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031


 それでも、俺がそれらを経験したという事実は、誰に何と言われようと紛れのない事実であるわけで、それをどうせ嘘だろだなんて否定されるつもりもないが、それを簡単に肯定されるつもりも毛頭ない。


 それぐらい、俺の中では刺激的な日常だったわけだ。


 そんな非日常からめでたく昇格を果たした日常とも、今日で第一幕を暫し閉幕しなければならなくなってしまったようで、これだけ逢坂に振り回された俺が、ただで銀河鉄道に乗せて夢から覚まさせようなんて全くもって考えていないのだが、何をすれば良いのか皆目見当もつかん。


 ぼんやりと、校門を抜けると後ろに軽く引っ張れたような感覚がすると、振り返ってみればそこには、東雲がいた。


 何か用があるのなら先に東雲から話し出すと思い、暫くの間黙って待ってたのだが、いつまで待っていても話す素振りが見られないようなので、仕方なくこちらから聞く。


「何の用だ」

「あまり思い詰めないで欲しい」


 誰の性だよと言い返してやりたいが、それを堪える。


「用はそれだけか?」


 突き放すように言う。


「あなたに出来ることをすれば良い」

「俺に出来ること?」

「そう」


 いつも通りの最小限の動きで頷く。


「そんなんで逢坂は満足するのか」

「それは分からない。だけど――」


 東雲は、そこで言葉を詰まらせた。


「だけど、なんだ?」

「それだけで、世界は少し変わって見える」

「世界が変わって見える?」


 その言葉は、東雲らしくないような、そんな感じがした。


「普段と変わらない場所でも、いつ、どこで、誰と、どのように見たのかと言うだけでも、世界は少し変わって見えて来る。世界は、思っているより繊細に出来ていて、思っているより単純に出来ているということ」


 それだけを伝え、東雲は去って行く。

 世界は、思っているより繊細に出来ていて、思っているより単純に出来ているということ。


 東雲の言っていた意味が分からないわけでは無い。もともと俺に出来ること以上のことなど、俺に出来やしないのだから、気張らずにやってろうじゃないか。

俺に出来ることを――な。


 一旦、家に帰り休息を取る。


 特に見たい番組があるわけじゃないが、テレビを付けるとニュース番組がやっていた。静まり返っているより、音がある方がなんとなく落ち着くのだ。その程度のつもりで付けたテレビだったのだが、俺はこのニュース番組を食い入るように見てしまった。


 これだ。


 日が陰り始め黄昏色に染まる頃、七夕準備委員が準備したであろう笹が、薪組みされた薪の中心で、その願いを少しでも天へ近づかせようと聳え立っていた。


 俺は、七時よりも少しばかり早く学校へやって来て待機していた。七時に近づくに連れて、校庭は徐々に賑わいを見せ始めた。


 その賑わいの中から逢坂の姿を探している内に、七時を迎えたようで教師によって笹に火が放たれた。どこか強く、どこか優しく、どこか儚いその火が、短冊を灰に姿を変えさせ、その灰は風と共にどこか遠くへ揺られながら飛び去らせ、煙は織姫と彦星の元へ願いを届けるべく天へと昇って行った。


 だが、この神秘的な光景に見とれているだけの余裕など俺には全くない。さっさと、逢坂を見つけて、俺は俺のやるべきことに従事しなければならないからだ。しなければならないのだが、待てども待てども逢坂は一向に現れない。


 時間は九時を間もなく迎えようとしており、七夕準備委員会の手によって片付けが行われ始めた。俺は、ここで無駄な二時間の浪費をすることになった。


 そもそも、今日の逢坂の様子を考えればこんなイベントごとに顔を出すような雰囲気ではなかったことに、なぜ気が付かなかった。なぜ、逢坂がここへ来て、どうせ退屈そうに過ごすだろうと思い込んだんだ。


 俺は――馬鹿だ。


 自己嫌悪に陥って周りが見えなくなっていた間に、俺の周りにまた何か不可思議なことが起きていた。辺りを見回しても、人っ子一人いなくなっているのだ。


 まるで、世界が俺だけを取り残したかのように。


 何が起きているのか、この状況を理解できるのは東雲しかいないだろう。あいつは、七夕祭には参加していないのか。二時間もここで、時間を浪費した中では逢坂同様に、東雲の姿も見た記憶は無い。


 見逃したとは到底考えられないと自分を信じるのなら、恐らく参加していないのだろう。


 そう言えば、東雲はこんなこと言ってなかったか。

 恐らく私は介入することが難しいと思われる――と。


 あれは、もしかしてこの現象の事を言っていたのか。もしも、本当に世界中の人が消えてしまったのだとしたら俺は、この世界で今たった一人なのか。


 いや、そんなはずはない。恐らく――いや、絶対に逢坂はどこかにいる。

 俺の根拠の無い勘がそう言っている。

 校庭から慌ただしく走り出した。



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