035
「いきなり、天体観測に連れて行かれたと思ったら、今度は銀河鉄道だの、この世界が私が創った世界だの何言ってるのよあんた達。まあどうせ、あんたと転校生とで私を騙そうとしてるんでしょうけど、私を騙そうだなんてそうはいかないわ。そんな話なら何で私を誘わないのかしら」
何かとんでもない勘違いをしているようだが、逆にこれは使える。
「そうなんだ。俺たち二人で、お前のためにサプライズを用意したんだ。そこの魔法陣の上に少しばかり立ってくれやしないか」
陽気に誘ってみる。
「嫌よ」
逢坂は、真剣な眼差しをこちらに向け拒絶する。
「な、なんでだよ。折角、俺と東雲で逢坂のために――」
「嘘。分かるのよ、私には。この世界がどんな世界で――みんながどんなことを考えていて――みんながどんなことをしようとしているのか――それが、全部手に取るように分かるのよ」
夢想具現連立統合化の弊害とでも言うべきなのだろうか。なら、ゲームの世界での記憶が無いはずなのにそれを記憶しているのも理解出来る。それなら、俺が手を引いて走って逃げたことをわざと惚けたことも、それに対してそうだったかしらと惚けたのも、全部分かっていて尚そう答えたのか。
俺が何を言おうとしているのか、俺が何をしようとしていたのか、その全てをお見通しと言うのなら話は早い。
「俺たちが何を考えていて、何をしようとしているのか分かるのだろう。だったら、率直に言おう。こんな夢の世界なんかに引き籠ってないで、銀河鉄道に乗車して、さっさと現実の世界に戻れ。じゃなきゃ、この世界からお前は出られなくなるかも知れないんだぞ」
「あんたは、私をイジメられている呼ばわりした上に、今度は引き籠り呼ばわりする気。信じららんない。私は、ただ――」
逢坂の眼には薄ら涙が浮かんでいる。
しかし、それでも俺は引くことが出来ない。
「ただ――なんだ。お前は、ただ現実から目を背けているだけだろ」
「現実から目を背けて何が悪いのよ。嫌なことがあったり、辛いことがあったら、誰だって目を背けるでしょ。現実から目を背けているのは、何も私だけじゃないじゃない」
感情の高ぶる俺は、逢坂の両肩を鷲掴みする。
「お前が創りたかった世界ってのは、こんなつまらない世界だったのかよ。お前が逃げるための世界が創りたかったのかよ。お前と一緒に屋上から靴を投げ飛ばした時、今まで経験したことの無いような、胸が躍る気持ちや興奮を少なくとも俺は感じた。お前は、そういう世界が創りたかったんじゃないのかよ」
「じゃあ私は、どうすれば良いのよ」
逢坂は目に浮かぶ涙は頬をゆっくり伝って行く。
「俺が――俺が、創ってやる。お前が心から笑える世界を俺が創ってやる。だから、逢坂も自分の創りたい世界を創れ」
「無理よ。そんなのどうやって創るのよ」
「この世界は、誰かが面白くするために手を加えられたある意味で創られた世界。だけど、世界はそういう風に出来ていて、そういう風に廻っている――だろ」
目を大きく見開き、そして小さな笑顔を見せた。
「あんた、自分が何言ってるのか分かってる? 私が心から笑える世界を創るとか言っておきながら、私がイジメられているだなんて言ったり、私が引き籠りだなんて言うのよ。終いには、私を泣かせてるし。こんなバカな話ある? いいえ、間違いなく絶対に今後数千年は無いと言い切れるわ」
俺も釣られるように笑みを溢した。いつもの逢坂が戻ってきたようだ。
「約束しなさいよ。私は、私の創りたい世界を創るわ。だから、あんたは私が笑える世界を創りなさい。必ずよ。もし約束破ったら、握り拳で一万回殴って、針もきっちり千本飲ますわ。いいわね」
逢坂なら本当にやりかねん。
「ああ、約束だ。どうせなら、夢から覚めた時の待ち合わせ場所を決めよう。場所は――」
「星降りの丘にしましょう」
「そうだな、星降りの丘で会おう」
「約束よ」
「ああ、約束だ」
互いの小指を絡ませ、約束を交わす。
そのまま魔法陣へと向かうと偽掛けて身を翻し、俺に空白の三秒間を与えてきた。何が起きたのかその状況を把握するには、俺は幼すぎたのかもしれない。三秒を経過し、気づくと目の前に逢坂の顔があり、あっかんべえとおどけた顔を見せ、そのまま魔法陣の中へと吸い込まれていった。
銀河鉄道は、大きく汽笛を鳴らし逢坂を乗せ、七夕の夜へと消えて行く。
これで俺の役割は全て終わった。
「なあ、東雲」
「なに」
「銀河鉄道の向かう先には、逢坂が夢に引き籠りたくなるような過酷な現実が待っているんじゃないのか」
東雲は、言葉では無く小さく頷いた。
「だったら俺は、本当にこれで良かったのか? もし、本当に辛い現実なら――」
瞬きを与える暇もなく平手が飛んで来た。
「あなたが逢坂朱音に伝えた言葉は一体何? その場でいい加減に作った出任せ? そうでないのなら、あなたがしっかりしなければ、彼女は自分の創りたい世界を創ることが出来ない」
東雲の平手は身だけでなく、心にも染みた。
そりゃあもう痛すぎるくらいに。
「ああ、そうだな。悪かった、東雲」
叩かれた左頬を摩りながら、俺は心からそう思った。
そして、地面が揺れているような気がした。最初はその程度だったのだが、次第に地鳴りが響き渡り、立っているのもままならない程の揺れが足場を襲い掛かって来る。
空は暗雲に染まり、街や学校の校舎は倒壊し、世紀末と呼ぶに相応しい混沌とした世界が眼前に広がっていた。
「な、何が起きているんだ、東雲」
「彼女が目覚めようとしている。それに伴って、彼女が創造したこの世界が崩壊を始めている」
そうか、逢坂が現実に戻ろうとしているのか。
逢坂がどんな理由でこの世界を創造し、どんな理由でこの世界に閉じ籠ろうとしたのか俺には分からないし、逢坂がいなくなった今、それを知る術を俺は持ち合わせていない。
だけど、俺はお前の創る世界は少なからず退屈ではなかった。
だから、俺は現実でもお前にそういう世界を創って欲しいと心の底からそう願っている。それが馬鹿げた考えだと笑うのなら、笑ってくれて大いに構わない。俺が冗談で言っていると思っているのなら、それはとんだ勘違いだ。
俺はこんな馬鹿下駄ことを本気の大真面目に言っている大馬鹿野郎さ。
ただ、俺は本当に逢坂ならそんな世界が創れると思っている。だから、俺もお前が笑える世界を創ると約束を交わした。世界はそういう風に出来ていて――そういう風に廻っている――だろ。
――逢坂。




