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022


 柊木先生は、深い溜め息をつき、面倒臭そうに降霊の準備に掛かった。降霊には、霊を降ろす為の憑代が必要で、仕事の際は当事者の体を用いるそうだが、降霊する際の対象は別に人形でも良いらしく、その辺に転がっていた東雲には似合いそうもない、可愛いらしい熊の人形を憑代にすることにした。


「それじゃあ、始めるぞ」


 相変わらずやる気のなさそうな態度で、わけの分からない呪文のようなものを唱え降霊を始めた。恐らくは、呪文のようなものではなく呪文なのだろう。その呪文とやらを唱え終わり、少しの間沈黙が続く。柊木先生の顔は、いつになく――いや、一度たりとも見たことの無い真面目ま表情で、神妙な面持ちであった。


「良いか、良く聞け。ノエル・レオンは、死んじゃいない」

「そんなはずないだろ。そしたら、ノエル・レオンは数百年も生き長らえているって言うのか。そんなこと在り得るわけないだろ」

「なんだ、私が失敗したって言うのか」


 その可能性の方が、大いに高いんじゃないだろうか。


「いや、在り得る可能性は十分にあるわ」


 逢坂が探偵気取りで間に入って来る。


「ノエル・レオンは、周囲数百メートルごと消えた。その消えた先が、本当に悠久の彼方だったのなら、それは在り得るわ」

「そもそも、その悠久の彼方ってのは一体何なんだ?」


 俺は、ぶっきら棒に聞く。


「悠久の彼方。それは、無限という時が流れる空間。つまり、歳をとるわけでもなく、歳をとらないわけでもなく。ただただ、無限という時が流れる空間であると聞いたことがあるわ」


 なるほど、聞いて尚良く分からん。

 結局、これでまた手掛かりが無くなったわけなのだが、隣で目を輝かせている逢坂は、どう考えてもこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。いや、間違いなく楽しんでいる。


「会いたいのに会えない。会えそうで会えない。いつの時代も、どこの世界もこの微妙な距離感がもどかしくて、どこか愛おしいのよね」


 俺は、お前の様にこの状況を冗談と共に楽しむ酔狂な趣味を全く持ち合わせてないんでな。そして、俺はふと閃く。なにも、ノエル・レオンを呼ぶ必要なんて無いんじゃないのだろうか。


 なぜなら、千年前の東雲の魂を降霊させれば、この状況からおさらば出来るかもしれないじゃないか。我ながら、何て良い考えなんだ。


「なあ、もう一人降霊して欲しい奴がいるんだが」

「もう百万出すならな」


 こいつめ、足元見やがって。

 するとその時、待ってましたと言わんばかりに、逢坂がニヤリと笑みを浮かべ、ちょっと待ったと声を張り上げる。


「何言ってんのよ。私は、一回降霊させる為に百万を支払ったわけじゃないわよ」


 え?

 

 そう思ったのは、何も柊木先生だけではなかった。俺もだ。


「何を聞いてたの? 耳は飾りの為についてるんじゃないのよ。私は、〝幾らなら私の言うことを聞くの〟と聞いたわ。そして、あんたは〝百万なら聞いてやる〟と返答した。つまり、あんたは未来永劫、私の言うことを聞く為だけに生きて行くのよ。良かったわね、本望でしょ」


 柊木先生は、煩瑣極まったような表情を見せている。自分の倍近い子供に馬鹿にされて苛立たない大人などいないだろう。もし仮に、俺が柊木先生と同じ立場だったのなら、間違いなく切れるに違いないだろう。


「今回だけだ、今回だけだぞ、分かったな。そんで、二度と来るな。降霊させたい奴の名前は」

「大賢者、東雲」

「なんで、偉人ばっかなんだよ。碌なことする気じゃないな」

「あんたは、黙ってやればいいのよ」


 やる気のなさそうな態度から苛立ちを隠しきれない様子で、さっきのわけの分からない呪文のようなものを唱え降霊を始めた。もう一度繰り返すが、恐らくは呪文のようなものではなく呪文なのだろう。


 呪文を唱え終わり、またしても少しの間、沈黙が続く。そして、またしても柊木先生のその表情は神妙な面持ちであった。


「まさか」

「ああ。どうやら、大賢者東雲も死んじゃいないらしい」


 ノエル・レオンは、悠久の時を過ごしているから数百年の時を生き長らえることが出来た。しかし、東雲は一体どうやって千年もの時を生き長らえているというのだ。大賢者だからそんな事まで出来ちまうってのか。


 そんな馬鹿な。

 何が何だか、いよいよ分からなくなってきた。


「面白くなってきたわね」


 俺が不幸に陥れば陥る程、逢坂の幸福度が満たされていくようで、俺もまた逢坂が幸せになればなるほど、俺の不幸度が満たされていく。なんて、惨憺たる反比例な関係なのだろうか。


「となると、次の行先は決まったわね」


 逢坂は、不敵な笑みを浮かべ目を輝かせていた。



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