦指揮に対する戦きと、抑えきれないワクワクで髭なしドワーフの口角が吊り上がる。

 この転生者にして髭なしドワーフの中身は、生粋の軍オタであり、実際に軍を指揮するワクワクと昂揚といったら、身体が震えるほどのものだ。

 実際に自分が軍を指揮する―――やりたくない、面倒くさいと日頃思っていても、その甘美な響きの場に実際に立ってみれば胸も躍るものだ。


 この戦いのためにあれやこれやと心労を重ね、あれやこれやと数々の対策を練ったのだ。

 鋼鉄の胃袋を持つドワーフが胃痛で悩み、安眠を妨害されるほどに悩みに悩みぬいた末の実戦だ。

 ぶっつけ本番とは言わせない。胃の痛みと共に何重、何百と考えた対策と戦術をしっかりと覚えている。

 


「決戦だ。この戦争を終わらせるぞ」



 頭上に翻るモンパルプ領主の、自らの御旗を見上げながら、髭なしドワーフは静かに言った。

 

 



 

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