034
俺はハッとして、携帯電話を取り出し、現時刻を確認する。
十一時二分。
まずい、それも非常に。
このままでは、逢坂をあの鉄道に乗車させることが出来ないまま、今日が終わってしまう可能性がある。ここから、学校まではおよそ十数分程度。そもそも、東雲と話している時は気にならなかったが、午後十一時過ぎっていう時間自体、アバウト過ぎやしないか。
もしかしたら、もう既に間に合わないかもしれない可能性もあるんじゃないのか。
それでも、やるしかないんだがな、こんちくしょう。
「逢坂、行くぞ」
「え、ちょっと」
状況を全く理解出来ていないであろう逢坂の手を引き、無理矢理に立たせ、星降りの丘を駆け足で後にする。戸惑っている所悪いが、説明をしている暇なんて無さそうだ。こっちだって良く分かってないんだからな。
「ねえ」
走りながら聞いて来る。
「なんだ」
息も絶え絶えに返事をする。
「いつだったか、あんまり良く覚えてないんだけど、前にこういうことが無かった?」
「一緒に天体観測したことか? それとも、空から鉄道が飛んで来たことか?」
「あんたに手を引かれて走らされたことよ」
そんなことあったかと、俺の脳細胞を脳内に駆け回してみると、薄らぼんやりとその映像が脳裏に浮かび上がって来る。
あれは確か、ゲームの世界になった時に、王立図書館で東雲に会うためにどうやったら千年前に行けるのかを調べ周って、二人で私語厳禁の図書館で騒いぎ、気まずくなって、慌てて逃げ出した時だったな。
俺が手を引いて逃げていたはずなのに、結局逢坂に手を引かれる羽目になったんだっけ。あの時は、必死だったけど、今ならとんだ笑い話だな。
いや、ちょっと待て。
なぜ、逢坂がこれを記憶しているんだ。
東雲は、この記憶は逢坂の夢想具現連立統合化の能力により、事後処理がされ、それを記憶している人はいないと確かに言っていたはずだ。俺と東雲がそれを記憶しているように、逢坂も例外だったのか。
しかし、あの時聞いた、もしも世界がゲームの世界になったらという質問の返答をする逢坂は、とてもじゃないが、ゲームの世界のことを記憶していたとは思えない。
まあ、この世界を創っているのが逢坂なのだから、薄らぼんやり記憶していたとしても在り得ない話ではないのだろうか。走っている性で、疲れ過ぎて頭がまるで回らない。どうでも良いか、そんなこと。でも、和えてここは惚けさせて貰おう。
そんなことあったか――と。
「そうだったかしら」
逢坂は首を傾げていた。
いつの間にか――いや、やっぱりと言うべきであろう。俺は逢坂に手を引かれよろよろとふら付きながら走っていた。上空で蒼白く輝き放つ銀河鉄道に呼ばれるかのように、逢坂は学校まで俺を引っ張ってきた。
これを登校と言っても良いのか些か疑問ではあったが、後日調べたところ、授業を受けるために、または勤務するために学校へ行くことを登校というらしく、これはどう考えても授業でも勤務でもないので、これは登校ではないらしい。
本当に俺たち以外に人がいないようで、七夕祭の片付けが全くなされていなかった。そんな、全く片付けのなされていない校庭の上空では、銀河鉄道が静止いていた。
俺たちは、そこで初めて銀河鉄道の全貌をまじまじと拝むこととなった。黒塗りの全身に、煙を噴出す煙突。恐らく、蒸気機関車というモノなのだろう。
「ねえ、あれ」
逢坂の声に、上空の銀河鉄道から目を離す。声の先にあるのは、魔法陣のような、紋章のような――それが、怪しげな発光と共に浮かび上がっている。また、ゲームか何かの世界に迷い込んじまったのか。
「それが扉」
後方から声が聞こえてくる。その声に振り返ると、そこには東雲がいた。誰もいないと思われた世界だったが、東雲がいてくれると言うのは少なからず心強い。
だが、なぜか全身傷だらけじゃないか。
「どうしたんだ、その怪我は」
「橘椿があなたを殺そうと狙って来るのを防ぐ必要があった。ただそれだけのこと。予め言っていたでしょう。私は介入することが難しい――と。そんなことより、彼女を早く」
ただそれだけのことだなんて東雲は言うが、その怪我を見ればどれだけの攻防であったか物語っている。俺が東雲のために出来ることがあるとすれは、その思いを汲み取るためにも俺は俺のやるべきことをしなければならない。
そのやるべき事とは、あの扉だと言う魔法陣のようなモノへと、逢坂を誘導し、銀河鉄道に乗車させることだ。
「いいか、逢坂。良く聞いてくれ。ここは、お前の創り出した夢の世界なんだ。お前は、夢から覚めなくちゃいけない。だから、これから魔法陣を通じて、あの銀河鉄道へ乗車してもらう。いいな」
全部話せるだけの時間など全く無いので、本当に必要最低限の説明をし、逢坂の手を引き、魔法陣へと誘導しようとすると――俺は、その手を弾かれた。




