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第95話「髭なしドワーフのカラクリ」

 敵はリンド連合だけだと思っていた面々は、その背後にマルマラ帝国がいると知って口を噤んでいる。

 マルマラ帝国はベルツァール王国のようにエルフやドワーフ、ファロイドや半獣人、魔法使いといったさまざまな種族を抱え込んで、一枚岩になれない国とはわけが違う。

 彼らは魔法国家が解体され、ベルツァール王国が生まれるよりも先に帝国の復興を宣言し、現地の魔法使いたちや異種族を一掃し、強固な帝国の地盤を作った。


 ベルツァール王国が諸侯と異種族たち、そしてノヴゴールの問題などで疲弊する中、帝国はこの地方で随一の経済力と軍事力、そして統治力を持つに至ったのだ。

 そんな帝国が敵の背後で糸を引いているとなれば、王国の滅亡が頭をよぎるのも不思議ではない。

 事実として、本当にマルマラ帝国がであるならば、オレたちに勝ち目はないのだ。



「そんな状態でマルマラ帝国が、ベルツァール王国とリンド連合の停戦を取りなしてくれると、どうしてそう言えるのですかな?」



 誰も発言者がいないことを確認するかのように、髭を指先でいじりながら左右を見渡し、トリーツ帯剣騎士団の長、ジークムント・フォン・カタリアが言う。

 たしかに、そうだな、と壁際に控えて座る騎士たちが賛同するように小さく声をあげ始め、南部諸侯たちも首を縦に振り、オレに視線を向ける。

 オレがカラクリと呼ぶだけあって、この案はなかなか奇策じみている。だからこうして、しっかり説明する必要がある。



「ここで間違えちゃならないのは、マルマラ帝国が支援の立場に留まっているということだ。本気でオレたちを潰す気なら、帝国は動員をかけてなきゃならない」


「此度のリンド連合の越境前にガルバストロ卿と国王陛下が発表したところによれば、マルマラ帝国は条約違反による相互防衛協定の一時停止のみで、動員や軍の移動はしていない……と。宮中伯の噂はどうあれ、手腕に疑いの余地はありませぬ」


「お褒めの言葉ありがとう、騎士団長フォン・カタリア


「なに、本心を述べたまでですとも、宮中伯ガルバストロ



 髭面の騎士団長と目つきの悪い宰相エルフが、お互いに目の笑っていない営業スマイルならぬ宮殿スマイルを交わすと、再び視線はオレに戻る。



「………オッホン。そこで考えなきゃならないのは、根本的にマルマラ帝国はベルツァール王国を仮想敵国と見ていても、絶対的な敵とは見ていないって事実・・だ。だよな、ガルバストロ卿?」


「うむ。現状、王宮に控えている私の秘書たちから緊急の通信も早馬もないということは、帝国が禁輸措置や経済制裁を行っていないということだ。現状、帝国は明確な敵対行為をとっていない」


「となると、マルマラ帝国の狙いは本当の敵を炙り出すことか、あるいは双方の弱体化、……《救心教》の存在がある以上、これは前者だとオレは確信してる。後者は帝国にとってなんら利益にならない」


「待ってほしい。帝国は仮想敵の弱体化を狙い、我らと連合をまとめて併合するつもりではないのか?」


「トリトラン伯爵、オレはそれはないと思う。リンド連合の併合がしたいなら、南部諸侯のように革命に介入するのが一番手っ取り早かったはずだ。それに、オレたちベルツァール王国を併合したいなら、今このタイミングで攻め込むのが一番手っ取り早い。双方の弱体化を狙っているなら、もっと上手いやり方がいくらだってある。それに併合できたとしても、リンド連合は内戦後で疲弊している上、ベルツァール王国は諸侯や異種族たちとの軋轢が発生するのは目に見えている。帝国がそこから収入を得るよりも先に、反乱が起きるのは明らかだ」



 どのような統治形態であれ、占領地の民を抑え込むには民に利益を享受させる必要がある。

 恐怖による統一や弾圧による同化政策は、世界史を紐解いても最終的に分裂し滅亡し、地図から消えていくのが道理だ。

 全オリエント世界を支配し君臨したアッシリア帝国が滅んだのも、武勇と精強で謳われたスパルタが滅亡したのも、必然だったのだ。


 そして、本当の敵を探している国家を相手に、わざわざその敵であろうとする必要はない。

 敵を探している国家を相手に、その敵がどこにいるのか。

 それを知っているのならば、ここですべきはその敵を認識させることだ。



「だからオレはこのカラクリ、―――仮称として《三国十字軍》を持ちかけて、マルマラ帝国にリンド連合との停戦を取り持ってもらうつもりでいる」



 信仰は同じでありながら、マルマラ帝国とリンド連合、そしてベルツァール王国は非常に不安定な状態にある。

 これを連携させるには明確な敵が必要で、今こそベルツァール王国がその先頭に立って《救心教》の撲滅に声を上げるべきなのだ。

 その声をあげるにしても、マルマラ帝国とリンド連合に、ベルツァール王国を無下にして戦うよりは味方につけるべきだと、確信させる必要がある。



「……ユーダル独立砲兵連隊や、火縄銃士組合の火薬の都合を考えれば、次の一戦を決戦にしなきゃならない。補給線の維持にバンフレート騎士修道会の兵が付いているが、こっちも冬越えを考えなきゃならないしな」



 冬越えの話を持ち出すと、南部諸侯だけでなく他の面子を表情を曇らせる。

 雪が降って積もるような天候の竜眠季は、名の通りに竜すら眠る寒く冷たい季節だ。

 かのナポレオンでさえ退けた冬将軍ほどではないにせよ、十分な準備がなければ末端の兵は寒さで凍えるだけに留まらず、凍傷で四肢を失う者さえ出るだろう。


 矢傷や剣傷と違って、重度の凍傷は部位それ自体が凍り付いて神経すら死ぬために、切断するしかない。

 現在の補給状況は数十名程度の人数であれば凍傷患者も治療できる程度の薪や火種もあるが、南部諸侯の軍も含めて二万近い軍勢となったオレたちの軍では、患者の数はそれ以上になると見込むべきだ。

 とくに領地のほとんどを失陥したアレクサンダル・マクドニル子爵の軍は自前の補給が不可能で、その数だけでも四五〇を数える。


 本格的な竜眠季になれば、消耗は必至。

 それをここにいる面子はよく理解しているために、表情を曇らせているのだ。

 そして、そんな面々の中からオレの知る不敵な響きのある声が言った。



「冬越えとなれば我らユーダル独立砲兵連隊は一時ヴァーバリアへ帰国する。火薬や砲弾の都合はなんとかできようとも、ドワーフの作る火砲の替えはきかんのでな」



 ニーニャ勲功爵、ローザリンデ・ユンガー。

 豪奢な銀髪と小さな体躯、幼さを残した未成熟な身体、耳に残るソプラノの声、ある種の欲がちらつくその琥珀色の瞳。

 一四〇ほどの背丈しかないにも関わらず、その存在感はこの面々の中でも大きい。

 さらにはローザリンデの声に促されたかのように、髭面の騎士団長ジークムント・フォン・カタリアも声をあげた。



「我らトリーツ帯剣騎士団も同感ですな。陣を張るにしても、寒さに耐えうる装備が必要となりましょう」


 

 うむ、と椅子に座った面々が次々に首を縦に振る。

 オレはその様子を見て思わず口元を緩め、杖で床をカツカツっと叩いていた。

 これで皆、すべきことを理解したのだ。



「じゃあ、竜眠季に至る前にリンド連合に決戦を強いるってことで決定だな! ガルバストロ卿、マルマラ帝国との交渉は頼んだぜ!」



 ぐっ、とサムズアップして目つきの悪いエルフを見れば、ニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯は胃のあたりを抑えて眉間に皺をよせていた。

 いやいやいや、エルフの胃が荒れるってどんだけのストレスだよと心の中で思いながらも、オレは窓の外を見て、残された時間でするべきことをくみ上げていた。

 相手に決戦を強いると言うは容易いが、これはなかなか骨が折れそうだ。

読者の応援が作者にとって最上の栄養剤になります。


感想、ツッコミ、キャラクター推しの報告、このキャラの描写を増やしてほしい増やせこの野郎などの声、心よりお待ちしております。


感想が増えても返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

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