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「何だ……ここは」


 何もない空間ではあるが、良く言えば何もないがあるような空間であるとも言えなくもないが、言い方を変えたところで何もない空間は、やはり何もない空間であることになんら変わりは無かった。


 別に本当の意味で何もないわけじゃない。崩壊しかかった住家や、寂れた道具屋など一応並んではいるものの、最早何もないと表現してもそう大差ないのではないかと、俺が勝手にそう判断しただけだ。


「ここは、一体なんなんだ」


 俺は逢坂に聞く。


「ここ、もしかして時の大陸、クロノシアなんじゃないかしら」

「ここが、そうなのか」

「いや、なんとなくだけど」


 逢坂が何を根拠に言っているのか全くもって分からないが、逢坂のなんとなくによると、ここは探し求めた時の大陸、クロノシアらしい。つまり、この先に時空研究の第一人者ノエル・レオンがいるということだ。


 まあ、逢坂のなんとなくが正しければの話だが。

 少しばかり歩を進めると、随分と立派な時計塔が見えてきた。


「ちょっと、待って」


 逢坂は、そこで立ち止まり何やら考え事をはじめた。


「どうしたんだ?」

「この時計塔、見たことあるわ」


 逢坂は、時計塔の近くまで歩み寄り、ぐるりと周囲を見回した。


「やっぱり、テルシニア王国建国千年の時に造らせた時計塔よ。昔まで、街の中心に建ってた記録が、確か王立図書館に所蔵されていたわ」


 確かに、王立図書館でも見覚えのあるような無いような王家の紋章と共に、テルシニア建国千年贈呈と文字が入っている。実験に巻き込まれたのは、城下町の中心の方までだったと考えると相当な規模だったことが伺える。


「だとすると、ここは本当に――」

「ええ、時の大陸、クロノシアのようね」


 その時のことだ。


「ここで、何をしている」


 いきなり他の人物が現れるだなんて微塵も思ってもいなかった俺は、素直に声を大にし驚いた。そして、開いた口をゆっくりと元に戻し、コホンと一つ咳払いをし、何も無かったことにした。


「あんたがノエル・レオンね」

「そう呼ばれてたこともあった」


 この老人がノエル・レオン。

 ようやく探し求めた人物が目の前にいる。どうやら、この旅も終盤を迎えようとしているようだ。それにしても、どこかで聞き覚えのある受け答え方なのだが、まあこの際気にしないでおこう。


 これ以上に現状がややこしくなるのは面倒だ。


「率直に聞きたい。千年前に行きたいんだが、方法を教えて欲しい」

「その先に何を望む」

「会いたい奴がいる。ただ、それだけだ」


 ノエル・レオンは、暫しの間を空ける。


「時に、私はあなたの瞳にどう映っている」


 どうと言われても、何処からどう見ても老齢なおじいさんである。これは、下から見ようが上から見ようが、左回りに見ようが右回りに見ようが紛れようのないおじいさんである。若く言った方が、本人の気分を害さずにこの場を乗り切れるだろう。


 それでも、あからさまにおじいさんであるというのに、和えて若く言うのも逆に失礼なんことなんじゃないだろうか。いいや、正直なことを言って年寄り扱いするな、と怒られる可能性も否めない。


 これは、困った――そんな心中を察してかそうでないのか、逢坂が一歩前に出る。


「どっからどう見ても、立派なおじいさんよ」


 逢坂が言う。

 しかも、臆することなく。

 たまに、本気で凄いなと感心することがある。

 それを本人には決して伝えないがな。


 きっと、伝えたのなら逢坂の性格上、間違いなく付け上がり、俺を流暢な毒舌で罵って来るに違いない。わざわざ、そうなるのが見え透いているのだから、俺は逢坂を甘やかす必要など微塵も無いのだ。


「そう」


 ノエル・レオンは小さく頷き、噴水としての水を噴出するという機能をまるで成していない噴水を指す。指を指すからには何かしらあるのだろうと近付き、中を覗き込むと、なにやら凶悪そうな魔物と戦う何者かの姿が映し出されている。


 これは――東雲だ。


 他には、倒れ込んだ俺と逢坂。

 その横には、能然もいる。


 どういう状況なんだ。


「これは?」

「千年前に戻るのでしょう。なら、飛び込みなさい」


 悩む余地なんて無かった。この先に俺の求めた答えがあるかもしれないのだから、飛び込まないわけがない。ここで飛び込まなければ、何のために此処へ来たかと言う理由すら危うくなる。


「先に行くわよ」


 逢坂は、ひょいと乗り越え噴水へ勢いよく飛び込んだ。俺もそれに続いて、飛び込もうとした時、ノエル・レオンは何かを呟いていたように見えたが、俺の耳にはもう、激しい水飛沫の音しか入って来なかった。


 俺は、噴水の中に飛び込んだはずだ。そのはずだった。しかし、これは水では無い。体のありとあらゆる方向から重力がうねっているかのような、そんな感覚であった。


 そして、流れに身を任せていると、一筋の光が見えてきた。この先に世界を元に戻す為の唯一の手掛かり、東雲に会える。世界が真っ白に包まれ、俺はその中へと吸い込まれて行った。



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