021
どこの図書館とも同じように、本を読むためのスペースというものが当然の様にこの王立図書館にもあるわけで、あまりの本の多さに気を取られ全く気付きもしなかった俺は、もう少し早く気付いていたのなら、ゆっくりと椅子に腰を下ろしながら悠々自適に読書に浸りたかったものだ、と一人後悔していた。
この読書スペースの一角に、壁の様に本が積まれた謎の区画があった。こういう時、逢坂と離ればなれになってもすぐに見つかるから非常に便利だ。その本が山積みにされた区画に近付き声を掛けようとした時のこと。
「これだわっ!」
「見つかったのかっ!」
私語厳禁の図書館の中で、響き渡る逢坂と俺の声。俺たちを刺すように、周りの痛々しい視線は襲いかかって来る。頭をすいませんと軽く下げ、苦笑いを作るも、さすがに耐えられん。
「逃げるぞ」
そう言い、逢坂の手を掴みその場から逃げ出す。
王立図書館は、当分使えそうにもないな。
「その程度で息切れ」
逢坂の手を引いて走って来たはずなのに、いつの間にか俺が逢坂に手を引かれ走っていた。悪かったな、こっちはまともな運動なんて中学生以来なんだ。息が整うのを待ち、逢坂に聞く。
「で、見つかったって言ったよな?」
「見つかったなんて言ってないわよ。これだわって言ったのよ」
どっちだっていいだろ。
「どっちにしろ、良い手が見つかったってことだろ」
そう聞くと、どうだと言わんばかりに上から目線で俺を見る。
「ネクロマンサーよ」
「なんだ、そのネクロマンサーって?」
「そんなことも知らないのね」
で、逢坂に聞くところによると、ネクロマンサーとは死霊術師と呼ばれ、亡くなった魂を現世に呼び出すことの出来る者なのだそうだ。だが、呼んだからと言ってその魂が来るわけではなく、その際にネクロマンサーによる交渉が行われ、その交渉に応じた魂だけ呼び寄せることが出来るのだそうだ。
ただし例外もあり、圧倒的に能力の高いネクロマンサーの場合は、有無を言わさず降霊させることが可能らしいのだが、そんなネクロマンサーは基本的には滅多なこといないそうで、そもそもいたとしても非協力的なのだそうだ。
「私としたことが不覚だったわ。どうやって時を越えたのか、直接ノエル・レオン本人に聞けばよかったのよ。なんで、こんな簡単なことに気付かなかったのかしら」
胸をときめかす逢坂を横目に、この世界では最早何でもありなんじゃないのかと呆気に取られていた俺は、もう東雲さえ見つかればもう何でもいいやと、頭をポリポリと軽く掻いた。
「じゃあ、これから葬儀屋に行くわよ」
逢坂のその声で次の行先は決まった。
どうやら、ネクロマンサーとやらは葬儀屋にいるらしい。俺の印象では、葬儀屋とは亡くなった人間の死を弔うために行われる祭儀を開く人たちというのを想像したが、この世界ではそれらに加えて亡くなった人の最後の言葉として、当事者の体に魂を降霊させて、別れを迎えるという葬儀方法があるらしい。
ただ、通常の葬儀より値段が掛かるのであまり多くの人々が利用するサービスではないそうだ。
「着いたわよ」
そこは、誰も近付かなそうな古惚けた建物のようだが、十字架が屋根に傾きながらも刺さっている様子を見ると、恐らく教会なのだろう。だが、入って尚これを教会と呼ぶには程遠い内装であったが、ここ葬儀屋の総裁がこいつなら納得だ。
俺たちの担任、柊木紅緒――ならな。
「何しに来たクソガキ。殺すぞ」
葬儀屋がその発言をするのはどうなんだ。葬儀屋ジョークというやつなのか。だとしたら、全くもって笑えんな。
「仕事を依頼したいのだけど」
「幾らだ」
「逆に、幾らなら私の言うことを聞くの?」
「百万メル。百万メルなら聞いてやるよ」
この世界におけるメルという通貨がどれくらいの金額であるのかよく分からないが、きっと少なくは無い金額だ。恐らく、面倒な仕事を持ち込んだ俺たちを追い払うために膨大な金額を吹っ掛けて来ているのだろう。ここは大人しく一旦引くしかなさそうだ。
「百万メルで良いのね」
そう言うと、ポケットの中からメモ用紙の様なものを取り出し、流れるような筆捌きで書き上げ、柊木先生にそれを差し出した。見たことが無いので不確かなのだが、あれは小切手という代物じゃなかろうか。
受け取った小切手の様なものを見ながら、何かブツブツと呟きながら数えている。間違いなく、〇の数がちゃんと過不足なく書かれているのかを確認しているのだろう。卑しい奴め。
「本気か?」
柊木先生が睨みを利かせてくる。だが、それに負けじと逢坂は胸を張る。俺は、この空気に耐えられず一歩後ずさりしていた。
「オーケー。分かった、クソガキと言って悪かった。降霊ってのは、何の覚悟もなく出来ることじゃないんだよ。お前等みたいな子供は、特面白半分でここへ来る奴も多い。取り敢えず、この覚悟はしっかりと受け取っておく」
そう言い、先程のメモを胸の内側にしまう。珍しくまともなことを言っていると思ったら、貰うものはきっちりと貰うんだな。
「で、誰を降霊したいんだ」
「ノエル・レオンよ」
本気かこのクソガキ共、と言った表情であることはこの柊木先生の顔を見れば分かる。その気持ちは言わずとも分かる。申し訳ない気持ちなんて全くないが、申し訳ないと言っておこう。
俺たちは至って本気なのだ。




