『めでたし、めでたし』
ある日、彼女は気が付いたのだ。自分のこの能力があれば世界が救えることに。
魔術という摩訶不思議な物が見つかってから数千年以上が経っているこの世界、だからと言って魔術で世界が大きく変わるようなことはなかった。様々な研究が施されたが、そう大したことはない。持っている荷物が少し軽くなる、足が少し早くなる、目や耳がほんの少し良くなる。日常場面の、ちょっとした手助けになるような物ばかりだった。中には国家機密にも認定されるような魔術も存在したそうだが、都市伝説のように語られるものばかりであった。人々はちょっとした魔術を手に入れ、自身の生活を少しだけ潤すように使っていた。そんな中、彼女が手に入れた魔術は極めて特殊だった。
彼女は数千年以上前に執筆された物語を読むのが好きであった。全てがハッピーエンドで終わる童話が好きであった。読めば、外に行かずとも空の蒼さを実感することが出来た。読めば、外に行かずとも海の潮のにおいを感じ取ることが出来た。めでたし、めでたし。この語句を最後に付け加えるだけでハッピーエンドに感じられるのが、とても心地よかったのだ。そんな彼女が手に入れた魔術は他人の人生を日記として読む能力であった。遠くからでもよい、名前も知らぬ他人を一目見ただけで、彼女は人生を日記として読むことが出来た。最初は、他人の人生を読むだけであった。だがある日、彼女は何を思ったのだろうか。ふと、日記の明日の日付が記された部分に書き加えたのだ。
「めでたし、めでたし」
ただそう書いただけで、彼女はパタリと本を閉じた。日記の途中の、本当に脈絡のない部分にその一行を書き加えた。
次の日、書き加えられたものは事故で死んだ。
――再び、日記に書き加えてみた。書き加えられたものは死んだ。もう一回、もう一回、何度も呟きながら彼女は他人の日記に書き加えた。
そしてある日、彼女は気が付いたのだ。自分のこの能力があれば世界が救えることに。
どれほど凶悪な犯罪者でも、彼女の力があればすぐに殺せる。そうすれば、世界は平和になる。そう解釈した彼女の行動は早かった。すぐさま、国にこの能力を公表した。思いのほかあっさり、彼女は国の重鎮に迎えられた。
「めでたし、めでたし」
そう言いながら、日記に書き加えていった。最初は凶悪な犯罪者、次にテロリスト、国に反逆の意志がある者、国の邪魔になりそうな者、疑いがある者。彼女は指示されるがままに書き加えた。それが世界平和につながると信じて。
とにかく、彼女は書き加え続けた。書いて、書いて、書いて書いて書いて書いて書いて書いて殺して書いて書いて殺して書いて書いて書いて書いて書いて書いて殺して殺して書いて殺して書いて書いて殺して殺して殺して殺して殺して、書いて、殺した。
――そして、彼女は断頭台に上ることになった。沢山の人々を殺した、凶悪犯罪者として世間から死を望まれた。当然だ。彼女は他人の人生の日記を、勝手に開いて書き変えて、殺したのだから。
見晴らしの良い広場。大勢の見物人が彼女の死を見に来ている。一歩、また一歩、断頭台への階段を上る。そういえば彼女が外に出たのはいつぶりだったのだろうか。もう長い間、外に出てなかったように感じる。ふと、頭を上げてみると、そこには綺麗で真っ青な空が広がっていた。
「――ああ、空はこんな色だったのね」
めでたし、めでたし。