013
確か、一ヶ月前に校門の前で会った時、東雲はこう言ってなかったか。
逢坂朱音と俺は、あの日に直接的な接触を謀らなければならなかった。そして、その接触を助力するのが東雲の役目だったと。
それなら、なぜ俺と逢坂を接触させたのだ。
こんな目に遭わせる為に、わざわざ俺と逢坂を接触させたって言うのか。それなら、冗談じゃないと東雲に啖呵を切らなければならないが、こうして東雲は俺を守ってくれたという現実が余計にややこしくしている。
そして、それと同時にもう一つの疑問が浮かび上がる。
「もしも、その話を信じるならこのままだと俺は、また誰かに襲われるんじゃないのか?」
実直な瞳は、こっちへと真っ直ぐ向いている。
「させない」
東雲のたった一言の言葉に重みを感じた。
俺と東雲は、間違いなくつい最近知り合いになったはずなのだ。だから、そんな俺に対して東雲がここまで俺に対して献身する必要は全くあるはずも無いのである。
もしかして、そうしなければならない個人的な事情があるのだろうか。そう、考えればここまでする理由を理解まではいかずとも、納得しようと努力することは出来る。
だけど、それは無理矢理に自分を納得させようとしている自分の言い訳染みた理由であって、言ってしまえば妄想に過ぎやしないただの瞞しなのだ。東雲を別に信じ切っているわけでも、信じ切っていないわけでもない俺は、逃げるようにこう答えた。
「そうかい」
そして、話題を逸らすように他の事を聞いた。
「東雲は、俺と逢坂の接触を助力するのが役目だったんだよな?」
「そう」
「俺と逢坂は、なぜ接触を謀る必要があったんだ?」
「あなたは、この世界の鍵となる人物。そして、逢坂朱音は、その扉」
俺が鍵で、逢坂は扉。
一体どういう意味つもりで言っているのか知らないが、その意味を端直に理解するのなら、逢坂朱音と言う扉を開くために、俺と言う鍵が必要と言ったところなのだろうが、この解釈の仕方自体、俺の中ではなかなか無理をしている。
「俺が鍵で、逢坂は扉なら開けた先に何があるんだ? 逢坂は、扉なんだろ?」
「扉の先にあるのは、現実」
「現実?」
「ここは現実ではない。夢想世界」
「夢想世界?」
「そう。逢坂朱音によって創られた夢想世界。そして、逢坂朱音はただの人間ではない」
転校初日で、あいつが変な奴だってことに気付いたか。良かったな、逢坂朱音。お前についての良き理解者がまた一人増えたぞ。まあ、当然のことながら皮肉だがな。
「あいつが変なのは、今に始まったことじゃないだろ」
「そういうことではない。逢坂朱音は、『夢想具現連立統合構造化』という能力を先天的にその身に宿している」
「何なんだ、その夢想なんちゃら、かんちゃらってのは」
「夢想具現連立統合構造化。彼女は、世界中の人々の夢をネットワーク化し、膨大な情報を自身の脳に集積させ、それらを全て処理し、この世界へ反映させることにより、現実に限りなく忠実に模した夢想世界を形成している」
なんなんだ、このやたらファンタジー染みた緊張感のない話は。恐らく、冗談といった類のものではなく、本気でこんな話をしているのだろうが、話の腰を折るのも悪いと思い、それでもこの話を続ける。
「要するに、ここは逢坂の夢の中ってことなのか?」
「私は、そう仄めかしてきたつもり」
そんなの理解出来る奴いないだろ。
なにはどうあれ、ここは逢坂の夢らしい。
その夢想具現……えーと、まあそれによって、より現実的な世界が逢坂によって創られているということだ。そこだけは、理解した。だが、まるで夢という感覚が無い。現実に限りなく忠実に模していると言うが、現実と何一つ変わらないのではないだろうか。
その時、俺は思った。
「俺は、夢の中で殺されかけていたんだよな。別に夢の中でなら、殺されても大丈夫なんじゃないのか?」
「それは無理」
「どうしてだ?」
「彼女は、あなたと一緒に居ることを心地良く思い、その意志が覚醒を拒んでいる。しかし、逢坂朱音の体は覚醒させようと橘椿を送り、覚醒の妨げであるあなたを抹消しようとしに来た」
腕を組み、少々考える。
「つまり、俺の性ってことなのか」
「結論から見ればそういうこと。あなたという存在が消失すれば、彼女は無理矢理に覚醒させてしまう」
「別に寝てるのを無理矢理起こすのなんて普通のことだろ。目覚まし時計とかだって使ったりするだろ」
「言ったはず。彼女は、自身の脳に膨大な情報を集積し、それを処理出来るだけの演算能力を兼ね備えている。しかし、それだけの処理をしている彼女を無理矢理に覚醒させては、精神に深刻なダメージを与え兼ねない」
寝ても覚めても迷惑な奴だ。
「なら、何をさせるために俺と逢坂を接触させたんだ? そのまま放っておけば、目なんて勝手に覚めるだろ」
「それは、不可能。彼女は深淵にいる。それを、救えるのはあなたしかいない。あなたは、そのための鍵」
俺にしか出来ないこと。
そして、彼女を助けるための鍵。
東雲は、何を言っているんだ。もしも本当なら、そんな重要なことなんで俺にしか出来ないだ。それに、一応は理解するように努めているつもりだが、それでも俺は東雲の話を全て信じているわけじゃない。
だが、今回のようなことがまた起こらないとも限らない。東雲は、この先の事についても俺に話すと言っていた。信じるか信じないかは、これから起こるであろうことを聞いてからでも十分遅くは無い。
「要するに、東雲は逢坂を俺に救って欲しいってことで良いんだよな? 出来るか分からないが、東雲を手伝うことぐらいなら、俺にも出来るかもしれない。それで良いなら、これからの事について話してくれ」
東雲は小さく頷いた。




