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はっきり言って、なるだとか、ならないだとかと言った実感はまるで無かったが、俺は気付けば高校二年生となっていた。中学生から高校生になった時だってそうだった様に、急に中学生という生き物から、高校生という生き物に進化したわけでもなければ、化けたわけでもない。
なんとなく、中学生から高校生になってしまったのだから、それはそれで仕方のない話しなわけなのだ。結局のところ、高校二年生になるというのもそれと同じで、何となく気付いたらなってしまうようなものなんだなと俺、〝如月神樂〟はしみじみと思う。
だから、着慣れてきたブレザーに身を包み、少し型崩れした学生鞄を片手に、一年間通っていたはずの高校を目指し、二年目を迎えてもう一週間程通っているのだから、恐らく俺は中学生ではなく、高校生であると言うことで良いじゃないか。
この世界だって、それぐらい曖昧なものなのだから。
「おーい、如月」
聞き覚えのある声が、後ろから段々と近づいて来るのが分かる。振り向く動作をせずとも、一年生の時に同じクラスだった〝能然直〟であると確実に言い切れる自信があるのだから、ここは敢えて振り返るという動作を省いて、わざと無視するというのも、なかなか小粋ではないだろうか。
と言うことで、実践に移ってみる。
「おーい、如月。聞こえてねーのか、おーい」
朝っぱらから、こんなに大声で叫んでいるのは、能然以外に誰もいない。当然、俺の耳にその声が届かない訳が無い。悪いな、能然。本当は聞こえているが、必死で俺を呼び止めようとしているお前で、俺は遊んでいるだけだ。
能然とは、中学校が同じだったのだが、中学校にいた時は差程仲が良かった訳ではない。むしろ、互いに軽く面識があった程度で、これといった接点は高校に入学し、同じクラスになるまで皆無と言っても良い程だった。
けれど、高校に入学したばかりで知らない人だらけのクラスの中、少しでも面識がある程度でも、知り合いが一人いるというのは非常に心強いもので、気付けば自然と打ち解けあっていた。
そんな状況で能然と知り合いになったからこそ、より仲良くなれたのかもしれない。今では、こうして後ろから追い駆けて来ても、平気で無視の出来る仲の良さだ。
少し擦れているのかもしれないが、愛情の注ぎ方は人それぞれだ。
気にするな。
「やっと追い着いた。ずっと呼んでたんだぞ」
「そうだったのか? 悪い、ぼーっとしてた」
よくもまあ、こんな小嘘が付けるものだと自身で感心しながらも、能然と合流し、学校までの残りの緩い上り坂を共に行くこととなった。
そして、気付けば能然と何の話をしたのか全く記憶に残ることなく、あっという間のなく、緩く長い登り坂を登りきり、学校へ着いていた。お喋りの力というのは、偉大である。
買い物途中で、知り合いにばったり会ってしまった主婦や、女子高生の電話がついうっかりで何時間も話し込んでしまうと言うのが、理解出来るような気がする。
そのまま能然とぼんやりとしたまま下駄箱へ行く。堅苦しい革靴からよれよれの上履きへと履き替え、だらだらと教室へと向かう。
「おいおい、そっちじゃねーぞ」
俺の呼び止める声に、能然は足を止め、体を反転させた。
「あー、そういや二年生になったんだっけ」
結局のところ、こいつもなるとかならないとか考えることもなく、気付いたら二年生になっていたというタイプなのだろう。本質的なところは、能然と何ら変わらないのかと気付いてしまった途端に、何となく嫌悪感が襲って来たような気がしたのは何故だろうか。
「どうしたんだ、如月」
「いや、なんでもない。さっさと教室に行こう」
まさか、本人を目の前にしてそんなこと言えるわけがないよな。
教室に入ると、昨日のドラマの話をしている女子。ふざけ合いをしている男子、といつもとなんら変わらない日常的な賑わいがそこにはあった。
非日常を心のどこかで追い求めている癖に、こういう当たり前の日常を目の当たりにすると、なぜだか妙に落ち着いてしまう俺は、やっぱり凡人なんだなとしみじみ思う。
欠伸をしながら、自分の席に着くまでの間にすれ違うクラスメイトと朝の軽めで、いい加減な挨拶を交わし、自分の席に着く。新しいクラスとは言え、一年と一週間程高校生をしていた余裕なのか、新入生の時のようなぎこちなさはもう無く、どことなく心境が違う。
余裕と言うよりは、どちらかと言うと慣れだ。
まだ、互いにそんな面識があるわけではないのだが、ある程度いい加減な挨拶をしても、それなりの返事が返って来るのだから、結局人間なんてものもいい加減だと言わざるを得ない。
だけど、そのいい加減さがまた絶妙に丁度いいのかもしれない。人間関係もまた、絶妙なバランスで保たれているのだからだ。余り近からず、そして遠からずその距離感が、他人とクラスメイトの違いだろう。
席に着き、一息付くと間も無くして担任教師の〝柊木紅緒〟が入って来たのと同時に、さっきまでの賑わいは教室から少しずつ消え、各々の席へ付いて行く。
まるで、良く調教された猿の様に。
そして、柊木は今日の出席状況の確認をしていく。
「じゃあ、出席確認するぞ。居ない奴は手を挙げろ」
居ない奴がどうやって手を挙げんだよ、なんて心の中で呟く中、そのまま誰も気に留めることなく出席確認は続いていく。何度も聞いている性か、今ではそれが普通となってしまっているのだ。
俺のクラスは、全員で三十六名。
今日の出席人数は、三十五名。
つまり、欠席者は一名。
だから、誰かが挙手をして、休んでいる旨を伝えなければならないのだが、誰も手を挙げることは無い。欠席している生徒に対して、心配の一つでもするのが普通のクラスなのだろうが、このクラスでは欠席者が一人と言うのがいつも通りの日常であり、ここ一週間黒板隅の欠席者の欄には消されることなく、その名前が記されているからだ。
〝逢坂朱音〟――その名前が。




