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014


「六月六日、『ディストリガー《DesTrigger》』と言うゲームソフトが発売される」

「ああ、あの話題作か。確か、全世界同時発売するんだよな」


 なんだか、急に親近感のある話題になったな。

 このディストリガーのディスト《Dest》には、運命という意味のディスティニー《Destiny》や、目的地という意味のディスティネーション《Destination》という意味もあり、トリガー《Trigger》には引き金という意味がある。


 運命という引き金を弾いてしまった主人公は、様々な苦難を乗り越え、目的の地、つまり本当に自分が進むべき道を冒険を通じて探すという、主人公の成長を描いた物語であると製作者は語っていた。


 ちなみに俺は、この説明を受けない限り、タイトルの意味など全く考えようとはしなかったどころか、タイトルに意味があるものだと思っていなかった俺は、いままで一体何作のタイトルを無駄にしてきたのだろうか。


 こんなことを軽はずみに口にしては、ゲームファンたちから睨まれる姿が目に浮かぶ。


「で、逢坂を救うことと、ゲームと何の関係があるんだ?」

「世界中の夢をネットワーク化し、膨大な情報を自身の脳に集積させ、それを処理できるだけの演算能力が彼女にはあると言ったが、六月六日にはそれが追いつかなくなる」

「どうしてだ?」


 俺は、素っ気なく聞く。


「ゲームが発売されること自体は、特に問題ではない。全世界同時発売されるということが問題。極端に先細った情報と共に、余りに高まった感情値が流入し、それらが膨大に集積されることにより、適当な処理がしきれずに、深刻なエラーを引き起こすことになる。結果として、この世界は一時的に現状を保つことが出来なくなる」


 世界中のゲームファンの期待値が高すぎるということか。


「現状が保てなくなるって、一体どうなるんだ?」

「この世界がゲームの世界となる」


 俺は固まった。

 親近感のある話題が来たと思ったらこれだ。むしろ、疾くの疾うにこっちが深刻なエラーを引き起こしそうなのだが、那奈々科はお構い無しにあれやこれやと淡々と話していくので、置いて行かれまいとは努力するものの、最初から置いて行かれたままだ。


 いや、スタート地点から足を一歩二歩程度だけ進んだのかもしれないが、間違いなくその程度しか動いていない。なんなら、あまりに突拍子な話に二歩三歩後ずさりした分を差引しても、一歩となるかどうか怪しいところだ。


「じゃあ俺は、そのゲームの世界で逢坂を救い出せば良いのか?」

「いいえ。逢坂朱音と共にゲームを攻略し、バグを取り除き、仮想世界を正すこと。バーチャルリアリティゲームとでも想定すれば良い」


 要は、ゲームの世界に飛び込み冒険をするということらしい。それなら、俺にも出来そうでなかなか楽しそうではないか。うん、なかなか悪くはない。というより、大体の男ならこんなシチュエーションを望んでいるんじゃなかろうか。


「私が今伝えるべき情報は、以上。これまで話した全てを理解して欲しいとは言わない。だけど、それでも私の話を信じて欲しい」

「悪いが、全ての話を理解することも、信じることも出来そうにない。ただ、努力はする。取り敢えず、今日のところは帰らせて貰って良いか。どうやら、一旦頭を整理させる必要がありそうだ」


 努力するなんて言ったが、本当はここから逃げ出すための決まり文句のようなもので、政治家や官僚の使う前向きに検討しますとか、警察の使う事件が起きなければ出動できませんと同じようなものなのだ。


 結果、俺は信じていないのだろう。


 俺は、東雲の横をすり抜けるように去る。東雲は、俺を引き留めようとはしなかった。だからなのか、俺は一言だけ東雲に聞いてみたくなった。


「お前は、俺に何でこんな話をしたんだ。こんな話なら、俺じゃなくても聞いてくれる相手は他にいるだろうに」


 別に何てことのない面白味もない質問だ。


「言ったはず。あなたは、この世界の鍵となる人物。そして、逢坂朱音は扉」

「俺が鍵で、逢坂は扉なら、お前は一体なんなんだ?」

「私は――」


 東雲が何かを言いかけた時、鼻の頭に冷たいという感覚を覚えた。それが雨だと気付くには、そう長く時間が掛かるわけもなく、仲間を呼ぶようにあっと言う間に大雨へとその姿を変貌させた。


 雨から逃れるために小走りで校舎の中へと駆け込むが、なぜか東雲は一歩たりともその場から動こうとはしなかった。


「おい、東雲。何やってんだ」

「私は良い」


 雨が降っているのだぞ。

 雨にお前らを濡らしてやろうかという思惑があるのかどうかは知らないが、それでもわざわざ濡れてやる必要も無く、一害合っても一理など決してありはしない。


 もしあるとすれば、雨の中で自分は非力で可愛らしい存在であると、野良から飼いに出世しようと必死にアピールする子猫や子犬ぐらいなものだ。


 東雲の手を引き、校舎へ連れて行くのが、男として――人として間違いなく正しい判断なのだろう。だが、俺はしなかった。決して、本人がまだ外に居たいだろうというその意見を尊重しただとか、出来なかったのではない。


 ただ、そうしなかっただけだ。


「そうか。風邪、ひくなよ」


 そう一言だけを残し、振り返ることなどせず、俺はその場を去って行った。



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