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1話 「狼男」

地下10メートル。

一切の光の侵入を許さないその場所で薄暗い光に映る影。

その影はイビツに歪んでいる。

「ギュラゥロゥォォォォォォ‼︎」

歪んだ影が吠える。

その何の声とも判断できない不快な爆音は空間を揺らす。

その振動が伝わりたった一つの光源が砕け散る。

飛び散った破片に灯った炎が一枚の紙を媒体に部屋全体に燃え広がる。

その場にもう影の姿は無かった。

誰もいなくなったその場所で燃える紙には『人体実験レポート 狼男の錬成』と書かれていた。






今日は本当についていない。

日曜だってのにいきなり会社に呼び出され、気付いた時にはもう夜中だ。

昼から彼女とラスベガスに行って豪遊する予定がパーだ。プレゼントまで買ったのに。

誰だよあんな俺にしか直せないプログラムを作りやがった奴は。

あ、俺か。あっはっは……笑えないな。

誰よりも賢くて、一人でなんでもできるやつってのは人生楽に生きれるだろうなって思って学生時代死ぬほど努力したのに現実はこれかよ。

俺が作ったものは俺しか使えないし俺しか直せない。

世界をたった一人で相手になんて出来やしないし、他人に頼らなくてはならない。

結局今日も一人で遅くまで仕事する羽目になった。大忙しじゃねーかよ。

はは……ちっ無駄に今日は月が綺麗でいやがる。

空を見上げると雲ひとつない空に満月が煌々と俺を見下ろしていた。

「ちっ、嫌味かよ。ちくしょう」

吐き捨てるようにそういうと足元に転がっていた空き缶を蹴飛ばした。

空き缶は闇に吸い込まれようかというところで動きを止めこちら側に跳ね返ってきた。

どうやら前方に人がいたようだ。申し訳ない。

謝ろうと少し近寄ったところで俺は立ち止まった。

シルエットが見える。

しかしそれはどう考えても人のモノではない。

刃物さえも弾き返しそうな分厚い胸板。

上半身を覆い尽くす体毛。

そして何よりも鋭く輝く爪と牙がソレが人でないことを証明していた。

バケモノは動き出す。

前のめりに。跳びかかろうと後ろ足に力を込めて。

俺はバッグを投げ出し御伽噺で聞いたこのバケモノの名前を叫ぶ。

「ウェアウルフ‼︎」

その叫びがトリガーとなり狼男が弾丸のように俺めがけて跳んでくる。

とっさの判断で右に避ける。

「ッッ!」

直撃は免れたものの左の二の腕がヤツの爪の餌食となり、血が流れ出ていた。

今までに感じたことのない激痛が体を走る。

「ッ!今日は本当についてねぇな!チックショウ!」

そう言いながらこの場から逃げ出そうと足に力を込める。

視界の端でヤツがまたこっちへ跳びかかろうとしているのが確認できた。

全速力で走り出したが、どうやら少し遅かったようだ。

背中に焼きごてを当てられたかのような熱が発生する。

その熱は体の動きを止めるには十分すぎる役目を果たした 。

無様に地面になだれ込む。

先ほど受けた腕の傷がさらなる悲鳴をあげる。

ここで意識が失えたらどんなに幸せだろう。

しかし、神はそれを許してはくれないようだ。

背後から足音が聞こえる。

勝利を確信した滲みよるゆっくりとした足取りで一歩一歩ヤツの音が近づく。

ああ、俺はここで死ぬのか。

思い返してもいい思い出は何もない。

死んでいたのと同価値の学生時代、仕事に追われ休む暇のない生活、使う余裕はないのに無駄に入ってくるお金とそれに群がる女たち。

あーあ、俺の人生こんなところで終わるのか。

狼のドブのような匂いが鼻をつんざく。

死にたくねぇな。

「ギャラァウゥォォォォォォ!」

狼男が月に吠えているのが見える。

死にたくねぇな。

狼男は大きく口を開けよだれを垂らしながらゆっくりと俺の喉元を狙って近づく。

「悪りぃ、やっぱり俺まだ死にたくねぇ」

そう呟き、ポケットからジッポーを取り出し火をつける。

ヤツは驚いたのか一瞬動きを止めた。

その隙を見逃さない。

開いたジッポーのキャップ部分をへし折り、消えることのなくなったジッポーをヤツの間抜けに開けた口の中に放り投げる。

「ッッウグゥラァァアァアッッ!」

どうやら効果は抜群のようだ。どんなに強固な外壁でも内側から責められてはどうしようもない。

ヤツが悶え苦しむ中、俺は立ち上がり重い体を引きずり近くの壁にもたれかかる。

さて逃げたはいいが、ここからどうする。

ヤツに対抗する武器を俺は持っていない。ヤツが本気になれば俺は一瞬で死んでしまうだろう。

そういえばあのジッポーは入社した時に社長がくれたものだよなぁ。

ふと思い返していると、右手に何かが触れた。

視界を移すとそこには先ほど投げ捨てた俺のバッグが転がっていた。

こんなものがあったところで……いや待てよ。

「はは、俺の知っている御伽噺の通りだといいんだけどな」

ここまできて一か八かの賭けに出るしかないとわかると無性に笑えてくる。

結局は運頼みかよ。今日ラスベガス行かなかったぶん溜まっていてくれると嬉しんだが。

眼前の狼男はもう悶え苦しんではいなかった。

大量出血で俺の意識はもう朦朧としている。チンタラやっている暇はない。

「おーい、ビビってんのかよ、俺が怖いのかウェアウルフさんよー」

挑発の意味がわかったのかどうかは知らないが、怒り狂った狼男は目を見開き大きく口を開くと月に向かって咆哮した。

「グァギャルァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」

ヤツの口からは大道芸のように火が吹き出ていた。

「はは、どうやってんだそれ」

壁にもたれたままの状態であざ笑い言う。

こちらを向いたヤツの牙は炎を纏っていた。

でもそんなことは関係ない。

体の震えは止まらないし、痛みは一周回ってもう何も感じないし、視界も中心以外ボヤけている。放っておいたら確実に死ぬヤツだ。

でもそんなことは関係ない。

俺はあいつを倒して生きる。その決心はもう絶対に揺るがない。

「かかってこいよ。化け物フリークス

言い終わるやいなや、ヤツは最大限まで口を開けるとこちらへと跳びかかってきた。

その速さは今までの比じゃない。

ヤツと俺の距離は一気に0となる。

燃える牙が俺の喉を引き裂こうとする。

だが、やつの狙いは分かっていた。

そうなれば対処も容易い。

俺は右手をそっと置くようにヤツの口の前に移動させた。

ヤツは今までの勢いのまま右手を飲み込む。

それでも勢いは止まらず、俺はもたれかかっている壁にめり込む。

肩は脱臼し、右腕は全部の骨が複雑骨折を起こしているだろう。

忘れていた痛みが再び蘇る。

気を失いそうになる。

でも戦いはここからだ。

「これ、彼女へのプレゼントだったんだぜ。大事にしてくれよな」

そう言うと俺は右手に握りしめた銀の十字架のネックレスを内側からヤツに突き刺す。

骨は砕け、筋肉のみで動く肉体は弱々しくも確実にヤツの体を貫いた。

「ッッウグルゥ 、ウグゥルァアゥゥゥ……」

その叫びが断末魔となり、徐々に力を失っていく狼男。

「はは、運良かった」

一発で心臓を貫けたのならこれはもう豪運といっても過言ではない。

完全に力を失い狼男がこちらに倒れかかってくる。

あっけない幕引き。

勝因は運が良かっただけ、あとは身近な人たちがくれたものが助けてくれた。

決して一人で生きていける男の賢いやり方ではない。

それでもこれで明日からまた平和な日常に戻れる。

もっとも暫くは休養になりようだがな。死ぬよりかはマシだ。目一杯生きよう。忙しい日々もこんなのを体験したら楽しいにちがいない。

休養中には自分以外のことも考えたシステムを練ろう。

独りはこんなにも無力だと改めて実感できたから。

もうこんな一人ぼっちの夜は嫌だから。

緊張の糸が切れ、俺の体からも力が失われていく。

空を見上げると満月が嫌になるくらいに煌々と見下ろしていた。

ドクンッ。

不意に心臓が高鳴る。

失いかけた意識が冴え渡る。

「これはいったい」

上半身の筋肉が膨張し、服を引き裂く。

「おいおい、ウソだろ」

はだけた上半身から毛が生え出す。

「ジョークだと言ってくれ」

骨格が組み替えられていくのを感じる。

「ファック!ファック!ファック!」

歯が全て犬歯のような尖った牙に生え変わる。

月明かりに反射する水たまりに映った俺の姿は今倒したばかりの狼男と瓜二つになっていた。

そういやあったな、そんな御伽噺。

狼男に噛まれた人間は狼男になる。

あーあやっぱり今日はついてねーや。

携帯電話を取り出し、文章を打ち込む。

爪と毛が邪魔で文字が打ちづらい。

やっとの事で文字を打ち終えるとその文章をメールで一斉送信した。

「これでもう悔いはない、よな」

携帯電話を置き、壁にもたれかかるようにして死んでいる狼男の口に手を突っ込む。

「ああ、死ぬのってこんなに怖いんだな」

もう怪我は完治しているのに震えと涙が止まらなかった。

死体から引き抜いた手には銀の十字架のネックレスが握られていた。

「死にたくねぇ、死にたくねぇよ……グルゥ」

自分の精神を狼が蝕んでいくのが分かる。

今ここで死ななければ多くの人が犠牲となるだろう。

それは許されない行為だ。

「あーあ一回でいいから一人で生きるのを辞めた後の世界を楽しみたかったな」

震えと涙が止まらない。

他人を思えるようになってしまった今ではこの振り下ろす手にかかる力は桁違いだ。

それでも他人を思えるようになったからこの手を振り下ろせる。

「じゃあな」

それが彼の最期の言葉だった。

彼の振り下ろした手は心臓を一発で貫き、即座に絶命した。

最終的にこの場所に残ったのは2人の死体と

『ありがとう』とただそれだけ書かれ、一斉送信されたままの画面で止まった携帯電話があるばかりであった。

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