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005


「作戦の説明は、以上よ。質問はある? まあ、何か質問があっても一切受け付けないけど」


 なら聞くなよ。

 俺は、一つ深い溜め息を付く。


「なあ、本当にこんな馬鹿下駄ことやるのか? 俺をお前の暇潰しに巻き込むな。叱られるだけじゃ済まない。最悪、停学だってあり得る。止めるなら、今のうちだぞ」

「別にいいわよ。あんたは、私に脅されて仕方なくやった。ばれた時には、そう言っといてあげるから安心しなさい。これで心置きなく出来るでしょ」


 いやいや、女子に脅されてこんなことをやりました――なんて言われる方の身にもなって考えてみろ。十分過ぎるぐらいに恥ずかしい上に、明日から学校に行き辛くなるだろうが。そもそも、学校に今まで通り通えるのかどうかも怪しいものだ。

 どうせだったら、やらなくて良いわよって言ってくれよ。


「質問が無いのなら、さっさと作戦名を付けるわよ」


 何を呑気なことを。


「言っとくけど、却下」

「まだ何も言ってねえよ」

「そうね。作戦オペレーション・タラリア。うんうん、しっくりくるわね。じゃあ、これより作戦・タラリアを始動する。各員、健闘を祈る。それじゃあ、さっそく昇降口に行くわよ」

「各員って、俺とお前の二人だけだろ」


 ビシッと敬礼の構えを取り、颯爽とその場を後にして行った――と思われた逢坂は、血相を変えて走って戻って来た。


「ちょっと、何であんたは敬礼しないのよ。何事も雰囲気を欠いちゃいけないのよ。上官の命令は絶対。いい、分かった?」

「は、はあ……」


 逢坂上官の命令により、半ば無理矢理に敬礼の構えを取らされながら俺は、しみじみと思う。ああ、もう後に引けないのだなと。まったく、どうしてこうなったんだ。


【作戦その一・革靴の奪取】


 逢坂にここで待ってなさいと言われ、昇降口で待つこと数分。どこから持ってきたのか分からないベッドシーツを引きずりながら、満面の笑みを浮かべ、こちらに小走りでやって来る。


「どっから持ってきたんだ」

「そこに落ちてたのよ」

「嘘を付くな。そんな物が都合よく落ちているわけないだろ」

「いちいち、五月蠅いわね。さっさと働きなさい。ただでさえ山程あるんだから」


 そして、いざ始めようとすると、逢坂は腕を組み仁王立ちするだけで、動かざるごと山の如しと言わんばかりに、一歩たりともその場から動こうとはしなかった。


「何で、そこで腕を組んで仁王立ちしている」


「当たり前じゃない。汗臭い労働は、男の役目なのよ」

「俺一人にやらせる気満々か」

「それに、誰が履いてるのかも分からない革靴なんて触りたくもない。誰が履いているのか分かってるなら、尚更触りたくもないもの。だから、ちゃっちゃとやっちゃいなさい」

「誰の為にやってると思ってんだ」


 俺だって、他人の革靴なんて触りたくねえよ。


「さすがに全部だと、面倒ね。片足だけでいいわよ」

「いや、だからお前もやれよ」

「さあ、てきぱきとやっちゃいなさい」


 話にならん。

 相変わらずこちらの話に聞く耳を持たないようで、仕方なく俺は逢坂の言いなりで、全校生徒が登下校に使うであろう革靴を、全学年、男女問わずに片足だけ回収――いや、奪取した。


 片足だけと言っても、なかなかの重労働かつ、そこそこの重さの上に、これ程までに後味の悪いことはあろうか。しかも、作戦と言うものを考える人史上、最低な作戦だろうと自己嫌悪に陥りながらも、俺は次の作戦に移った。


【作戦その二・非常ボタンの作動】


 俺は、非常ボタンを前に困惑していた。


「なあ、本当にやるのか?」

「当たり前じゃない。何のためにこの大量の革靴集めたと思ってんのよ」

「集めたのは俺じゃねえか」

「集めるように指示したのは、私なんだから私が集めたのも同じことでしょ。さあ、一思いにさっさと押しなさい。ズバーっと勢いよく」


 陽気で呑気な逢坂とは対照的に、未だかつてない緊張が俺に襲い掛かってくる。何事にも初めてというものはある。初めての学校や初めての恋。それらには、掛け替えることの出来ない緊張というものが付き纏う。


 しかし、この緊張はそれらを遥かに超越している。

 しかも、それがやってはいけないことであるならば尚更だ。


 唾を飲み込んだだけだというのに、ゴクリという音さえ聞こえてくる。額から汗が、顎の先に流れ落ちていくのを感じる。それ程に、今の俺はあらゆることに敏感な状態になっている。


 クソッ、もうどうにでもなれ。


 なんて、心の中で呟いてみるも、こんなこと簡単に出来るはずもなく、非常ボタン手前のプラスチック板に触れられても、そこから先に指が進まない。別に俺が臆病者だからとか、そんな理由ではない。


 誰しもが持つ、正義感が邪魔をするのだ。

 それはやってはいけないことだ――と。


「男の癖に情けないわね。あんたには、冒険心ってものは無いの? 立ち入り禁止に入ってみたいとか、絶対押すなって書かれたボタンを押してみたいとか。あれは、むしろして欲しているの。待っているの。あんたには、それが分からない?」

「分かるか。分かる気もない」

「立ち入り禁止には、迷わずがばっと覗いて欲しいスケベ心があるわ。絶対押すなって書かれたボタンには、勢い良く押して欲しい欲情もあるのよ。ただ、それを直接的に言うのが恥ずかしいだけなの。これだけ言っても、まだ分からない?」


 いやだから、分から無えって。


「現に、テレビで絶対に押すなよ、絶対に押すなよって言っている割には、押されるのを今か今かと待ち侘びているじゃない。それと同じよ、多分」


 非常ボタンを押すのをどこぞのリアクション芸人と一緒にするな。


 その時のことだった。

 押すのを躊躇っている間に、何故か非常ボタンが作動したようで、甲高い強烈なサイレンの音が容赦なく校内中に鳴り響いた。


「非常ボタンが作動しました。本館一階にて、火災発生。速やかに避難してください。繰り返します――」

「ちょっと待て。俺じゃないぞ」


 心臓の鼓動が高鳴るのを抑えられない。俺は思わず胸を抑える。普通、ドキドキしている時やワクワクしている時に使う表現なんだろうけれど、ビックリし過ぎて、心臓が鼓動し過ぎで、数日分の稼働をしているんじゃないかと疑ってしまうくらいに高鳴っている。


「あんただろうが、あんたじゃなろうが関係ないわ。ただ、これは千載一遇のチャンスね。この機に乗じて、一気に次の作戦に取り掛かるわ。いいわ、風向きが私に向いて来ている」


 逢坂にとってはそうだろうな。

 だが、俺にとっては超大型で非常に強い勢力の台風クラスで、とんでもない逆風になっているんだがな。もういっそ、思い切り飛ばされてしまった方が、楽になれるのかもしれない。



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