037
逢坂の創った世界は、崩壊し続けている。
「お前にもちゃんと礼を言っておかないとな」
俺は、彼方へと消えていく銀河鉄道を見届け、東雲の方へと向き直る。
「……別に」
「いや、言わせてくれ」
俺は、実直な眼差しを東雲へと向ける。
「何度も、何度も失敗を繰り返し、逢坂の夢を遡行しては失敗し、そうやって俺をこうして導こうとしてくれたんだろ。ありがとうな、東雲」
東雲は照れ臭いのか、視線を下の方へ逸らした。
今だから、色々と分かることがある。恐らく、逢坂の創った世界が崩壊し、本物の世界が近づいて来ているからだろう。忘れていたのか、思い出したのか、それとも逢坂の夢想具現連立統合化の能力の一部が流れ込んできているのか、大凡のことを思い出してしまったのだ。
真実とやらを。
「俺は、もう死んでいるんだな」
東雲は、何も言わずにコクリと一つ頷いた。
意外にも、自分がもう死んでいると言うことを自覚しても落ち着いていられるのは不思議なものだ。これが悟りを開くということなのだろうか。死後の今となってはどうでも良いことだ。
「冥土の土産に一つ聞きたいことがある」
「何?」
「お前は、どうして逢坂の夢にいるんだ?」
考えてみれば、東雲は逢坂の想像した世界においてイレギュラーな存在なのだ。逢坂朱音、橘椿、能然直、柊木紅緒、この人物たちは、俺のクラスメイトとその担任教諭だ。
しかし、俺は東雲・サーシャなる人物に心当たりが無いのだ。
だとしたら、自然と浮かび上がる疑問が一つある。
東雲――お前は、一体何者なんだ、と。
「私は逢坂朱音の夢にいるわけではない」
「それなら、一体」
「私は、あなたに――如月神樂と言う人間に逢ってみたかった。だから、ここへやって来ることが出来た」
「ちょっと、待て。どういう意味だ?」
「私は、あなたが転落死した後、臓器を移植されたことで救われ――そして、奇跡を押し付けられてそれを演じさせられた少女」
俺の臓器提供。
奇跡を演じさせられた。
俺は、生前ドナーカードに署名したような記憶は無い。てっきり、普通に葬儀されているとばかり思っていたのだが、そうでは無いのか。それに、奇跡を演じさせられた少女とは何だ。大一番にきて、一番意味の訳の分からないことになっている。
「あなたには、分からないはず。私は、あなたと逢坂朱音が緊急搬送された来た病院の患者だった。そして、緊急手術が施され、彼女は助かり、あなたは頭部への衝撃があまりにも強く脳死と判定された」
「だが、それだけじゃ」
「世界を面白くする為に、誰かが少しだけ手を加えて、あたかも面白い世界かのように演出されている」
それは、いつだったか俺がこの世界について考えていた時の言葉だ。それがなぜ今このタイミングで、しかも東雲の口から出て来るのだ。だって、それが意味することとは――それは、事実を創り替えたということなのだから。
「まさか、俺の命を持って、東雲の奇跡を演出させられた……のか」
東雲は、何も言わずこくりと頷いた。
そのまましばらく、俯く東雲。
「私は……」
絞り出すように発したその声は、震えている。
「――どうすれば良い」
そして、顔を上げた東雲は涙を流していた。
初めて聞いた東雲の弱気。初めて見た東雲の涙。
自殺を止めに行った青年の脳死。長年ドナーの見つからなかった少女に現れた適応ドナー。偶然と偶然が重なればそれは、奇跡となり、そんな境遇で助けられた少女は――言わば、奇跡の少女だ。
なるほど。どうして、東雲が俺の前に現れたのかその理由がやっと分かったよ。お前は、俺に許して欲しかったんだな。認めて貰いたかったんだな。だったら、俺から言えることは一つしかないじゃないか。
「生きろ」
東雲は、眼を見開いた。
「俺の分まで生きろなんて、俺の人生をお前に背負わせようなんて思っちゃいないさ。ただ、生きてくれ。東雲の思うように」
すると、東雲は声を上げて泣きながら、俺の胸へと飛び込んで来た。今まで心の奥で突っかかっていた物が取れたのだろう。思い切り声を上げ泣き、涙が枯れるころ、東雲は泣き止んだ。
「ごめんなさい。あと、ありがとう」
そして、初めて見た東雲の笑顔。
そんな顔も出来るんだな。
すると、光と共にすっと東雲の体は消え去った。
俺は、自分の命で二つの世界を創ったらしい。
一人は、この世界に嫌気のさした少女。
二人は、奇跡を押し付けられた少女。
これが正しい選択だったのか、今の俺には分からない。けれど、これが正しかったのだときっと二人は証明してくれるはずだ。何にも心配しちゃいないさ。
俺の短い人生は、浮かばれたのだろうか。
いや、浮かばれたと言うことにしておこう。
俺が世界をそういう風に創って、そういう風に廻したのだから。
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目を開くと、真っ先に見えたのは、両親の顔だった。
安堵の表情を浮かべ、意識を取り戻した私を見て、涙していた。
どうやら、手術は成功したらしい。
私は、自分の心臓に手を置き、トクントクンと波打つ鼓動を掌で感じる。これが、生きていると言うことだ。
それからの私は、リハビリの生活を送った。と言っても、今まで運動をしてこなかった分、少し多く歩くことと、いつもより少し多めにご飯を食べると言うことだ。
そんな些細なことでさえ、私は生きていることを実感できた。手術前でも同じ生活をしていたけれど、心なしか体は軽かった。思い切り走ることだって出来てしまいそうだ。まあ、本当に走れば咳き込んでしまうのでやりません。
なにより、後ろ向きだった気持ちが前に向いたことが一番大きかったと思う。何もかもを自分の病気のせいにして逃げて来た。けれど、その病気はもうない。だから、これからは自分で頑張るんだと。
一ヶ月ほどの病院と自宅を往復し、やっと学校へ行けるようになった。最後に学校へ行ったのは一体いつのことだったろう。こんな高校生になって学校へ行くのにこんなにそわそわしているのは、私くらいなものだろう。
そして、今日が転校生としての初日。
私は、扉をがらりと開ける。
きっと、緊張でぎくしゃくしていたに違いない。
正直、あまり覚えていなかった。
「わ、私の名前は東雲・サーシャと言います。宜しくお願いします」
お辞儀をすると、クラスから拍手が起こる。
「じゃあ席は、逢坂さんの前の席を使って」
担任の先生に指差された空いた席へ着席する。
着席するなり、後ろの席の逢坂さんは私の肩をツンツンと叩いて来た。私は、それに反応して振り返る。
「ねえ、正しい世界の創り方って知ってる」
唐突な質問に驚かされたけれど、私は咄嗟にこんなことを言っていた。
「いいえ。でも、正しい世界を創ろうとしていた人を知っている様な気がします」
そして、私の新しい世界が始まった。




