すれちがい
何かの始まりであり、何かの通過点。
そんなお話です。
ただひとり、ひとりぼっちの女の子がいた。
親からも鬱陶しく思われ、やさしくされた記憶もなく、学校でもいつも仲間はずれ。目立たないいじめも受けていた。けれど、それをいじめと認識することが出来ず、女の子は必死に友達に絡もうとしたが、だれも少女と距離を縮めることをしなかった。
少女は、ただひたすらにそれがつらかった。
そんな中、一人の男性が、少女に話しかけてきた。
道を聞かれただけだが、少女は、話すのが大好きなのと比例せず、言葉を的確に伝えることが苦手だったため、言葉で説明せず、自分が案内すると男性の手を引いてお店に連れて行った。
「君は、無用心だね。知らない人についていってはいけないって言われなかったのかい?」
しかし少女は、話しかけてもらえたことのほうがうれしく、そんなことは些細なことだった。
だが、店にいく途中、色々話をした。今日は天気が良いこと、昨日の夕食の献立のこと、何故雨は降るのか、など、取り留めなく、脈絡もない話を延々として、男性の質問にもあまり的確な回答が出来なかった。
もうそれ以降男性が反応をすることをしなくなった少女は、またやってしまったと、瞬時に、表情を閉ざした。
そのとき、男性は再び口を開いた。
「どうしたんだい?」
「ごめんなさい。くだらないこと、だね。面白くない話をして、うるさくして、ごめんなさい」
「自分でくだらない、面白くない話をしていたという自覚をして、話していたのかな?」
少女は慌てて、それを否定するように首を振った。
「違います! 面白いから、おじさんにもその楽しさを分けようと思って。でも、私、いつもこうだから。そうやって、みんなに面白いことをして笑わせようと、その場を明るくしようと思えば思うほど、みんなに、鬱陶しがられて。おかあさんにもおとうさんにも、妹たちにも、ともだちにも嫌われて」
少女は顔に影を作るようにしてうつむいた。
「だから、おじさんにも嫌われたかなって」
「別にそんなことはないさ。お店にも連れて行ってくれようとして、やさしい子じゃないか、君は。鬱陶しがられているなんてこともないと思うよ」
少女は、疑わしそうに男性を見た。「なにもしらないくせに」と言ったところだろう。少女は少しだけ口を閉ざした。しかし、おしゃべりの性分か、また口を開いた。
「私、こんな自分嫌いなんです。やさしさなんて何の役にもたたない。みんなに求められるようになるには、こんな、おしゃべりも、やさしさ、なんていうのもいらないんだ。なのに私は、わからない」
「何が?」
「……あ、いえ」
少女はまた、しまったという感情を表情に出して、うつむいた。
初対面の、しかもただ道を聞いてきただけの知らない人に、重い話をしてしまったことに気づいたのだ。
また自分の中の「変な子」ゲージが上がってしまった。
「ここまで話されて、勝手に話を切られるのは、嫌な気分だな」
少女が話を続けるつもりがないと思った男性の言葉に、少女は慌てて顔をあげた。
「ごめんなさい! そ、その」
一瞬した自負など忘れ、また話を始めた。
「あ」
正確には、いったん話を切ってしまったことで、勢いで話していた会話の内容を忘れて、話をしようとしたが出来ないでいた。
「あの、えっと」
会話を忘れるなんて最低じゃないかといわれるのではないかと思ったら、少女はそこから何もいえなくなった。
「話したくないならもういい」
『もういい』という突き放された言葉に、少女は身体の芯から冷え込んでいく錯覚を覚えた。
突き放されるのが一番怖いのだ。
少女は何度目になるか分からない謝罪の後、適当な会話をだした。
天気の話、星の話、マンガの話。
絶対に直前までしていた会話とは違うだろうと、分かっていても、男性の機嫌を取るかのように、いつも以上に饒舌だった。
マシンガンのようなトークをされた男性は、表情を消し、相槌も打たなくなった。
少女は泣きそうになる自分を必死にこらえたが、このときほど、自分の涙腺のもろさを責めたくなったときはない。
結果、ランドセルを背負っている女の子を泣かせている男性、という、通報されそうな図が出来あがってしまった。
「もういい。お店は適当に行くから、君は帰っていいよ」
と男性が突き放して去っていくだろうと思っていた少女の考えとは裏腹に、男性はハンカチを差し出してくれた。
「そんなに自分を責めて泣くことはない。自分を傷つけて自分でなくことほど、愚かなことはない」
その台詞は、少女の胸を突き刺した。
自分を傷つけることはない、という言葉が、なぜかうれしかった。
少女も男性もその場で立ち尽くしていた。
もともと人通りのない道だったため、その光景を見るものはいなかった。
このあとに行われる会話を聞いたものも、この二人以外誰もいなかった。
「君は、どんな自分になりたいんだ?」
「え」
男性が、感情を見せない声で問いかけた。見上げてみるも、表情からも、何を思っているのか見えなかった。
「わ、私は、み、みんなと仲良くなりたい。たくさん、友達ほしい」
「そうするには、どうしたらいいと思うんだ?」
「……私が消えればいい」
「おいおい、自殺はだめだぜ」
「ち、ちがう! そうじゃなくて。あの、変な話だけどね」
少女は、緊張がとけて砕けた言葉で、淡々と話し始めた。
「私は、私一人じゃないの。私の中で、私を守ってくれる存在があって、私っていう気持ちがなくなったときに出てくる『子』がいるの」
男性の眉が動いたのを、少女は見逃さなかった。
「あ、こ、これは、今書いているマンガのおはなしで!」
とっさに誤魔化した。男性はにこりと笑みを浮かべ「それで?」と先を促した。
「え、えっと。でね? そ、その子が私の代わりに『出ている』ときのほうが、みんな楽しそうに話をしてくれるんだ。でもそれは、私の感情なんて何もないときで。だから、私はいらないんじゃないかって。私じゃないほうが、みんな喜ぶし、楽しそう」
自分を否定していくたびに、自分の存在が怖くなってきた。
少女は、顔をゆがめながら、言葉を消していった。
両者が何も話さなくなったら、あたりはしぃんと静まった。
「そうか」
男性がぽつりと言葉を漏らすが、少女はそれに反応はしなかった。抜け殻になったように、表情を消し、その場で立ち尽くしていた。
男性はにこりと微笑むような表情を浮かべ、優しい口調で、冷酷な台詞を吐いた。
「マンガに出てくる『君の代わり』という存在を悲しませないよう努める義務が君にはあるが、たしかに『君』はいなくなったほうが、世の中にとってはとても、めでたいお話かもしれないね」
「!」
少女は、足元から徐々に体が冷え切っていく感覚を覚えた。
「私は、要らない子、なの?」
「君のマンガの中の話だろう?」
マンガに登場してくる主人公が少女の時点で、その少女が正直に自分の身の上を話していることは、明確かと思われていた。
しかし、それを盾に話しているというクッションを敷いたつもりだが、いつの間にか少女の身体は、コンクリートの上にたたきつけられるような衝動を覚えていた。
なぜなら男性はたしかにいった。「君はいらない」と。
君の代わり、とは言わず、君が必要ない、と確かに言ったのだ。
少女はそう気づいたとき、頭が真っ白になった。
少女の意識は、そこで一旦途切れることになった。
突然目の前で、マリオネットの人形のように、糸で吊るされているように上半身をぐったりおろし、動かなくなった少女に、男性は一瞬不気味さも感じた。
だが、足はしっかり大地について立ち、身体を支えている。
「譲ちゃん? どうした?」
少女はその声に反応したかのように、上半身を振り上げるように起こし、乱れた服を軽く叩いて伸ばしていった。
「悪い。少し言い過ぎたな」
男性は、少女がショックを受けているものだろうと思ったが、少女はけろりとした表情をしながら「別に」と一言、感情のない声で答えた。
そして、さきほどのような、おびえて人の顔色を伺うような目つきではなく、人を探るような目つきで男性を睨みつけていた。
小学生の少女に威嚇され、一瞬だけ背中に何かが這ったようなぞわりとした感触を覚えた男性は、一瞬めまいを覚えた。
「あたしをいじめた、お返し」
そういたずら小僧のような笑みを見せて、少女はその場を走って逃げた。
これ以上いたらもっといじめられると思ったのだろうか、と男性を思い、再度反省した。
「そんなつもりはなかったんだけどなぁ」
ため息を一つ吐き、青く澄んだ空を見上げて、目を細めながら、つぶやいた。
「――、一体どこにいるんだよ。あいつ」
今のところこれに関連する話を投下するか否か考えております。
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この話の続きではありませんが、主軸となるお話なら、あります。