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あなたの手のひら

作者: 三木千紗

同棲している彼とは少しすれ違いの毎日。ちょっと寂しいと感じていたころ…



ちょっと暖かい気持ちになる、短編小説です。

思ったよりも残業が長引いて、焦り気味で電車を降りる。

今日は部下のミスの対応に追われて、帰りが遅くなってしまった。4月から部下ができて、借り切ってはいるものの、上司としての仕事も大変で、自分のしごともあるし、仕事から帰るといつもくたくただ。



「もう寝ちゃったかな」


頭に浮かんだのはのは同棲している彼のこと。最近忙しくて、なかなか2人でゆっくりできていない。わたしが帰ると向こうはもう寝てたりする。帰るのが遅いわたしの分も家事をさせてしまっていることに罪悪感は絶えなくて、でも、少しすれ違いの生活に寂しいと思っていたり。


夕方、一応遅くなるとは連絡して、了解、と短い返事だけが返ってきた。


「すっかり遅い時間だよ、、、」


なに食べようかな、なに食べたかな、と考える。どうせ1人だし適当に済ませちゃおう、と自分を納得させた時、見覚えのある人影。



「おかえり」

「え?!なんで?!」


目の前にいたのは今の今まで考えていた彼。


「遅くなるって言ってたじゃん」


そう言ってわたしの手をとって、


「帰ろう」


と一言。


繋がれた手が、寒くなってきたこの時期にはちょうどいい。


「もう寝ちゃってると思ってた」

「今日俺も少し遅かったから」


でも…


「いつもはこんなことないじゃん」


黙ったままの彼。

少し繋いでいた手を自分の方に引っ張って、


「迎えに来てくれたの?」


と聞くと、少しぶっきらぼうに、


「だって危ないじゃん」


わたしは知ってる、彼がぶっきらぼうになるときは、照れているときだってこと。


ひさしぶりに胸がぎゅっと苦しくなる。


こんな風に手を繋いで歩くのはどれくらいぶりだろう。同棲を始めて1年、休みの日も家でゴロゴロ過ごすことが多くて、仕事も忙しくて、なかなか手を繋ぐなんて機会がなかった。


自分が思っていたよりも自分は寂しがっていることを自覚して、涙が出そうになってしまった。


付き合った当初は、よく頭を撫でてもらったり、手を繋いでくれたり、抱きしめられるときも、この人の手だったから、この人の手のひらだったから、ドキドキしたし、安心した。


いつかそれは当たり前になっていた。

だけど、毎日に当たり前なんてなくて、そう思うと、今わたしの手を包んでいてくれているこの手のひらが、愛おしく感じた。


いつもわたしを支えてくれているこの手のひら。わたしも彼に、何かできているのかな。


黙ったわたしを不思議に思ったのか、彼が歩きながらわたしのほうを見て立ち止まる。


「え、何、なんで泣いてんの!?」


あぁそうか、わたしは泣いているのか。

周りの空気は冷たくなってしまっていても、右手だけは暖かい。


その環境が、わたしをいつもよりも素直にさせる。


「だって…手繋ぐのひさしぶりで…なんか…あたしばっかりもらっちゃってるなぁって思って…あたしもなんかあなたにあげたいのに…」


沈黙。


そして黙ったままだった彼が、口を開いた。


「そんなこと考えなくていいよ」


手を強く強く握り締められる。恐る恐る彼の顔を見ると、





とても、とても、優しい顔をしていた。



「俺はもう君にたくさんの物をもらってる。ベタだけど、毎日同じ家に帰るっていうだけで、俺幸せだよ」


「だけど、あたし仕事で最近遅くて負担ばっかりかけて」


「そんなこと気にしてたの?俺別に家事とかやれる方がやればいいと思ってるから気使わないでよ。俺だってこれから遅くなる時もあるかもしれないし」


それに、毎朝起きたら君がちゃんと隣にいるってわかってるからさ。寂しいけど寂しくないよ。


「矛盾してるよ」

「そうだね」


ふ、と笑いあう。


「どんなにほったらかしにされても、俺は君がいいよ」

「根に持ってんじゃん」

「だって夜1人で寝るの寂しいよ」

「さっき言ってたことと矛盾してるよ」

「そうだね」


向かい合って額を合わせて笑いあう。

こうしていると、寂しがっていたことも、不安になっていたことも忘れられていく。


「大好き」


と言って彼の手をぎゅっと強く握る。


「わたしも。あなたがいい。」


あぁもう、という声が聞こえたかと思ったとき、



わたしは彼の腕の中にいた。

いつも寝る時に感じる彼の香り。



「急にそんなに可愛く言わないで」


耳元でかすれた声で囁かれて、ドキドキする。


体を離して、彼の顔が近づく。

キス?!ここで?!と思いながらも、わたしも目を閉じる。


でも、なかなか彼の唇はわたしの唇に触れない。


あれ?と思い目を開けると、彼の顔がものすごく近いところにあって、彼がいたずらっぽく笑って言う。


「さすがにここではしないよ」


からかわれた。


「…もう!!」

「なに、してほしかったの?」

「違う!!!」


自分でも顔が赤くなっているのがわかった。彼がわたしをからかい出すと、主導権は完全に彼のものだ。


ニヤニヤ笑いが止まらない彼が、わたしの手と自分の手とを繋ぐ。

そうしたらもう振り解けないことも、彼はわかってる。


「帰ろ」


微笑んだ彼が誰よりも愛しい。


自分たちの幸せななんて小さなものなんだろう。


そんなの知ったことか。

わたしの幸せは、わたしだけが決められる。


「うん」


強く握り返した。

わたしのよりもはるかに大きい手のひらは、わたしの手のひらをすっぽり包んで、



ひさしぶりにごはん一緒に食べよ、

なに食べようか、

なんて話しながら、わたしたちは家への道を歩いた。



Fin.

ありがとうございました。


帰り、遅くなった時1人で歩いてたら思い浮かびました。


手をつなぐって、誰とでも、あったかい気持ちになるなぁと思います。

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