第91話「叙勲」
療養してましたので更新が遅れてしまいました。
大分不定期にはなると思いますが、お待ちいただければ幸いです。
ベルツァール王国において、爵位というのは軍事階級としての一面を持つ。
爵位を金銭で買った貴族ならばともかく、領主に認められ土地と爵位を与えられた者は、領主の下に仕え、戦となれば出陣する。
同時にそれは名のある領主から認められた証でもあり、一種の証明でもある。
迎賓館の冷たい床に跪き、オレはスクルジオを見上げた。
中性的な顔立ちに銀髪の貴公子といった風貌は、その手に持つ大振りのサーベルとあいまってとてつもなく格好が良い。
そんな彼が自信満々に声をあげ、とある人物を呼ぶ。
「トリーツ帯剣騎士団長ジークムント・フォン・カタリアが教会からの立会人として同席なされる。カタリア卿、ご入室を」
「き、貴様ら……! このためだけに我々を貶めたというのか!?」
「―――マクドニル子爵、どうか落ち着いて下さらぬか。これは儀式なのです、神に誓って忠誠と名誉を称える契約。祈る時と同じように、心を平静に保つのです」
ロングソードを腰に帯び、癖のある髪を長く伸ばし、髭を生やしたこの壮齢の男が部屋に入ってくるなりそう言った。
男が動くたびにじゃらじゃらと鎖帷子の音が鳴り、サーコートに描かれた十字の紋章が揺れ、部屋にツンとした鉄の臭いが混じる。
柔和に微笑みながら怒れる老人であるマクドニル子爵を制し、ジークムント・フォン・カタリアはオレとスクルジオの間に立つ。
彼はスクルジオと、その前で跪くオレを見比べるようにして、なにか納得したような表情で何度か頷く。
まてまてお前もまさかグルなのか騎士団長、と困惑の度合いが深まるオレをよそに、スクルジオはサーベルを腰に戻して頭を垂れる。
オレもそれに倣って頭を垂れれば、ジークムント・フォン・カタリアは厳かな声音で語りだした。
「オーロシオ子爵家次期当主スクルジオがこの場において叙勲を成し、土地と名声を彼の者に与えることを、トリーツ帯剣騎士団の長たる、カタリアのジークムントが祝福いたしましょう」
然り、と彼が言い、スクルジオが告げる。
「タウリカのコウよ。汝、怯むことなく敵に立ち向かえ。世は勇気と正義を愛される」
スクルジオは頭を垂れるオレの項に手を置いて、続ける。
「己が死に至るとも真実を語れ。弱きを助け、悪しきを行うな。慈悲と慈愛を胸に、己が義務に対し高潔であれ」
項に置かれた手の感触が消え、オレは頭を上げてスクルジオを見上げる。
片腕を失った銀髪の男は、それでいても精悍で堂々としていた。
口元に浮かべたしてやったりな笑みは消えうせ、オレを見定めるかのような鋭い眼光がそこにある。
「汝、騎士として忠誠を捧ぐならば、そう誓え」
「………誓います」
にやり、と口元に笑みを一瞬浮かべたスクルジオが見えた瞬間、左頬に強烈な痛みが爆ぜる。
口の中に血の味が混じるのを感じながら、オレはスクルジオに左頬を強かに平手打ちされたのだと気付いた。
剣で肩をトントンと叩かれる程度だと思っていたオレは、いきなりのゲルマン的野蛮さに直面して文字通り面食らったが、スクルジオはそんなオレを無視してこの場にいる者達へ宣言するように言った。
「その痛みが証となる。騎士よ立て。己が主と王を守り、民を守れ」
血の味のする唾を飲み込み、オレは立ち上がる。
再び口元を緩めるスクルジオが、懐から一つの指輪を取り出し、オレに手渡す。
それが死んだ騎士の証であった指輪なのだと、オレはその指輪に刻まれた紋章を見て思う。
指輪に刻まれているのはシンプルな紋章で、渡鴉が盾と剣を身につけている。
紋章の下にはモットーが短く刻まれていて、それは『渡鴉は天を読む』とあった。
オレはそれを手にし、スクルジオの言葉を受けて視線を上げる。
「他人行儀は終わりにすべきだな、我が左腕よ。良き騎士となれ。―――今よりお前がオーロシオ子爵家に仕える騎士の一人であり、モンパルブの領主だ。これからはタウリカのコウではなく、モンパルブのコウと名乗れ」
然り、とジークムントが声をあげ、祈りの言葉を紡ぐ。
そうして叙勲は終わり、南部諸侯たちは腑に落ちない顔をしながらも怒りを引っ込めて椅子に座りなおした。
身につけた指輪の違和感だけが残る中、スクルジオも元居たところに着席し、ジークムントも去り際にウィンクを投げてそのまま退室しやがった。
気まずい雰囲気の中、ぼけっと突っ立っているオレ。
社交辞令として、この度は騎士に叙勲していただきまして大変恐れ多くも喜びが湧き上がる次第に候、などという駄文が頭に浮かぶが、口には出さずにゴミ箱に捨てる。
一度、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
すべきことは変わったか?
いや、変わっていない。すべきことは変わらない。
ではオレが言うべきことは、変わらないはずだ。
「話し合いの必要はある。すぐにでも使者を向かわせるべきだとオレは思っている」
話が分かる御仁じゃないかと言わんばかりに、南部諸侯のカリム城伯が笑みを浮かべた。
その横では御老人たるマクドニル子爵が、カリム城伯とオレを交互に見ながら、どんどん顔が怒りで赤くなっていく。
そうなるのは分かっていたから、オレは御老人の怒りが爆発する前に次の言葉を発することができた。
「―――ただし、白紙講和が条件だ。ベルツァール王国領土の割譲は認めない。こちらからの領土要求もしない」
今度はカリム城伯が、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
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