第93話「終着点」
仕事にもぼちぼち復帰しはじめまして、精神的にも落ち着きを取り戻せたかなと思うこの頃です。
パソコンの不調はディスプレイとの接続ケーブルの断線のようだったので一安心。
派遣した使者が帰ってきたという報告を最初に聞いた時、オレは驚いた。
心のどこかでは白紙講和を図々しく求めてきた使者を、相手は殺すのではないかとどこかで思っていたのだ。
まったくお前と来たら、善人ぶりながら平気で人を送り出して、戻ってきたら驚くのかと、自己嫌悪がさらに進む。
そうして使者がヴァレスとペルレプを往復し、お互いの腹の探りあいが始まったのだ。
何度もヴァレスとペルレプを使者が往復する合間に、モルドレッド・ボラン男爵率いる後続部隊はヴァレス近郊に到着し、駐屯地を作り始めた。
ニルベーヌ・ガルバストロ宮中伯の兵站管理もあり、駐屯地に物資集積をし、それを適時ヴァレスに補給することが可能になった。
時間は稼げている、とオレは安堵したが、それも四日ほどでそうもいかなくなった。
それまでは使者に条件と用件を伝えてなんとかぼかしあっていたのだが、リンド連合がなんの脈絡もなく書簡を使者に持たせたのだ。
使者によれば、
「本来はサトルという者と面会する予定であったが、蝋印を施された書簡を渡され帰された」
―――と。
書簡は使者からロンスン・ヴォーンの手に渡り、迎賓館で紐解かれた。
リンド連合の要求は端的だが、こちらの外交関係や国内事情を鑑みないもので、南部諸侯だけでなくあのロンスン・ヴォーンすら顔を顰めた。
スクルジオなどは眉をひそめながら使者に対して、
「本当にこの内容で合っているのか?」
と書簡を眺めながら口にしたほどだ。
書簡は、リンド連合中央議会長ならびに人民代表者の署名が。
そしてリンド連合がベルツァール王国に求める講和条件が明記されていた。
『我々は、白紙講和を前提とする話し合いが無為なものであることを、諸君がこの書簡によって認識してくれることを望む。
我々、リンド連合が望むのは旧リンドブルム公国君主、フロリアン・ギー・リンドブルム公爵を誑かし内政に干渉した《救心教》の撲滅である。
先の内戦の原因であるこの邪教による内政干渉、ならびに国家的象徴たる炎竜バルザックに危害を加えんとする勢力は、何人たりとも許してはおけない。
我々は現在、リンド連合全域において《救心教》勢力の撲滅を開始している。
また諸君の対峙するリンド連合第四軍は、ベルツァール王国内部の勢力に対し作戦行動を取らんとしている。
よって、我々は我々の目的のために、諸君らに以下の通りに要求する。
1.ベルツァール王国はその統治下にあるノヴゴール、ならびにその地を拠点とする《救心教》と名乗る勢力、信徒を直ちに処罰せよ。
2.我らリンド連合第四軍は、ベルツァール王国内に存在する《救心教》勢力を撲滅する準備が出来ている。直ちに我が軍に軍事通行権を与えよ。
3.《救心教》勢力の撲滅に際してはベルツァール王国は情報、ならびに物資などの援助をする場合、我が連合はこれを購入する用意がある。
4.現時点において徴発した物資等に関しては、両国間での国交の樹立の上で協議し決定する。
5.《救心教》勢力の撲滅後は、リンド連合の兵は国境線を厳守し撤兵し、国境線は旧来のものを引き続き尊守するものである。
以上の条文に対する返答を、この書簡が届けられた日より三日後の正午までに頂けない場合、我々は再び軍事行動を取らざるを得ない。
―――人民と信仰のために。
リンド連合中央議会長ならびに人民代表者 ウィクトリア・ギー・リンドブルム』
要するに、お前の国の内部に存在する《救心教》とその信徒を処罰したいと。
そのために軍隊が国内を通行することを認め、また軍事活動上必要となる物資や情報に関しては、売ってくれるなら購入すると。
そして極め付けに、現在の軍事行動上、徴発した物資等に関しては、講和し国交樹立した後に話し合う、と。
「………とんでもない要求だ。我が国内部の宗教に干渉し、果ては軍事通行権を求めるだと?」
「しかし、なぜここまで《救心教》とやらに固執するのでしょう? たしかにノヴゴールで勢力を増していると聞いたことはありますが……」
「かの公爵が《救心教》に誑かされ、リンドブルム公国の象徴たる炎竜バルザックの目を抉ろうとしたと言うが……その責任を奴らは我らに求めているというのか?」
それぞれ、南部諸侯のトリトラン伯爵、カリム城伯、マクドニル子爵が書簡の写しを眺めながら言葉を発する。
書簡から読み取れるのは、旧リンドブルム公国の公爵が《救心教》に誑かされたということ。
そして公爵を誑かした《救心教》は内政に干渉しただけでなく、国家の象徴である炎竜に危害を加えようとし、これが内戦の引き金となったということ。
困惑する南部諸侯やロンスン、そしてスクルジオやボラン女男爵らを尻目に、オレとガルバストロ卿は目を合わせる。
たしかにベルツァール側からすれば困惑する案件かもしれないが、リンド連合側からすればもっと過激な文面であってもおかしくはない内容だ。
あちらからしてみれば、隣国を根拠地にしているカルト集団が君主を操り国を振り回しただけでなく、国家の象徴たる竜を殺そうとしたのだ。
そう考えれば、リンドブルムの内戦はオレが考えていたものとは若干構図が違うことになる。
オレが考えていた内戦の構図は、転生者を筆頭とした《革命派》と旧権利者たちによる《王党派》だった。
しかし、この書簡に書かれていることから考えれば、本来の構図は転生者たちを筆頭にした《革命派》と、公爵らを筆頭した《救心教派》によるものだ。
そしてさらに悪いことに、南部諸侯はこの内戦に介入してしまっている。
リンド連合側からすれば《救心教》の根拠地であるベルツァール王国が、公爵らを筆頭した《救心教派》の手助けをしているとも見れる。
そんな状況でありながら、今尚ベルツァール王国に書簡のような要請をしてくるのは、温情にも程がある。
オレが同じ立場だったら内戦へ介入し国家そのものを乗っ取ろうと画策しているのでは、と疑うところだ。
実際、状況としてはそう捉えられて仕方が無いし、そんなことがあった後にマルマラ帝国がベルツァール王国に睨みを利かせたなら、《救心教》という邪教の存在を頭に入れたくもなる。
前世におけるキリスト教的な宗教―――正教を国教としているマルマラ帝国は、異端への対応は冷淡そのものなのだ。
「なあ、ガルバストロ卿……この条文を飲むことは、できるのか?」
自分の口から出た声は、驚くほど小さく、頼りないものだった。
ぴくりとエルフ特有の横長の耳を動かして、ガルバストロ卿は書簡に目を移す。
この場にいる全員、同じものを見ているはずだが、ガルバストロ卿の表情はより一層深刻なものだ。
「ベルツァールは容認できたとしても、マルマラ帝国がこれを認めるわけがない。マルマラ帝国の認めていないリンド連合の軍を自国内に入れるなど、帝国への合同軍事計画でもあるのかと疑われても文句は言んだろう……」
「だよな。……くそっ! 今から交渉するにしたって、たったの三日じゃまとまるわけがない。かといって、このままなにもしなければ、敵は再度こっちに攻めてくるじゃねえか」
「コストを度外視するなら魔法使いを経由してのホットラインで連絡は可能だ。だが、こんな条件でマルマラ帝国は首を縦には振らん……今、マルマラ帝国にとって連合も王国も同様に、敵ではない、というだけの存在なのだ」
「敵でも味方でもない。だから様子を見てる、ってわけだな」
「ああ。片方は内戦で勝ち残った新勢力、そしてもう片方は邪教の根拠地と見なされる王国だ」
「………そして敵として見れば、帝国は軍を動かしてくる、……だよな?」
「間違いないだろう。あの帝国はリンドブルムの比ではない」
「――――――」
胃のあたりを擦りながらガルバストロ卿が言い終えれば、場に並んだ面々は言葉を失う。
友好国であった隣国が内戦で倒れ、台等した新勢力が敵として立ちはだかり、味方であるはずの帝国からも疑いの目で見られている。
さらにはノヴゴールには《救心教》とやらが巣食っているというのだ、八方塞りもいいところだ。
現状、兵力は劣勢だが、恐らく兵士の質という面ではこちらに分がある。
だが相手の人的資源は革命後の改革によって変質しており、およそ封建国家とは思えないほどに余裕があるだろう。
相手に正攻法を取られたらこちらはなす術が無い。物量による平押し、今はそれが一番怖い。
「……モンパルブの領主、髭なしのドワーフ」
「トリトラン伯爵……、オレになにか?」
「白紙講和の提言、マクドニル子爵に代わって礼を言う。その上で問うが、―――我々はいったい、どこまで出来るのだ?」
「………それはつまり、あと何回勝てるのか、という意味で、か」
「その通りだ。我々はあと何回勝つことができ、我々はどのような形で戦争を終わらせることができるのか……、貴殿に考えはあるのか?」
ぐっと喉にでかかった言葉を飲み込みながら、オレはトリトラン伯爵を見つめる。
これまで戦争の終わりすら見えていなかっただろう、南部諸侯から出た言葉は、稼いだ時間に見合ったものだ。
今ある戦力でどれほどのことができるのか、そしてできることの中で、どのように戦争を終わらせるのか。
リンド連合の戦力と、戦争の終着点はこれで見えた。
相手はオレたちよりも数は多いし、戦争の終着点は到底飲めるものではない。
ならば今度は、オレたちの戦力と、戦力で出来ること、そして戦争の終着点、―――終わらせ方を決める必要がある。
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