012
「な、なんでお前が」
「話は後。今は、現状処理」
そう言うと、どこからともなく刃物を出し、橘へ果敢にも立ち向かって行く。刃と刃が交じり合う、すさまじい攻防が目の前で繰り広げられている中、俺は腰が砕けてしまい、既に立てるような状態ではなくなり、遂には地べたに腰を下ろす体たらくだった。
全く持って、情けない。
「あれれ。なんで私の席を奪った、転校生のサーシャちゃんが出て来るかなあ」
「バグの処理」
「おっかしいな。バグは、私じゃなくてあっちの筈なんだけどなあ。もしかして、転校生のサーシャちゃんが邪魔してくれちゃってたりしてるのかな。道理で、彼女が目覚めないわけだ。なら、二人まとめてやるっきゃないでしょってーの」
橘が間合いを取り、何やら気の様なものを溜め出した。この状況で、何を非現実的なことをしているのかと眺めてるいと、手の内側に光の球が現れ、それが徐々に大きくなっていくではないか。
嘘……だろ。
刃物で殺されかけるだけでも信じられないことなのだが、このような状況は信じられないを通り越して、もはや何も考えることが出来ない。今、この状況に陥っている俺が言っているのだから、間違いない。
そして、先程まで手に収まる程の大きさだったはずの小さな気の球は、両手で支えなければならない程の見事な巨大な球へと変貌を遂げていた。どうやら、橘は気のようなモノを溜め終えたようで、勝利を確信したのかニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「これで、終わり。さっさと消えちまえって―の」
てっきり、東雲に向けて飛ばすのだと思われていたその巨大な気の球は、腰を抜かして動けない、惨めで情けない俺に向けて飛ばしてくる。これは、ちょっとばかりマズイ。
いや、相当マズイんじゃないだろうか。
「うわあああああああーッ!」
何もできない俺は、もう叫ぶ以外に成す術を持ち合わせていなかった。
その刹那のことだ。
「出力最大。シールド展開」
そう言い放ち、東雲が俺の前まで瞬時に移動し、どんな原理なのか分からないが、強大な盾を作り出し、あの巨大な気の球を防いでいる。東雲が、何故こんなにも俺のために必死に戦っているのか、俺には全く分かるはずもなく、その心当たりもあるはずも無かった。
そして、橘の放った気の球を東雲は防ぎ切り、その余波の暴風で目を囚われているうちにその勝負は既に決したようで、その場に橘は倒れ込んでいた。
「おっかしいな。勝ったと思ったんだけどな。あーあ……職務怠慢だなあ……」
そうポツリと呟くと、その場でぐったりと横たわったまま動かなくなり、徐々に体が薄れ、天へと帰るように消えて行った。
最初から最後まで状況を飲み込むことが出来ずに、ことが顛末を迎えたようであったが、良かった、助かったと落胆しているわけにはいかなかった。なぜなら、東雲に聞かなければならないことが多々あるからだ。
「おい、どういうことか――」
俺が全てを言い切る前に、話を割る様にして東雲が話しかけてくる。
「今日の事、これからの事。そして、この世界の事や逢坂朱音の事をあなたに話す必要がある。それを、あなたが理解出来なくても、理解するよう努めてほしい」
「ああ、そうしてくれ」
理解出来るか出来ないかはまた別として、取り敢えず聞いてやる。今日の事だとか、これからの事だとか、何もわけが分からないままでいたくはないからな。
それに、まさか逢坂も関係していようとはな。
いや、数週間前のあの件にもこの二人は絡んでいた。それを考えれば、今回のこの殺人未遂事件に関わっていても、何ら不思議ではないということなのかもしれない。
そして、俺が殺されかけているというこの状況を察するに、俺と逢坂がこれ以上の接触を謀る事を良しとしない橘が、襲い掛かって来た。逆に言えば、俺と逢坂が接触をするという行為に、何らかの意味があるということなのか。
いや、まさかな。
結局の所、一人でこうして考え込んでいてもこの状況について理解出来るはずも無く、東雲に聞かなければ始まらないようなので、開始の合図を兼ねた話を俺の方から始める。
「まず、目の前で起こった殺人未遂事件から説明してくれ。なんなんだ、今のは。刃物で襲われたり、光の球だとか。前回の靴の時より、悪ふざけが過ぎるぞ」
「前回のと、今回のは違う」
「違う? 何が違うって言うんだ。さっき、逢坂も関係しているって言っただろう」
「逢坂朱音については後で話す。まず、橘椿について。橘椿は、逢坂朱音の一部。エラーであるあなたを排除し、逢坂朱音を覚醒させる為に殺害しようとしていた」
「……ん?」
俺は、真顔のままで突っ立っていた。
「分かり易く例えるのなら、細菌やウイルスが体内に入り込んできた際に、それを迎撃しようとする。それが、橘椿。例え、如月神樂が恨まれる、憎まれるようなことをした記憶があろうが無かろうが、そういった感情論で如月神樂を殺害しようとしていたわけではない」
「……」
「そして、あなたの言うところの光の球はこの世界におけるエラー。覚醒と睡眠の中間には、夢とも現実とも似つかない、境界的な空間が存在する。この空間の中では、創造性を極限にまで高めることが出来る。橘椿はそれを利用し、その空間限定でその能力を創造し、全力で逢坂を覚醒させに掛かって来たというわけ」
「……」
誰か、東雲が一体何を言っているのか理解できる者は、ぜひ俺にも理解出来るようご教授願いたいものだ。俺の理解力が乏しいというのも多少なりとも無くはなかろう。にしても、ここまで理解出来ない事柄もそうはない。この話に対して、俺はどこをどう理解するように努めれば良いというのだ。
「せっかく、説明してくれているのに非常に申し訳ないのだが、もう少し分かり易く説明して貰えると、非常にありがたいのだが」
申し訳なさそうに俺は聞く。
と言うか、俺が申し訳なさそうでいる必要も無いのだが。
「つまり、あなたはこの世界に置いて邪魔な存在という事であり、そして光の球は在り得てはならない存在を創造させたモノということ」
なぜか、分かり易く聞いた途端に、話の規模が大きくなったように聞こえるのだから、言い回しと言うのは不思議なものであると、一旦脳内で小休止を取ったところで、今の言葉について少しばかり考えてみる。
俺が、この世界に置いて邪魔な存在。
別に、俺は世界から愛されているなんて馬鹿下駄ことを言うつもりは毛頭無い。だが、存在を否定される経験を今までの人生でされたことがなかった性か、心にグサッと突き刺さるものがある。
そして、光の球は在り得てはならない存在を創造させたモノ。
この世界において在りえてはならない存在って言うのは分かる。あんなのが、日常茶飯事に在り得て堪るか。だが、それを創造させたというのはどういうことなのだ。
覚醒と睡眠の中間には、境界的な空間が存在し、その空間では創造性を極限までに高めることが出来る。こんな、説明されても俺じゃなくとも理解出来んだろうに。結局のところ、東雲なりに丁寧に分かり易く説明をしてくれているのだろうけれど、その説明を聞いてもさっぱり分からん。
「俺は、何かしたのか」
「あなたは、逢坂朱音と関わった」
逢坂朱音と関わった。
ただ、それだけ俺は命を狙われなければならないというのか。そんな理不尽な話なあるだろうか。ただ、関わりを持ったからといって、殺されかけるなんてこちらから言わせれば、堪ったもんじゃない。
いや、ちょっと待て。
俺の記憶に引っ掛かるモノがある。




