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第98話「我が左腕」

 約束の期日の当日、回答期限まで残り三時間を切った朝方。

 ヴァレスの郊外に集結したベルツァールの兵たちは、壮観だった。

 度重なる敗戦で疲弊した南部の兵たちも、オレたちが稼いだ時間でようやく立ち直ったようだった。

 兵の数をまとめれば、以下のようになる。




―――――



◇ベルツァール王国軍

=総勢 一万二二〇〇名


・内訳

→騎兵 九五〇騎

→砲兵 六〇〇名

→銃兵 一〇〇〇名

→歩兵 九六五〇名



〇ベルツァール南部救援軍

(総勢七千=騎兵七百、砲兵六百、銃兵千、歩兵四千七百)


―バンフレート領 ロンスン・ヴォーン直轄

・騎兵 四〇〇

・砲兵 一〇〇

・火縄銃士組合兵 一〇〇〇

・パイク兵 一〇〇〇

騎士修道会ホスピタリア 五〇〇



―オーロシオ領 スクルジオ・オーロシオ

・北部騎兵三〇〇

・歩兵一〇〇〇


 

―ボラン女男爵領 モルドレット・ボラン女男爵

・徴集兵一七〇〇



―トリーツ帯剣騎士団 ジークムント・フォン・カタリア

・騎士修道会五〇〇(ホスピタリア)


―ユーダル独立砲兵連隊 ニーニャ勲功爵ローザリンデ・ユンガー

・砲兵五〇〇(ドワーフ)




〇南部諸侯軍(総勢五二〇〇=騎兵二五〇・歩兵四九五〇)



―ローベック・トリトラン伯爵

・騎兵二〇〇

・徴集兵二〇〇〇



―オスカー・カリム城伯

・徴集兵士一五〇〇



―アレクサンダル・マクドニル子爵

・騎兵五〇

・兵士四五〇

 


―リー・バートン男爵

・騎士二〇

・民兵九八〇

 

 

―――――




 そして、オレがこの軍勢を動きやすいように再編成したのが、次の通りだ。




―――――



△ヴォーン連隊 (連隊長ロンスン・ヴォーン)

・北部歩兵 一〇〇〇


△護国連隊 (連隊長ジークムント・フォン・カタリア)

―トリーツ帯剣騎士団及びバンフレート騎士修道会連合

騎士修道会ホスピタリア一〇〇〇

―ボラン大隊

・徴集兵一七〇〇


△ヴァーバリア砲兵連隊 (連隊長ローザリンデ・ユンガー)

・ドワーフ砲兵五〇〇

・バンフレート砲兵一〇〇


△サシュコー騎兵連隊 (連隊長スクルジオ・オーロシオ)

・騎兵九五〇



△南部連合連隊 (連隊長パーラット・トリトラン)

・南部歩兵四九五〇

=連隊直轄二〇〇〇

=カリム隊一五〇〇

=マクドニル・バートン隊一四五〇


△戦略予備隊 (連隊長コウ)

・パイク兵 一〇〇〇

・火縄銃士組合兵一〇〇〇



―――――



 兵站の防御にあてていた兵も呼び戻して、全軍をかき集めた。

 もちろん、兵站が裸になったわけではなく、カリム城伯の領地から有志の民兵が当てがわれている。

 これによって騎士修道会ホスピタリア五〇〇名が合流し、歩兵戦力として使える。


 指揮系統の整理も並行して行い、これらはすべて教会と王命によるものだとロンスン・ヴォーンとニルベーヌ・ガルバストロが宣言した。

 これに逆らうことがあれば領地の没収や罰金、ことによっては教会からの破門も覚悟せよと、睨みを利かせて言うガルバストロに歯向かう人はいない。

 それによって諸侯領の隔たりなく兵の指揮を統合することができ、諸侯領から派兵してきた寄せ集めだった時に比べて、格段に動かしやすくなった。


 ペルレプであまり戦力を持っていかなかったのは、実を言うとこの問題があったからだ。

 諸侯領ごとに派兵された寄せ集めでは、指揮が統合されておらず、そこで連携して戦術機動など出来るわけもない。

 複雑な指揮系統は複雑なだけ綻び、摩耗して不和を生み、戦いを不利にしていく。


 伝言ゲームをするなら、参加人数を絞ったほうが成功率があがるに決まっている。

 そしてさらに成功率をあげるには、伝えるべき伝言はシンプルで分かりやすい内容がいい。

 その単純シンプルが求められる役目を、今はオレが担っている。


 迎賓館のテラスから兵たちを眺めながら、オレは心臓が高鳴るのを感じていた。

 杖を握る手に力が入り、それをなんとか緩めようとすると、今度は全身の力が抜けてしまいそうになる。

 胸を刃物で貫かれる感覚が、身体から熱が失われる感覚が蘇る。


 お前はこいつらにそんな思いをさせるのか、と誰かがささやく。

 お前の前にいるこの一万二二〇〇名は、数字ではない。人生の集まりだと。

 その人生の集まりを死地に送り、何人かは確実に死ぬ。その確定的な現実が、オレの心に圧し掛かる。



「どうした、我が左腕よ」



 心が折れてしまいそうな重圧と独りで戦っていると、背後からスクルジオの声がした。

 振り返ろうとすると肩に手を置かれ、その動作を制され、銀髪隻腕の騎兵貴族が隣に並ぶ。

 どこから見ても良い顔になるなと、その横顔をぼんやりと眺めて、オレは再び軍勢に視線を戻した。


 揃いの戦装束に身を包んだ者たちが整然と並ぶ横では、着の身着のままの民兵たちが武器を手にそわそわしている。

 鍛冶屋たちが修理し、打ち直した武器は数でいえばそれほどではないが、農具を武器に使うよりははるかにマシだった。

 アイフェルたち鍛冶屋には本当に、感謝しなければならない。


 軍勢の端には猟師のような恰好をした集団がいて、それは戦略予備の火縄銃士組合の銃兵たちだ。

 その横にはパイク兵が整列していたが、出兵のときにずらっと揃っていたパイクの穂先は今や好き勝手に伸びた森のようになっている。

 短いものもあれば長いものもあるが、元の長さが二メートル以上だったのに比べれば、皆、随分と短くなっている。


 パイクの運用上、その長さは統一されているべきだったが、今回パイクがパイクらしい戦いをすることはない。

 だからオレがパイク兵たちに、扱いやすい長さに各自で整えてしまってよい、と言ったためだ。

 ただでさえ長くて重いので、軽くするために必要以上に短くしてなければいいんだが、と少し思った。



「……戦いの前なのに、いろいろ考えちまって落ち着かないんだ。こんな状態で、軍の指揮なんてとっていいのか、と思ったりもする」


「私は一向に構わん。するべきことが分かっている人間が、ある種の誤算を事前に想定するのは悪いことではない」


「でも、オレはこの一万を超える軍の上に立ってるんだ。責任がある。きちんとやらないと」


「我が左腕よ、心配はいらない。魔法使いの星読みたちが未来を予知しえなかったのだから、常人が未来という未知を恐れるのは当然のことだ」


「でも、―――」


「大丈夫だ」



 オレの言葉を遮って、スクルジオは断言する。

 彼の瞳はオレと同じように、軍勢を眺めている。

 騎士、騎兵、徴収されて出兵に加わった者たちに、民兵。


 さまざまな境遇の者がここにおり、さまざまな階級の者たちがいる。

 彼らを支えるために馬車は道を往復し、教会の修道女は傷ついた者たちの手当てをする。

 一万超の軍勢のために、いったいどれだけの人間が支えてくれていることか。


 その積み重ねが、人生の積み重ねが、指揮官には圧し掛かる。

 オレはそれを考えるたびに押しつぶされそうになって、ペルレプの丘で見た死体を思い出すのだ。

 あの死体が地面を覆い隠す光景が、いつも敵のものであるとは限らない。


 オレは、キリキリとした胃の痛みに顔を顰める。

 けれどもスクルジオは、口元を緩め、穏やかな表情でオレに微笑んだ。

 オレは彼の部下を殺し、その馬を殺した相手であるというのに。



「私は我が左腕を信ずる。王命でなくとも、教会の権威を着飾らずとも、モンパルプの領主たるコウは、我が左腕に違いない」


「で、でも―――」


「でもは無しだ。私は、私の騎士を殺したお前を信じる。お前は私が信ずるお前を信じろ」


「―――っ!?」



 ガシッと、スクルジオはその片腕でオレの肩を掴んだ。

 肩を握る力は強く、オレが両手で引きはがそうとしても無理だろう。

 そしてスクルジオは、ぐっと顔を近づけ、オレの瞳を覗き込みながら言う。 



「戦の長とは、いかに殺さぬかではない。いかに無駄死にさせぬかだ。意味ある死を、胸を張って誇れる死にざまを、盾に載せられ凱旋される死に方を、責任をもって彼らに与えるのが役目だ」


「…………」


「私はタウリカでそんな死に方をさせてやれなかった。だが、お前は違う。お前ならきっと、名誉と栄光ある死を与えてくれる」


「どうして、そう思うんだ」


「私の騎士の突撃に目を逸らさず、武器を手放さず、抗い、生き残った。彼らに厳かな死を与えてくれた」



 それだけで十分だ、とスクルジオは言い切った。

 己が肩を預け、己が両翼を預け、土地を任せて馬を駆る騎士を、人間として殺してくれたのだと。

 それは感謝するべきことじゃないとオレは言いたかった。


 けれども、それを否定する言葉は出てこない。

 スクルジオは肩から手を放して、オレの手を握った。

 剣ダコのある手に対して、オレの手はさぞ柔らかいだろうと思う。



「……我らに意味のある死を与えてくれ。たとえお前が決死の突撃を命じても、私はその言葉に従おう。だからお前も、我が左腕として、このスクルジオの騎士を殺した者として、決して屈するな。胸を張れ、前を見よ、己が義務を果たせ」



 握った手に力が込められるのを感じながら、オレはスクルジオを見つめ返した。

 騎士を失い、美しい銀髪を失い、片腕を失い、それでもこいつはオレを信じてくれる。

 それなら、オレは自分のためだけでなく、スクルジオのためにも戦えるだろう。


 そう確信した瞬間、胸の痛みがすっと引くのを感じた。

 砂袋でも背負っているかのような重い感覚は消え去り、視野がずっと広くなった気がする。

 死に至るまでお前を信じようと言ってくれたこの男に、オレは感謝のではなく、叙勲の時に聞いた言葉を告げた。



「「慈悲と慈愛を胸に、己が義務に対し高潔であれ」」



 二人の言葉がそっくりそのまま被っていたことに気が付いたのは、その言葉を言い終えてからだった。

 オレが気恥ずかしくて顔を真っ赤にすれば、スクルジオも面白おかしそうに口元を緩めて、笑った。

 それだけで十分だった。


 ようやく、オレは覚悟が出来た。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤とか肥料になります。


栄養剤とか肥料を投入して豊かになった土壌は、作者も豊かにしてくれます。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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