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3話 「犬」

犬が走っていた。

辺り一帯に光は無い。移動しているかさえ不明であった。

その犬は骨が剥き出しで粘度の高い液体が絶えず体を滴っていた。

混沌とした邪気に身を包んだ犬の目にすら光は灯っていない。

それでも犬はただ一点を目指し暗黒の中を駆けていた。




2006/9/11

今日から新しい研究所に配属となった。

研究所としては小さい方だが、それを上回る熱意を感じることができた。

前の現場とは大違いだ。今でも思い返すとイライラする。

しかし、リーダーからはあまり好ましく思われていない様だ。

行動の一つ一つを監視する様に常に鋭い目つきで見られていた。

明日からも頑張ろう。


2006/9/28

リーダーが消えた。原因は不明だ。

消失の前の夜は泊まり込みで研究に励むと言っていたが、次の日彼の姿はなく一週間経っても姿を現さなかった。

数日前から不気味な笑いをしていたが何か関係があるのだろうか。

明日は研究所を調べてみようと思う。


2006/9/29

ものすごいものを見つけてしまった。

研究所に地下があった。

リーダーが消えた日に最後についてあった部屋の光と初日のリーダーの監視の目が特に強かった場所を考慮して探していると偶然見つけることができた。

幸運としか言いようがない。

今日は新リーダーが泊まり込みのため中には入れなかったが明日からは泊まり込みと称して地下に潜ろうと思う。

あの注意深いリーダーが隠したものだ、凄まじいものに違いない。


2006/10/3

地下での研究に夢中になって日記を残すのを忘れていた。

結論から書こう、タイムマシンが制作されていた。

ただ中枢部分がまるでえぐられたように無くなっていた。

リーダーがどこかへ旅立った時に一緒に持っていったのだろうか、あのリーダーならやりかねない。

しかし、制作図面は放置されたままであったので作ろうと思えば作ることは可能だ。時間はかかるだろうが。

ともかくこれでリーダー消失の謎は解けた。

しかし新たな謎が浮上してきた。

地下の部屋の中にある全てのものは角が丸く削られていた。

それはタイムマシンの部品一個一個に至るまでの角という角が削り取られていた。

ともかく僕もタイムマシンを完成させ過去に跳ぼう。

久々に楽しくなってきた。


2006/10/8

タイムマシンの作製を続けていると地面に刻み込まれた文章を見つけた。

『カド トレ』

過去の時間遡行者の書き置きだろうか。

いつからその文字が刻まれていたのかは知らないが、彫られた文字の中に溜まったほこりから新しいものではないということがわかった。

今までも部品の角をとっていたがこれからはより厳重に行うことにしよう。

完成まではまだまだ時間がかかりそうだが全く苦ではない。

あいつらと会える日が楽しみだ。


2007/2/8

タイムマシンはまだ完成しない。

中枢ユニットは想像以上に複雑な構造をしていた。

それ以上に設計図には角のある状態で記されているものを角をとった状態で正確に組み立てなくてはならないところに骨が折れる。

最近は地下の研究にのめり込みすぎてリーダーに注意されるようになってしまった。

地下の存在がバレる前にタイムマシンを完成させなくては。


2007/3/12

一応組み立ては完成したが動かない。

噛み合わせが悪いのだろうか。角の取り方を変えてみよう。

リーダーからはもう見離されてしまったようだ。

研究中に居眠りをしていれば仕方もないか。最初の方は気さくに笑って許してくれていたが近頃は何も言わず冷たい視線を向けてくるだけだ。

また別の研究所に飛ばされる前に完成させないと。


2007/4/4

今月いっぱいで異動が言い渡された。

タイムマシンはまだ動かない。

マズい。このチャンスを逃すわけにはいかない。急がないと。

あいつらが待っている。


2007/4/19

最近抜け毛が酷い。

もう十日連続徹夜だ。

タイムマシンはまだ動かない。

あいつらの笑顔が浮かぶ。

動けよ。


2007/4/27

動かない動かない動かない動かない動かない動かない

噛み合わせはもう何度もチェックしたし、設計図も擦り切れそうになる程確認した。

なんでなんでなんでなんでなんでなんで

もう時間がない。

過去に戻れる。あいつらが待ってる。

あの笑顔が頭から離れない。

頼むから動けよ。


2007/4/30

動いた。

やった。やっとだ。もう涙が止まらない。

これで過去に戻れる。

この世界にやり残したことはない。

特に言い残したことはないし、時間もないし過去へ行くしよう。

この手帳は地下に置いていくこうと思う。

タイムマシンを作る苦悩がちょっとでも伝われば本望だ。




「ふぅ」

白の手帳を半円状の机の上に置いた男が息をつく。

男は迷うことなく近くにある機材のスイッチを入れ、荷物とともにカプセルの中に入る、

機械の起動音が徐々に大きくなる。

男は歓喜に震えていた。

目の下にできた大きなくま、ところどころが抜け荒地のようになった頭、痩せ細った体、どこを見ても男の苦悩は伝わるだろう。

男はあまりの感動に全身を震わせながら泣き叫んでいた。

ここが地下でなったならば、あたりから苦情が来ていただろう。

震える男の頭皮から毛が数本抜け落ちる。

過労に次ぐ過労でボロボロとなった毛穴は感動に震える体の振動に絶え切れず毛を離した。

機械の音が騒音と言っても良いほど大きくなる。



犬が走っていた。

あたり一帯は闇に飲まれ、どこに向かっているのか移動しているのかさえ不明であった。

犬の体には肉は付いておらず、淀んだ骨が溢れ出るネバついた液体とともに揺れていた。

それでも犬はただ一点を目指し駆け抜けていた。

不意に世界に光が生まれる。

犬はそこに光が差すのをわかっていたかのようにその光に突入する。

その目は光に包まれた後でも闇に染まったままであった。



男は間近の機械から発せられる騒音に耐え切れず耳を塞いでいた。

それでも男は変わらず笑顔で涙を流していた。

突如男の視界がブラックアウトした。

男はまだ何が起こったのか気づいていない。

カプセルは横転し丸い研究室の床に勢いよく倒れる。

男はまだ何が起こったのか気づいていない。

カプセルに内側から亀裂が入る。

男はここで始めて今起こっている異常に気がついた。

慌ててカプセルに押し付けられ失われていた視界を取り戻す。

カプセルの中で倒れ、地面と平行な体勢になったまま足元に目をやる。

そこには犬がいた。

正確に言うとそれは犬では無かった。

全身を骨で構成した酷い刺激臭を放つ粘液を滴らせるその姿は見知った犬では無かった。

しかしこの状況でこの化物について考察する余裕は無い。

「いったいどこから」

そう男は呟くと犬の出所を探る。

犬は今でも世界を侵食するようにぬるぬると粘膜を滑らしながらこっちに来ていた。

犬と世界の狭間からは青黒い煙のようなものが出ていた。

犬の尻尾の骨がずりゅっと嫌な音を立ててこちらの世界にやってくる。

煙が消え犬の出所が明らかになる。

そこには抜け落ちた髪の毛が交差して落ちていた。

床に刻まれた決死の伝言を男は忘れたことが無かった。

『カド トレ』

「あああぁぁぁああぁぁぁぁああぁ」

口から漏れる絶叫は自分の命の危機を嘆くものか、最後の最後で犯した不手際を呪うものか、叶えることのできなかった願いに絶望するものか、それともその全てか。

男は手元のバッグから刃渡り20cmはあろかと思える包丁を取り出し、犬に投げつける。

包丁は犬の体を覆う粘性の液体に飲み込まれ威力を失った。

犬の体の内側に達した部分から包丁は姿が見えなくなる。

まるでこの世界から消失するように。

未曾有の恐怖が男を襲う。

カプセルを内側から蹴破る。破片が足に突き刺さるが今はそれどころでは無かった。

なんとかカプセルから出た男はその場所から逃げだそうと走り出す。

男の意思とは関係なしに視界が地面に吸い寄せられる。

受け身を取ろうとしたがとっさのことで間に合わない。

拒むものは何もなく男はカプセルの破片が飛び散り凶器にまみれた地面に頭から突っ込んだ。

額からはおびただしい量の血が流れ出ていた。

足元に目をやる。

左足の足首から下が消えていた。

切断面からは血も出ていなかった。

カプセルの中から悠々と犬が飛び出してくる。

犬の口には先ほどまで履いていた靴が咥えられており、それもすぐに体の内側の深淵へと消えていった。

「あ……ああぁ」

そう呻く男は片足を失っても逃げようとするのをやめなかった。

疲労と大量出血、意識を失うまで後一歩というところだったが男は生きることを諦めなかった。

しかし、地面を這いずり逃げようとする男は途端に動きを止めた。

男は見てしまったのだ。

飛び散ったカプセルの破片一つ一つから湧き出る青黒い煙を。

男の精神は不定の狂気に達した。

しかしそれは幸福なことだったのかもしれない。

これから起こる凄惨な捕食について何も感じることが無かったのだから。





「あーあ、今回もダメだったか」

どこの世界にも属さない場所で混沌は嗤う。

「まあいっか今回もいいものが見れた」

混沌はどこから取り出したのか黒い手帳をぱらぱらとめくる。

「うわー、どのページ見ても人を殺すことしか書いてないや」

黒の手帳には一日も間隔を開けることなく呪いのように日々の恨みが書き殴られていた。

「次はどんな喜劇が観れるか楽しみだなー」

混沌はそう言いつつ黒の手帳を闇に投げ捨てた。


人間には到底辿り着けないであろう超技術で作られたタイムマシンの配備された角のない部屋。

暴食の後の壊れた機械を残すだけの地下研究所。

半円状の机の上には白と黒2冊の手帳が対を成して置かれていた。


混沌は一人嗤ってた。

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