サヨナラのかわりに
私はこれから違う世界へと旅に出ます。
悲しまないで。
だって、私はこうする事をずっと夢見ていたのだから。
喜んで送り出して欲しいな。
旅に出たらまず、今まで行ってみたかった場所へ行こうと思います。
私は人と接するのが苦手だし、食にも遊びにも興味がなかったから、ただ景色のいい場所へ行ければそれで幸せなの。
透き通る湖の底へも行けるかしら?
青く高い空も飛べる気がする。
今まで人が入る事の出来なかった場所にも行けるんじゃないかな?
だから、私は今、すごくわくわくしているの。
だから、泣かないでね。
楽しんで行ってらっしゃい、って笑顔で手を振ってね。
かわいそうだと思う?
私から言わせてもらえば、生きている方がかわいそう。
好きでもない人との無意味な付き合い。
食してもすぐに排泄してしまう無駄な食事。
疲れるだけの睡眠。
見栄と意地の張り合いの場所でしかない仕事。
何もかもが嫌だったの。
だから、ずっと憧れていた事をするって決めました。
きっと、誰よりも幸せな時間を過ごせるようになるわ。
今までありがとう。
それじゃ、行ってきます。
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手紙を書き終えると、窓に映った自分を見つめた。
今まで鏡をよく見る事なんてなかった。
「…あれ?私…こんなに太ってたっけ?」
1階に誰もいない事を確認すると、玄関にある鏡の前に立った。
大きな鏡には私の足から頭まで映っていた。
「おかしいな…こんなに地味な顔だった?」
窓に映った自分を見た時には気付かなかった。
私の肌は荒れていて、顔色も悪いし陰鬱な表情をしている。
それに…
「なんてダサい服!」
毛玉のついたセーターとピチピチのチノパン。
もう一度、自分の書いた文章を読み返す。
「なにこれ…」
はっきり言って私は頭が悪い。
その為、文章はまとまりがないし素敵な女性をイメージするような表現が出来ていない。
おまけに字もきたない。
「ダメだ。今死んだら…」
私は洗面所に向かうと顔を洗い、髪をセットした。
自分の部屋に戻ってクローゼットの中の服を眺める。
どれもダサい。
「服…せめて服装だけでも綺麗にして死にたいな…」
お財布の中身を確認すると、小銭しか入っていない。
「どうしよう。バイトでもする?
……それに、もうちょっと文章力が欲しいな。」
持っていた手紙を見つめる。
そして、再び鏡に映る自分を見つめた。
「太った身体もどうにかしないと。」
私は台所へ向かい、冷蔵庫を開いた。
「なにこれー!!野菜がないじゃない!!」
私が叫び声を上げると、背後で物音がした。
振り返ると、ママが目を丸くして立っていた。
「ちょっと!!なんでうちには野菜がないの!?お肉ばっかりで!!健康に悪いじゃない!!!」
ママは何も言葉を発する事なく驚愕している。
その姿を見て私は情けなくなった。
「ママ!!なによその服装!!!全然体型に合ってないじゃない!ママはスタイルがいいんだから、もっと細身の服を選びなさいよ!
それに化粧もヒドイ!!せっかく綺麗な顔なんだからもっと自分に合う化粧をしてよ!!
もったいない!!」
一通り怒ると、ママが昔、教師をしていた事を思い出した。
「ママ!前に先生やってたって言ってたよね!?それって何を教えてたの!?」
ママはおどおどしながら『数学』と答えた。
「もー!!!なんで数学なの!?国語にしてよー!」
ママは『国語ならパパが教えてるわよ』と言った。
「え!?パパってまだ教師なの!?」
いろんな事が頭の中を駆け巡る。
私はさっき書き上げた手紙を握りつぶした。
すぐにママのもとへ向き直ると「私ダイエットするから!」と言って家を飛び出した。
そうだ!
痩せて綺麗になって、バイトして可愛い服を買って、勉強して立派な遺書を書こう!!
それからでも旅に出るのは遅くない。
空を見上げると、そこは清々しく気持ちが良かった。
周りに目をやると、冬の寒さにも負けずに綺麗な花が咲いていた。
花に見とれていると、突然 背後から声がして、その花が『スノードロップ』という名前だと教えてもらった。
「花言葉は、「希望」「慰め」「逆境のなかの希望」っていうんだ」
私はそれを聞くと、暖かい気持ちになった。
お礼を言おうと振り返ると、そこには嬉しそうな顔をしたパパが立っていた。