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033


「普段と変わらない場所でも、いつ、どこで、誰と、どのように見たのかって言うだけでも、世界は少し変わって見えて来るっていう話か?」

「あら、あんたの割に珍しく察しが良いわね」


 これは、俺の選択した行動が正解だったと考えても良いのだろうか。

 いや、そう考えても良いだろう。東雲が言っていたことと、ほぼ同じ答えが逢坂から返って来たじゃないか。俺が東雲にもう少し早く言ってくれれば対策だって取れただろうと聞いた時に、その結果が良い方に行くことは無かったと言われた理由が分かった気がする。


 もしも直前に言われてなければ、あれだこれだと色々考えた挙句、逢坂を満足させることは出来なかったんだと思う。ましてや今日は、逢坂は朝から全く元気が無かった。


 もし仮に外へ連れ出したとしても、そんな状態では何一つ楽しめやしないだろう。結局、俺が何をしようか考えることが出来ず、それが偶々なのか分からないが何気なくテレビを付け、こうすることを見越して、東雲はギリギリまで言うのを避けたのだろう。


 全くもって回りくどい。


 だが、ここまで来れば後は、銀河鉄道に逢坂を乗車させるだけだ。逢坂を満足させることに比べたら幾分かまだ楽だろう。


 その時、顔に何か冷たいモノが当たる。一瞬、気の性なのかと思ったが、二滴三滴と顔に続いて当たり、どうやらそうではないらしい。見渡す限り雲が無いのだが、小降りな雨が降っているということは、これは天気雨ってやつなのだろう。


「いいえ、雨じゃないわ」


 逢坂が俺の心を盗み見たかのように答える。


「これは――催涙雨よ」


 催涙雨。


 確か、織姫と彦星の涙だと言われているって逢坂が言っていたような。じゃあ、せっかく一年に一回しか会えない七夕の夜に泣いていると言うのか。


「だとしたら、なんで二人は泣いているんだ?」

「そんなの私が知るわけないでしょ。私とあんたが、織姫と彦星にでもならない限りね。まあ、天と地がひっくり返っても在り得ないけど」


 こっちだって、在り得て堪るか。


「だけど、涙って悲しい時だけ流すものじゃないじゃない。嬉しくて泣いてるのかもしれないし、わけも分からずに泣いてるのかもしれないし、彦星の不倫に泣いているのかもしれないし。まあ、私たちには分からない話よ」


 取り敢えず、織姫と彦星に謝れ。今すぐにだ。


「このままだと風邪ひくぞ」

「もう少しだけ、このままでいるわ。二人の気持ちが雨粒を通して私に流れ込んで来る。そんな気がするの」


 逢坂はその場で目を閉じ、優しく降り注ぐその涙を感じていた。

 二人がどんな気持ちで涙を流しいているのかなんてことは、それこそ本人にでもならない限り分かるはずも無い。だけど、不思議とこの七夕は降水確率がなぜだか高いらしく、言い換えればよく雨が降るらしい。


 二人の気持ちなんてこれっぽっちも理解していないし、される気だって全くないのだろうが、ここは感動の再会の涙であったとしておくのが、一番美しいのではないだろうか。


 確信があるわけでは無いからただの雨なのだろうと言葉を濁しておくが、恐らくこれはただの雨だ。この二人の恋路を聞いた誰かが、それを面白くしようと、七月七日に降る雨は織姫と彦星が流す涙であると、それを創ったのだ。


 だけどこれが、二人の涙なんかではなくただの雨であったとしても、間違いなく七月七日は織姫と彦星のためだけにあり、間違いなく世界は二人を中心に廻っている。


 それはきっと、俺だけじゃなく、逢坂だってそう認めているに違いないし、みんなだってそう思っているに違いない。そう思っていないのなら、七月七日にわざわざ笹に短冊など付けて、祝うことなどするはずがないのだ。


 つまり、七月七日は全国民が認める、言わずと知れた織姫と彦星のためだけに存在する日だということなのだ。いつまでもお幸せにな。浮気には気を付けろよ。


 いつもと何ら変わり映えのしない夜空だというのに、七夕の夜空だと意識すると、なぜだかいつもと同じ夜空でも、こんなにも綺麗なのだろうと錯覚させられるこの視覚効果は、一体何なのだろう。


 まあ、それを考えてみても俺にはさっぱり分からないのだが――普段と変わらない場所でも、いつ、どこで、誰と、どのように見たのかって言うだけでも、世界は少し変わって見えて来る。逢坂も、東雲も言いたかったことはきっと、こういうことなのだろう。


 空から降り注ぐ二人の涙は、直ぐに止んだ。


 今頃二人共きっと笑い合っているのだろうなんて決めつけをするつもりはないが、別にそれでも何の問題なかろう。折角、一年に一度しか会えないというのに、泣いたままその一日が終わってしまうなんて、そんな考え自体が野暮だろ。


 だから、二人は笑ってる――それで良いじゃないか。


「ちょっと、あれ見て」


 逢坂の声で、七夕の情緒に浸る俺は一気に現実に引き戻された。逢坂の指し示す先には、巨大な流れ星――ではなく、蒼白く輝く鉄道が汽笛を鳴らしながら、こちらに向かって飛んで来るではないか。


 あれが、銀河を駆ける鉄道。

 銀河鉄道――なのか。



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