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025


「……らぎ」


 誰かの声が聞こえる。


「……さらぎ」


 この声は多分、逢坂だ。


「……如月」


 その声は、絶え間なく聞こえて来る。


「……」


 その声が途絶えると、間もなくして腹部に強い衝撃を覚える。

 それに伴い、目覚め悪く目を覚ますことになった。


「あ、生き返った」


 あ、じゃない。あ、じゃ。うっかり生き返っちゃったよ、みたいな軽いノリの言い方をするな。重い腰を上げ辺りを見回す。逢坂、橘――そして、東雲。どうやら俺はやっと、ここに戻って来れたみたいだ。


 ん?


 戻って来れたではなく、正しくはやって来れたのはずじゃないのか。何か、違う意識が混濁しているようだが――まあ、良い。思えば長かったなんて、余韻にも浸りたいものだが、目の前のファンタジーな状況を飲み込まなければ、その余韻にも浸るに浸れないようだ。


 あのデカい魔物、確か王国軍と魔王軍との戦争の資料で見たような記憶がある。えーと確か、カタカナだったのは思い出せる。ドブ……、ドヴォ……、近いようで遠いような。なんだっけ。


「さすが、魔王ドヴォルザーグね。一筋縄ではいかないわね」


 そうそう、魔王ドヴォルザーグって――魔王だと。


 待て待て、ここに至るまでに一回でも魔物と戦闘をしたであろうか。いや、皆無だ。その俺が、初陣にして魔王に挑もうとしているのか。確かに、ゲームのやり込み要素として低レベルクリアなんてものもあるが、俺は圧倒的に強くして悠々にクリアするのが好きなタイプなのだ。


 それに、今こんなやり込みをしている場合ではないだろう。せめて、外に出て少しばかり俺のレベルを上げさせてくれ。


「さっすが、魔王ドヴォルザーグ。その名に恥じぬ強さだね」


 橘が拍手をしながら魔王の下へとゆっくりと歩きだす。

 何をし出す気だ。


 魔王ドヴォルザーグを相手に上から発言する澪市は、勢いよく地べたに正座すると、両の掌で見事なまでの正三角形を作り上げ、正三角形の中に頭が吸い込まれるように、その場で平伏する。


 これはまさか。

 橘は、一度深呼吸をした後にこう叫んだ。


「是非とも私を魔王様の配下に」


 そのまさかだった。

 コイツ、裏切りやがった。

 それもあっさりと。


「フハハハハハ。仲間を意図も容易く裏切るか。そのひん曲がった性根、気に入った。我が僕となりて、その身を捧げよ」


 橘のやたらと綺麗な土下座は、こういう場所で培われてたんだな。そう関心を寄せている間にも、魔王とその手下、橘によって状況は一向に悪くなるばかりだが、辛うじて東雲と逢坂が応戦する。


 しかし、魔王一人相手でも手こずっていたと言うのに、橘まで相手にしなくてはならない状況では、さすがに厳しい。何かないのか。この戦況を一発で引っ繰り返せるほどの何かが。


「あなたは、もう持っているはず」


 俺の心中を察したかのように、東雲がやたら意味深な発言をする。持っている、一体何をだ。少なくとも俺の両手には何もない。あるとすれば、ポケットの中なのか。


 ポケットというポケットを探る。ズボンの右ポケットが、ここに何かありますよと言うかのように輝いている。俺は、慌ててズボンの右ポケットからそれを取り出す。


 これは――銃……。


 俺はこれを知っている。これは確か――運命の始まりと終わりの引き金。それを確か皆、こう呼んでいたはずだ。ディストリガー――と。


 透かさずディストリガーを魔王ドヴォルザーグに向け構えるが、初めて銃を相手に向けるという行為は、俺に尋常ならぬ精神的な負担を与え、手が震えて止まらない。


 だって、銃だぞ。きっと、生涯を終えるまでに銃に触れるどころか、実物を見ない人の方が多いくらいなはずだ。俺もきっとそっち側の人間だったに違いない。何を間違えて、魔王なる相手に銃を向ける羽目になったのやら。


「なにやってんのよ」


 手の震える俺に逢坂が激を飛ばす。悪い、本当に悪いと思ってる。俺は、小心者なんだよ。俺はお前の様に図太く、厚かましく生きるのが下手な人間なんだ。そうさ、生きるのが下手な人間なんだよ。


 その時、後ろから抱きつくような形で俺の手を包み込むように逢坂が手を添える。それは、温かくどこか優しいそんな掌だった。そして、逢坂は俺に向かって言った。


「ビビってんじゃないわよ。しっかりしなさい。自分の手で未来を切り開くのよ。世界は、誰かに面白くなるように造られているの。だけど、私たちの手でそれを創れたのなら、それって凄い素敵なことだと思わない?」


 またこのセリフだ。下の句に繋げるセリフはコレだろ逢坂。


「世界はそういう風に出来ていて、そういう風に廻っているからか」

「ええ、そうよ」


 一瞬、驚いた表情を浮かべ、逢坂は笑う。

 それに釣られるように俺も笑みを溢す。

 不思議と手の震えは止まっていた。


 畜生、適わないな。

 俺は、ディストリガーの引き金を弾く。

 迷わずに弾く。


 そして、俺の目の前で繰り広げられていたファンタジーな世界にヒビが入り、ゲームの世界と別れを告げたことに気付いたのは、ベッドから落ちた際に頭を打ち付け、普段みなれた天井を見上げた時のことだった。


 どうやら、俺たちの世界に戻ってきたようだ。

 ぶつけた箇所を軽く摩り、目覚まし時計で時間を確認する。

 午前五時三十二分。


 絶妙に微妙だ。

 暫し、考える。

 よし……寝よう。



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