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七月に入り間もなくして、梅雨明けと共に夏到来という広告がやたらと目に付くようになり、執拗に夏を誇張され余計に暑さを催すようでイラッとしながら、こんなに暑い夏をこよなく愛する奴は本当にいるか文句を言ってやりたいと思うも、意外に冬に負けないぐらい夏を好きな人が多いことに衝撃を受けた昼下がり、俺は暑さに魘されながらも、机のひんやりとした場所を求め、顔をくっ付け冷を取りながら過ごしていた。
夏が暑いのは誰の性なのか。
学者にでも答えさせれば、それは太陽と地球との関係が――と講義でも始まってしまい兼ねないのでそれはそれと置いといて、俺なら夏が暑いのは誰の性なのかと聞かれようものなら、迷うことなくこう答えよう。
それは、逢坂の性だと。
ここが夢想具現連立統合化で、より忠実な世界を再現している夢想世界であると東雲から俺はそう教わっている。つまり、別に忠実に再現する必要など全くもって無いというのに、この暑さまでも忠実に再現しているのは他ならぬ逢坂なのであるのだから、この暑さは逢坂の性であると言えよう。
夏が暑い原因の張本人逢坂は、夏が暑いのを理解出来ているのかと思うくらいその暑さにだれる素振りもなく元気だ。そりゃもう、とてつもなく。
「そういや、明日七夕だな」
いつもの様に小話を始める。
「全く、織姫も彦星も可愛そうよね」
「何がだ」
「何がって、あんた本気でそんなこと言ってるの? 織姫と彦星は一年に一度、七月七日にしか会うことが出来ないのよ。限られた一瞬にしか会うことが出来ないのよ。七夕の伝説を知らないなんて言わせないわよ」
それから逢坂は、七夕の伝説について語り出した。
鷲座の一等星アルタイルこと彦星と、琴座の一等星べガこと織姫が一年に一度だけ逢うことを許された聖なる夜について。
夜空に輝く天の川の畔に、天帝の娘で織女と呼ばれる美しい天女が住んで居たそうだ。織女は、天を支配している父天帝の言いつけをよく守り、毎日機織りに精を出してた。織女の織る布は見事で、五色に光り輝き、季節の移り変わりと共に彩を変える不思議な錦だったそうだ。
天帝は娘の働きぶりに感心していたが、年頃の娘なのにお化粧一つせず、恋をする暇さえもない娘を不憫に思い、天の川の西に住んでいる牽牛という牛飼いの青年と結婚させることにしたそうだ。この牽牛は、毎日天の川で牛を洗い、美味しい草を食べさせたりと、よく牛の面倒を見る働き者だった。
こうして織女と牽牛の二人は、新しい生活を始めることとなったのだが、結婚してからというもの燥ぎ回るばかりで、仕事をしなくなってしまったそうだ。天帝も始めは、新婚だからと大目に見ていたが、そんな有様がずっと続き、とうとう天帝は腹を立て、二人を引き離したそうだ。
しかし、心を入れ替えて一生懸命仕事をするのなら、一年に一度、七月七日の夜にだけ天の川を渡って会うことを許したのだそうだ。
それ以来、七月七日を指折り数え、再会を励みに仕事に精を出すようになったのだが、待ち焦がれた七月七日に雨が降ると、向こう岸に渡ることが出来なくなり、お互いに切ない思いを募らせながら、川面を眺めては涙を流し、七夕に降る雨を催涙雨と呼び、織姫と彦星が流す涙だと伝えられているらしい。
そんな二人を見かね、何処からともなく鵲の群が飛んできて、天の川で翼と翼を広げて橋となり、織女と牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれるというのが七夕の――織姫と彦星に纏わる伝説なのだそうだ。
「言っとくけど、織姫と彦星が一年に一回しか会えなくて可愛そうなんてコレッぽっちも思ってないから勘違いしないで。どう考えても、これって自業自得じゃない」
逢坂が二人をズバッと一刀両断に制裁する。
「じゃあ、なにが可愛そうなんだよ」
「私が可愛そうって言ってるのは、一年の三百六十四日を労働に費やして、やっとの思いで再会出来た織姫と彦星の一日を、あんた達みたいな馬鹿な願いを聞き届けなきゃならないのかってことよ。どうせ、頭が良くなりますようにとか、お金持ちになれますようにとか、碌に苦労をしないで、何かを得ようとするような奴らの願いまで聞き届けなきゃなんないのよ。まあ、織姫と彦星もその願いを聞いてないから馬鹿は馬鹿のまんまで、貧乏は貧乏のままだからいいけど」
相変わらず口は悪いが、言っていることは至って正論だ。
ブラック企業もビックリの三百六十四日労働ということはさすがに無いのだろうけれど、それでもたった一日の為に、残りの日々を相手のことを思いながら過ごすというのは、どんな気持ちなのだろか。
悲しいのだろうか。
待ち遠しいのだろうか。
まあ、どちらにせよ俺には分からんな。
こんなセンチメンタルに浸る俺の心情を破壊すべく、能然がやって来る。来て早々に、何かを顔に押し付けるように見せつけてくる。
「じゃーん」
「じゃーんと言われても、これじゃ見えないんだが」
少しばかり距離を取り、
「じゃーん」
押し付けるように見せ付けて来たのは、短冊だった。




