第99話「赤の女王」
ペルレプの郊外に整列したリンド連合第四軍の総戦力を眺め、サトルは腰に差した拳銃のグリップを撫でる。
肌寒い風がビュウッと吹き、毛を刈り取られた畑から枯れ葉が舞い上がり、農具を手に整列する者たちが上着の襟を立てた。
天気は曇り、晴天とは程遠く、薄く引き伸ばされたパン生地のような灰色の雲が空を意地悪に覆っている。
焼き崩れたパン屋の瓦礫の中で、灰にまみれたパンが転がっていたのを思い出す。
ただこの国を変えたかっただけなのに、そんな思いが綺麗なまま成就すると思い込んでいた頃の記憶だ。
変化が無血で終わることはない。
僕はそれを知らなかった。
それがどんな工程を経てたどり着くものなのか、知らなかった。
変化とは、全会一致の賛成のみで決まるものではない。
たとえそれを望んだ人間たちが多かろうと、必ずそれに反する者たちもいる。
変化を止められまいと意固地になればなるほど、その流れは先鋭化し、過激になっていく。
だからそれは変化ではなく、革命と言った。
サトルの隣に控えていた軍律官が士官から報告を受け、静かに頷く。
それを横目で気にしつつも、サトルの頭にあるのはこれから起こる戦いのことだった。
ベルツァール王国軍が要求を拒否ではなく、黙殺したのならば、彼らに妥協を強いるために戦わなければならない。
「サトル殿。第四軍総戦力、後続の補充部隊を編入し、三万五千となります。バドニー将軍旗下騎兵隊二百も、進軍準備整いました」
「……分かった。ウィクトリアには僕が報告する。手筈通りに先遣隊を順次進撃させ、バドニー将軍にも斥候に出てもらってくれ」
「諒解」
敬礼してその場を去る軍律官の背中を見送り、サトルは眼鏡を外して目を揉んだ。
変化を止めてはならない。ここで止めてしまっては、中途半端にすぎる。
僕とウィクトリアは、ここで歩みを止めてはならない。
眼鏡を掛けなおして、サトルは踵を返す。
ウィクトリアを起こさないといけない。
僕ほど割り切れない彼女は、僕よりもずっと苦しんでいる。
それを分かっていながら、僕は彼女に連合の長としての偶像にした。
共犯者として共に歩むと誓った日から、彼女は連合の長として、人民の器として、信仰の守護者として、王冠を戴かぬ女王となった。
炎竜バルザックと盟約を結んだリンドブルム家の血が、その赤き頭髪が、青い瞳がそれに適していた。
ただ、それだけのことだ。
納得するべきだとサトルは自分に言い聞かせる。
共犯者として、彼女の影として、日の浴びぬ場所で彼女を支える。
彼女の背を支え、背を押し、共に進む。
どこまでも、どこまでも、この志の炎が消えぬ限り。
サトルは天幕の下で安らかに眠る王冠を戴かぬ女王の頬を撫でて、彼女に囁く。
「ウィクトリア、戦争の時間だ」
そして、赤の女王は瞼を開けた。
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