第101話「三叉路の戦い・偵察」
スクルジオが率いるサシュコー騎兵連隊は、四つの小集団に分かれて三叉路の周辺をくまなく偵察する任務を帯びていた。
右翼にはスクルジオが直接率いる北部騎兵三〇〇が、中央にはバンフレート騎兵四〇〇が二つに分かれ展開し、左翼にはトリトラン伯爵領の南部騎兵がいる。
さらに外翼にはファロイドの斥候が展開しているが、彼らは完全に偵察要員であるため、戦闘力には数えられない。
スクルジオが馬上で敵騎兵を確認したのは、丘陵地帯から三叉路の開けた空間を目視してすぐだった。
ペルレプ方面の緩やかな丘の上に、二〇〇ほどの馬の影があったのだ。
髭なしドワーフの言っていたように、敵も偵察として騎兵を出してきたのだとすぐに理解する。
髭なしドワーフのコウの作戦の第一弾は、まず騎兵とファロイドによる戦場の広域偵察だ。
騎兵はいくつかの小集団に散会して主戦場となる三叉路の周辺の敵戦力などを偵察し、伏兵などに警戒しながら、敵兵力の進軍具合などを偵察する。
その外翼に展開したファロイドたちは、敵の別動隊が山岳地を強行し迂回機動を取っていないかを確認する。
「これで数的不利にあるベルツァール王国軍は、情報優勢によって幅広い戦術機動と戦力集中が可能になるんだ。打草驚蛇、草を打っては蛇を驚かせ、ってな」
と、髭なしドワーフは言った。
同時に敵の偵察も出てくることに言及し、対処は現場指揮官に一任する、と。
しかし、主目的は偵察であり、主目的を忘れ副次目的に囚われてはならない、と。
こちらのサシュコー騎兵連隊の総数は、九五〇騎。
丘の上でじっと留まっている敵の騎兵の数は、どうみつもっても二五〇にも届くまい。
連隊すべてで取り囲めば殲滅もできるだろうし、二つの小集団を合流させ追撃すれば打撃を与えることもできるかもしれない。
だが、それは主目的ではない。
故にスクルジオは馬の腹を蹴って、拍車をかける。
露を孕んだ草葉は滑りやすいが、その程度で騎兵は止まらぬのだ。
「敵に動きあり!!」
「やはり動いたか。足踏みする騎兵なぞ騎兵ではないが………」
これは予想外だと、スクルジオは眉を顰める。
二〇〇ほどの騎兵集団が短槍を掲げて左翼に突進していく。
そして、このスクルジオ率いる北部騎兵には、わずかに三〇騎ほどが向かってきているではないか。
偵察の妨害であるならば、もっと別の方法があるはずだ。
数が少ない中で三〇騎を分け、この三〇〇騎の北部騎兵にあてがう理由とはなんだ。
トリトラン伯爵領の南部騎兵は二〇〇、同数でぶつかれば互角やもしれぬ。
トリトラン伯爵領の南部騎兵に二〇〇、そしてこちらにはわずか三〇騎の戦力分散。
それでいて中央のバンフレート騎兵二集団には目も向けずに、左右に分かれての突進。
不均等な戦力分散に、中央集団の無視―――敵はこちらより少数だというのに。
馬の吐息を感じながら、スクルジオはすでに無い左腕が疼くのを感じる。
もはやこの世にない左腕がなにかを感じるとは変なものだと思いながらも、彼は考えに考え、馬を走らせる。
そして、スクルジオはその答えに行き着く。
「………ッ!! ―――オコンネル、貴様は三〇騎をつれて偵察を続行しろ! 残りは筒を抜け!!」
ザッ、と北部騎兵の集団から三〇騎兵がすばやく分派し加速すれば、スクルジオは馬首を巡らせてこちらに突進する三〇騎と相対する。
敵騎兵の狙いは偵察の妨害などではない。妨害をするならばもっと戦力を分散させるか、戦力を集中させるべきなのだ。
スクルジオは手綱を右手首にぐるっと巻きつけ、馬の銃帯から拳銃を引き抜いて撃鉄を上げる。
「前方三〇騎! 正対するな、上手くかわせ! 各自、私の発砲に合わせろ!!」
カチカチッ、と背後から撃鉄を上げる音が続く。
左腕を失ってから片手と両足で馬を操り、馬上で射撃をする練習はしてきたが、実戦は初めてだった。
けれども、それを躊躇している時間はない。
北部騎兵二七〇騎はぎっちりと肩と肩が触れ合うほどに密集し、横に広がり脇目も降らずに突撃する。
ベッドのシーツをバサッと広げるように、短槍の穂先をこちらに向けて突撃してくる敵騎兵を包み込む陣形だ。
しかし、その陣形の変化を見ても敵騎兵は止まらない。
矢じりのような、逆V字型の陣形をとって敵騎兵は北部騎兵の真ん中に入り込む。
躊躇もなにもない。良いとは言えない地面の中を、驚愕するほどの速度で陣形のど真ん中に突っ込んできた。
スクルジオは敵の戦意の高さに驚愕しつつも、狙いを定め、引き金を引く。
パパパパンッ、と乾いた破裂音とともに銃口から煙が噴き出して視界を奪う。
馬の悲鳴と男のくぐもった断末魔が聞こえた気がしたが、それよりも先に北部騎兵は馬首を巡らせて敵の正面にわざと穴をあけてやった。
だが、敵の突撃は二〇〇発以上の鉛玉で足並みが崩れることはなく、硝煙の膜を突き破って敵騎兵は短槍で北部騎兵の胸を貫く。
撃ち終えた拳銃を銃帯に戻し、スクルジオは二丁目の拳銃の撃鉄を上げる。
冷汗が頬に流れ落ち、ドクドクと心臓が昂って早鐘を打っている。
この騎兵は強いと分かった。迷いも躊躇いもなく、すべきことに最短距離で向かってくる。
「第二射、用意!!」
カチカチッ、と両翼に広がった騎兵たちが撃鉄を上げ、筒先を敵騎兵に向ける。
すさまじい速度で遠ざかる敵騎兵は穂先を振るい、突撃の餌食となった北部騎兵の死体を払い捨てる。
振り向きもせずに離脱されたために拳銃の有効射程からはもう外れていたが、撃たないわけにはいかない。
敵が背を向けずに駆ける先には、分派した三〇騎がいる。
当たればいいが無駄にはなる一発にスクルジオは舌打ちをしながら号令を発する。
「撃て! ―――総員、抜剣!!」
目標とされたトリトラン伯爵領の南部騎兵が、うまいこと逃げられればいいがと思いながら、彼は腰に帯びた剣を引き抜いた。
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