008
次の日、この世界を小さく動かした嘘のような本当の話は、当然のように学校で問題として取り挙げられた。
「昨日、非常ベルを鳴らし、屋上から革靴を投げ捨て、防火シャッターを勝手に降ろしたた不届者がいる。まあ、俺もこの中に犯人が居ようが居まいが興味無いが、もし心当たりや何か知っている者が居るなら、職員室に来るように。以上」
俺は、目を丸くした。
開いた口がふさがらなかった。
目を丸くするとは、まさにこのことなんだろうと言う程に目を丸くした。顎が外れたかと思う位に口が開いた。なぜなら、俺の知っている事実とは、微妙に異なるからだ。屋上から革靴を投げた犯人は、俺と逢坂による共犯なのでそれは良い。
しかし、ここからだ。
てっきり、避難訓練だと思われた非常ベルは、何者かに誤作動させられ、防火シャッターも何者かの手によって降ろされていたと言う。
つまり、昨日サイレンの音が聞こえてきたのは、本格的な避難訓練を行っていたというわけではなく、非常ベルが作動したのと同時に、消防署や警察へと同時に連絡が入ってしまった為なのだろう。
しかし、これじゃまるで俺たちがこの犯行に至るのを事前に知っていて、わざと非常ベルを押し、俺たちを逃がす為にわざと防火シャッターを降ろしたみたいではないか。
これは、俺が少々考え過ぎているだけなのだろうか。
しかし、こんな偶然が考えられるはずもないのだが、考えたところでその答えが見つかるわけもなく、この真相は俺の中だけで留めておくことにした。そうすることが、この世界で最も平和的な解決方法だと、俺は知っているからだ。
「じゃあ、出席取るぞ」
そこからは、名前順に出席を確認していくといういつもと変わらない、同じ風景になるはずだった。
「逢坂は、いつも通り休み――」
後方の扉が勢いよくバシッと開く音が聞こえ、クラス中の視線を全て奪い去った。ふてぶてしいくらいに強気な態度だが、それでいてもどこか凛としている。そして、髪をふわりと靡かせた。
「まだ、遅刻には少し早いわよね」
そう、あいつだ――逢坂朱音。
「なんだ、学校来たのか。欠席って付けちゃったよ」
柊木先生は、不満そうに間違いを訂正している。
不登校だった生徒が登校してきてこの態度とは、どこまでいい加減な教師なんだか。しかし、担任の柊木以外は、しんと静まり返っている。今更になって、逢坂が登校してくるという異常事態を飲み込めていないのだ。
この静まり返った教室で、きっと俺にだけに向けられているのであろう視線を送ってくる。来てやったわよ――と、言わんばかりに。相変わらずだなと、誰にも気付かれないように小さく笑みを溢した。
結局、逢坂は退屈そうに授業をなんとか全てこなし足早に帰って行った。あの早さから察するに、学校というモノは相当逢坂にとって退屈らしい。まあ、あんな馬鹿下駄作戦でキラキラと輝いているような奴だ。学校の授業なんか退屈で退屈で仕方が無いのだろう。
俺も、のんびりと帰宅の準備を整え下校する。
そして、校門を過ぎた辺り、例の如く校門の前にはあの少女が立っていた。
「おい」
「なに」
相変わらず愛想のない奴だ。
「昨日、俺は偶然なのか、必然なのか知らないが、結果的にお前に言われたように学校を遅刻どころか、欠席することになったんだが――どう思う?」
「何事にも意味はある」
「意味?」
「もしも、学校に遅刻していなかったらあなたは、逢坂朱音とあんな計画など企てることなく、退屈に授業を受けていたはず」
「な、何でそのことを」
俺は、素直な感情で驚きを隠せなかった。誰も知るはずがないことを、なぜこの少女が知っているのか。後ろから付けられていたのか、と考えるもそんな気配は――あの状況じゃ感じ取れないか。
だけど、そんなはずはないと思い込むしかない。
「あなたが遅刻しなければならなかった意味が、これで分かったはず」
「いや、ちょっと待て」
まだ可笑しなことがあるじゃないか。
そもそも、それ以前の問題が。
「お前が俺に遅刻するように声を掛けたのが一昨日のことだ。なぜ、昨日のあの時間に逢坂があそこにいると分かっていたんだ。偶然に偶然が重なったとしてもあり得ないだろ。それに、俺は偶々遅刻しただけだぞ」
そう、偶然目覚まし時計をかけ忘れたと言うただそれだけのことだ。
「予め、あの時間に逢坂朱音を呼ぶという発想自体が無いのであれば仕方のないこと。しかし、私は逢坂朱音をあの時間にあの場所には呼び出してはいない」
「どういうことだ。本当に偶然、あの時間に逢坂が来たって言うのか?」
そんな、馬鹿な話あるわけが無い。
「逢坂朱音はあの日、あの時間に、本館一階昇降口に来るようになっていた。それは偶然なんかではなく、必然的に。そして、逢坂朱音と如月神樂はあの日、直接的に接触を謀らなければならなかった。その接触を助力するのが私の役目」
「なんだ、その未来予知したかのようなその答えは」
「正確には未来予知ではないが、起こり得る在りとあらゆる可能性について、私は既に見知している」
なんだ、なんなんだこいつは。俺が遅刻して登校することも、逢坂朱音が来ることも、全て必然だと。あれらは、全て間違いなく偶然だ。偶然に偶然が重なった偶然過ぎる偶然なのだ。
「昨日、非常ベルを鳴らし、防火シャッターを作動させたのは私」
「えっ……」
それは、衝撃の事実だった。
あれは、あの時、逢坂の思い付きで決めたような作戦だったはずだ。なら、その作戦の手助けをするなどという事はまず不可能であるはずだ。もし、可能性があるとしたら、彼女が言うように俺たちの行動を先読みしてたということになるが、そんなことなど有り得ない。そんなの有り得て堪るか。
そんな事を考えていたら、この少女が恐ろしく見えてきた。これ以上この少女と関わるのは危険だ。俺の中の第六感が背筋をゾクゾクとさせ、そう必死に訴えかけてくる。逢坂に首根っこ掴まれて、馬鹿下駄計画に乗せられた時とは全く違う、もっと根本的に何もかもが違う感じだ。
「もういい。お前の下らない話に付き合ってられるか。悪いが帰らせて貰うぞ」
この場から逃げ去る様に退散しようとした時のことだった。
「忘れないで欲しい。世界はそういう風に出来ていて、そういう風に廻っていることを」
一瞬、時間が止まる感覚を覚えた。
なぜ、逢坂朱音のあの時のあの台詞がここで出てくるのかは聞かなかった。ここで、なぜお前がその話を知っているんだと聞くのは簡単なことだ。
だが、俺はこれ以上この少女と関わりたくなかった。驚いて振り向きたい気持ちを堪え、一刻も早くこの場を去ることしか考えていなかった俺は、その場を逃げ去る様に後にした。




