第92話「再編」
薬の副作用とかで眠かったり爆睡したり、あとパソコンの調子も悪かったりで悪戦苦闘しましたが、ようやく更新することができます。
あけましておめでとうございます、本年も《髭なしドワーフ》をよろしくお願いいたします。
困惑と静寂によって打ち合わせが伝達事項の連絡のみで終わると、オレは食事をとって部屋に戻った。
トリーツ帯剣騎士団の騎士が使者としてペルレプに向かい、ボラン女男爵の率いる軍はヴァレスに向かっている。
時間が欲しいんだ、とオレはベッドで横になりながら天井めがけて溜息を吐く。
現状、ベルツァール王国は後手に回り続けて戦力を浪費し、戦略的に劣勢にある。
これを戦術でカバーするとしてもそれには限度があり、統制された指揮系統と部隊管理が必要になる。
兵站という面をガルバストロ卿に丸投げ出来るからこそ、オレはその軍の建て直しを考えなくてはならない。
そのためには、時間が要る。
諸邦や領主ごとによって編成された連隊をまとめ、戦時編成に仕立て直さなければならない。
そうしなければ、同じ役目を担う同じ場所へ向かう部隊が、それぞれ別個に指揮官を要することになる。
不要な命令系統はそれだけで齟齬や不和の元になり、これらは出来るだけ単純簡潔にすべきだと昔から決まっている。
それぞれ兵数が異なる連隊を統合して、戦術的に運用しやすい単位にまとめることが、今オレに求められているのだ。
それを、少なくともボラン女男爵の率いる軍がヴァレスに到着する前に終わらせなくてはならない。
「……とりあえず、まとめるだけまとめるか」
ベッドから起き上がって椅子に座り、机と向き合って持ち込んだ薄めた葡萄酒を一杯飲む。
こうしてなにかを飲めるだけでも兵站が細くないという確かな証拠だ。兵士達も飲料水は量が少ないにしても、不足はしていないと言う。
食料は保存食がほとんどで栄養が偏りがちではあるが、それも量が不足しているというわけではない。
「南部諸侯軍は再編成して一纏め、最悪二つの部隊に再編するとして……あとは救援軍を、機動力が似通う者たち同士で再編成……」
騎馬はもちろん、訓練を受けた騎士達と民兵では行軍速度もまるで違う。
精鋭とはいえない民兵達を統率しながら行軍するには、足並みを合わせるために遅くなる。
脱走兵のことを考えれば強行軍などはすべきではないだろうし、士気を考えれば配置すべき場所にも留意する必要がある。
そして、南部諸侯たちの軍にかんしては兵科を問わずまとめるべきだろう。
今までこの南部で戦い損耗してきた彼らは、なんにせよ遅れてやってきたオレたちに良い思いを抱いていない者もいる。
そうでない者もいるだろうが、だからといってそうした意識調査などをやっていられる暇はない。
地元出身の兵士というのは、郷土を守るために士気も高いとか、どっかの本で読んだ覚えもある。
それならばそうした連中をまとめて、高い士気を煽ってやり団結させれば、敗残兵と言えど化ける可能性だってある。
時間はないが、オレたちにはガルバストロ卿の強固な兵站によって供給される物資があるのだ。
南部の兵は疲れきっているが、休息を取り水を飲み肉を食って眠れば、気力は戻るだろう。
だからオレたちには時間が必要だ。時間がありすぎて困ることなど決してないと今は思える。
時間を稼がなくては最低限の戦力すら整わず、士気すらも低いままになる。
「とはいってもな、ふざけた内容の使者でいったい何時間稼げるんだ? 答えてみろよ、髭のないドワーフ……」
薄めた葡萄酒をじっと眺めながら、オレはぼそりと呟く。
それに答える声はない。やっぱりない。
命令する者は孤独だ。孤独だと思う。
でも、やらなければならない。
やらなければオレが転生し、生きてきたこの王国は間違いなくまともではなくなるだろう。
そうしたくないなら、やるしかないのだ、―――モンパルブの領主、髭なしのドワーフが。
―――
ペルレプの丘の戦いでの死者二〇二名、負傷者四二〇名。
損耗としては二個大隊が壊滅し、その二個大隊を要していた連隊は壊滅判定となり戦闘不能と断定。
死者と負傷者には周辺で偵察などを行っていた兵たちも含まれ、これら偵察部隊は全滅。
淡々と報告する連隊本部付き軍律官の声を聞きながら、サトルは腕を組んで表情を硬くする。
偵察に出していたのは農民上がりでも鉱山夫でもない、昔ながらの兵役についていた者たちだ。
それが皆殺しにあい、さらには二個大隊が壊滅? 連隊は壊滅判定で戦闘不能、と?
「偵察部隊がどうやって殺されたのかは、分かっているのか?」
眼鏡を外して眉間を揉みながら、サトルは呻くようにつぶやいた。
針金のように硬い黒髪は短く、眼鏡をかけていることもあって、学者のように見える。
背丈はなかなかあるものの、かなり細身で、お世辞にも戦いに向いているような体型には見えない。
「傷から見てサーベルや短剣、一部のものは骨も砕かれ、蹄のあとがあったと報告が」
軍律官は淡々と報告を続ける。
サトルは眼鏡を掛けなおして、小さく息を吐いた。
どこからか馬のいななきが聞こえたような気がした。
「……騎兵だ。偵察部隊を殺して回ってるなら、熟練の軽騎兵だろうな」
「バドニー将軍と同じような者が敵にいるのでしょうか?」
「分からない。だがいると考えるしかないな。……そして、丘の斜面に合わせて俯仰角を調整できる火砲、か」
「そのようです。生き残りによれば、迎撃は段階的に行われているようだったと」
「最初は礫、次は即席の手投げ弾、後戻りできないところまで近付いた後に火砲で破砕……」
「本官は、士気不足による敵前逃亡ではないかと具申いたします」
「違う。これは敵の防御戦術だ。兵の粛清は避けるんだ。―――下がれ」
「了解」
敬礼をし、テントから去る軍律官を見守り、サトルは溜息を吐く。
間違いない、今ならば確信を持って言えるだろう。
―――ベルツァールの兵の動きが変わっている。
もはや彼らは兵を集めて攻撃をするだけの、バカではない。
単に要所に砲兵を配置して火力を集中させるだけでもない。
今回の戦いは、諸兵科を組み合わせての戦術だ。
この三つは、戦い方がまったく違う。
これまでのベルツァール王国は、戦力を掻き集め攻撃するということだけだった。
次に現れたのは砲兵の火力のみで敵を粉砕するという、攻撃方法が火力に移り変わっただけだ。
だが、今回は違う。
兵の反乱があったにせよなかったにせよ、釣りだされたのはこちらだ。
相手は丘の上で適度にこちらを痛めつけ、痛めつけ、そして最後に粉砕した。
「………厄介だ。僕らには時間がないのに」
時間、時間、時間だ。
時間が欲しいと痛いほど思う。
冬になれば行軍はできなくなってしまう。
補給はできる、兵も補充できる。
けれども、それには時間が必要で、本国のリソースも無限ではない。
民兵の補充はきくが、損耗が多すぎれば次の戦いには耐えられなくなる。
補充を要請しそれが現地に到着するまでの時間、それさえも今は許容できるか怪しい。
敵が変わったのならば、それは今までのような戦い方では通用しない可能性があるということだ。
「―――髭のないドワーフ、お前はいったい、誰なんだ」
ベルツァールからの使者が来たという報告があったのは、それから数時間後のことだった。
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