第100話「三叉路の戦い」
ペルレプとヴァレスを結ぶ道を行けば、必ず道が二本になる。
そこはペルレプとヴァレスの間にあるミヌエという小さな村へ通ずる分かれ道で、丘陵地帯の中にぽつねんとある、開けた場所だ。
上から見ればちょうど三つの道が合流するような形になっていて、今は誰もいないが関所が一件建っている。
おあつらえ向きだと、シモン・バドニーは馬上から敵を見つめながらその立派な髭を撫でる。
こちらにとっては狭い道に押し込まれる心配もなく、あちらにとっては諸兵科の布陣と連携がしやすい。
こちらにとっては開けた場所で物量を発揮でき、あちらにとっては火力投射がしやすくなる。
まさにおあつらえ向きだ、天に仕組まれたものやもしれぬ。
騎兵が駆けるに相応しき地形、適度に傾斜した緩やかな地形、それでいてこの場所は視界がよく通る。
葉を露で濡らした草が風でざわめく。丘陵地帯を吹き抜けた風が勢いよく通り過ぎていく。
「……敵斥候確認。将軍、やはり相手も騎兵です」
隣で目を細めていた――といっても、こやつはただでさえ糸目なのだが――副官が声をあげれば、シモン・バドニーは上機嫌に声をあげた。
「今、騎兵と言ったかな?」
「ええ、そうですとも将軍。騎兵ですとも」
「そうかそうか、騎兵か」
副官とともににっかりと口元に笑みを浮かべ、シモン・バドニーは愛馬のたてがみを優しく撫で上げる。
馬とはいいものだ。美しく気高く、そして何者よりも速く大地を駆けていく。
その美しく気高い存在と共に大地を駆け、生死を共にする騎兵が悪しきものだと、いったい誰に言えようか。
馬のいななきが、蹄が地面を削る音と振動が、なにより自分の生命活動すべてが馬と共にあるという、高揚。
あらゆる場所に騎兵は駆け上がり、敵状を偵察し、必要であらば無防備な歩兵を蹂躙し、追撃し殲滅する。
騎兵とはこれである、とシモン・バドニーはぶるるっと身を震わせる愛馬の背をなんども愛おしそうに撫でてやった。
「ベルツァール騎兵はなかなかに健脚らしいですね」
糸目の副官が胸の内の楽しみを隠しきれぬ口調で言えば、髭面の騎兵将軍は破顔する。
「なにせシモン・バドニーの養馬場から買い取った種であるからな。それはもう、素晴らしい健脚であろうな」
「しかし、でありましょう。バドニー将軍」
「かっかっか! そうであろうな、しかし、だ」
ビュウっと風が強く吹き、草葉がたくわえていた露が吹きあがる。
露の冷たい刺激を感じながら、シモン・バドニーは糸目の副官が見つめているものを共に見た。
ベルツァール王国の騎兵たちが、いくつかの小集団に分かれて進撃している。
一見、なんの変哲もない騎兵だと思うだろう。
だがバドニーほどの者が見れば気づくことがある。
小集団ごとの足並みや練度の違い、小集団ごとの揃いの戦装束に、装備の違い、馬具の違い。
シモン・バドニーにはすべて理解できた。
騎兵であり、騎兵たらんとし、騎兵としてここに在るこの男には、ベルツァール王国の騎兵を一度見るだけでそれを理解した。
この騎兵たちは貴族騎兵の集まりだ。
小集団ごとに揃いの戦装束を着込んでいるのは、主君である貴族ごとに集団が構成されているからだろう。
故に、小集団ごとに足並みが微妙に異なり、隊列の密度はまったく違い、装備や馬具もまた違っている。
練度も違い、騎兵の数もバラバラで、―――どれが一番弱いのかが、よく分かる。
「我らがシモン・バドニーの騎兵より素晴らしい健脚なぞ、そうそうこの世にあるまいて」
「然り」
「ゴムラン! 伝令だ! サトル殿に〝敵騎兵は軽騎兵にして貴族騎兵の混成、練度差あり〟だ!」
「承知しました!!」
「マルガッツ! 貴様に四〇騎預ける! 最左翼に見える三〇〇騎の集団を足止めしろ! あれが一番手ごわいぞ!!」
「三〇〇でありますか! でしたら対等ですな!!」
「かっかっか、ぬかしおる!」
上機嫌、これ以上ないほどの上機嫌に騎兵が駆ける。
ゴムランは伝令に、マルガッツは四〇騎を引き連れて駆けていった。
残った騎兵はすべてシモン・バドニーの背中にある。
さて、とその立派な髭を撫で、シモン・バドニーは地面に突き刺していた短い槍を引き抜く。
騎兵槍というには短いそれの長さは、二メートルあるかないかといったところか。
穂先の作りは簡素であり、矢のそれによく似ていた。柄は密度の高い木材で作られ、ずっしりと重く、しなやかで硬い。
バドニーの騎兵隊は、胸甲すら着けていない。
健脚の騎馬は馬上の主の重さのみを受け、最速に近い速さで戦場を駆け抜けるだろう。
シモン・バドニーはそうして、《養馬場の主にして馬の庇護者シモン・バドニー》から、革命の英雄となったのだ。
「残りはこのシモン・バドニーに続け、敵右翼の集団を襲撃する」
承知、とバドニーの騎兵が吠える。
馬はいななきをあげ、馬上の主の高揚を感じ取ったかのように馬体を揺らした。
―――三叉路の戦いは、こうしてはじまった。
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