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011


 例の如く俺の都合には悪く――いや、今回は悪いとは限らないが、若しくは相手の都合に良く屋上の鍵が開いていた。用務員は、一体何をやっているのだ。仕事をしっかりしろと、一度厳しく文句を言ってやる必要がありそうだ。


 鍵が開けられた屋上の扉を開き、もしかすると告白をされてしまうかもしれない舞台へと辿り着いた。そこに一人の少女が見えるのだが、俺はこの少女が誰なのかを背中越しでも言い当てることが出来る。


 まさか、見知った人物の背中を見ることとなった性なのか、まるでときめかないのはなぜだろうか。それは、そこにいるのが誰が付けたか元気全開パワフルガールこと橘椿だからなのだろうか。


「来たな。如月神樂」

「俺に何の用だ」


 ゆっくりと振り返る橘の様子がいつも教室で見かける表情とは違い、なにやら神妙な面持ちである。これが、これから告白をする女の顔と言うことなのだろうか。普段、全く意識しない橘と言えど、照れるじゃないか。


「如月。私、言えなかったことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「ああ」


 ああ、だなんて少しばかり格好良い男を演じている俺がここにいるのだから、なんとなく気持ち悪い。普段は元気な奴だなとは思うことがあっても、可愛らしいだなんて思ったことは一度もないし、異性として意識したことなどもちろん皆無である。


 しかし、今日はどうだろうか。

 なんだか、ちょっと可愛らしいじゃないかと錯覚させられる。

 だが、次の言葉でそれが錯覚であったと知ら占められることとなる。


「死ねッ☆」


 今、死ねって言ったか。

 しかも、笑顔で。


 しね、シネ、詩ね、氏ね、師ね、史ね、誌ね、視ね、市ね、士ね、紙ね、資ね、詞ね、子ね、志ね、四ね、私ね、刺ね、梓ね、歯ね――。


 考えられ得る予測変換を頭の中で必死にこなしてみるが、やはりシネと言われた際の変換結果としてもっとも適しているのは、やはり死ね、なのだろう。だが、橘に殺意を持たれているのか、まるで身に覚えがないのだが。


「今、死ねって言ったか」

「うん。そだよ」


 人に死ねとこんなにも軽薄に言えるものなのだろうか――と疑問に思う余地なく、俺に対して死ねと言ってきた言葉の真意はどうやら本気らしく、どこから出したのか鋭利な刃物を躊躇なく振りかざしてくる。


「ほら、ほら、避けなきゃ死んじゃうよ」


 格闘技の心得があるわけでもない俺は、橘の振りかざす刃物ををなんとか避けるのがやっとで、反撃なども以ての外である。


 もしかしたら告白されるのかもしれないなんて言っていたが、本当はてっきり告白されるものだとばかり思い込んでいた。勝手に、そう思い込んでいた俺も悪いのだろうが、そんな妄想と一転してまさか殺されかけようとは誰に想像が出来ようか。


 実は、嘘でしたと学校で大いに笑い者にしてくれる方が、どれ程ましな事なのか分かったもんじゃない。素直に、俺の第六感を信じていればこんなことにならずに済んだと言うのに、こればかりは俺の中のスケベ心を恨むしかない。


 橘は、絶え間なく刃物を振り回してくる。不敵な笑みを浮かべ、鋭利な刃物を乱雑に振り回しているように見えたが、気づけば出口のある方向とは逆側まで巧みに誘導されていたようだ。


 そして、追い込まれていると気付いた頃には既に時は遅く、フェンス際に追い込まれた俺は、ここから逃げ出すことはより一層難しくなっていた。逃げ出すのが無理なら、一刻も早く誰か助けを呼ばなければならない。フェンス際から校庭で部活動に励み、青春を謳歌している学生たちの姿が見える。


 これはチャンスだ。


「おい、助けてくれッ! 屋上だッ。おーい」


 彼らに向かって助けてくれと大声で叫んだにも拘らず、誰一人、俺の声が聞こえていないようである。向こうからの部活動に励む声が聞こえてくるのに、こちらからの声が届かないとは考えにくい。


 それでも、それに縋る以外の助かる術を持ち合わせていない俺は、こうして叫び続けるしかないのだ。


「無駄だよ。あっちとこっちは断絶してあるから」

「黙れ。あそこに――」

「そっか。今の君は、まだ何も東雲から教えられていない君なんだっけ。でも、私からは君に教えてあげられることは何も無いからね。残念。だから、大人しく死んでね」


 わけが分からない。

 わけが分からないが、今俺が危機的な状況にあるということだけは、理解出来る。むしろ、それ以上のことが理解出来ないというのもこともまた事実だ。


「じゃあ、そろそろ疲れたからお終い。バイバイ」


 橘の手に握られた刃物が勢いよくこちらを目がけて加速する。あまりの怖さ、これから起こるであろう痛みや苦しみと言ったあらゆるものから目を背けたいがために、思わず目を閉じてしまった。


 所詮、このような状況に陥った大抵の人間は、勇猛果敢に挑むことなど出来ずに、無様に殺られていくのだ。相手は、刃物を持っているんだ。勝てるわけがない。出来るものなら、俺だってこの運命と言うモノに抗いたい。


 だが、どうやらそれは難しいらしい。俺の足は、もう既に俺の言うことを聞けないくらいに動かない。立っているのすらやっとの状態だ。ああ、呆気無かったな俺の人生。


 その時のことだ。


 諦めかけた――いやもう既に諦めていた俺の前に、誰かが現れ応戦している。目を瞑っていても、刃物とぶつかり合う金属音や、何者かによって光が遮られるので何となく分かる。きっと、さっき叫んでいた声が誰かに通じて助けに来てくれたのだ。


 助かった――そう思い、ゆっくりと目を開く。閉じていた目に光がゆっくりと注ぎ込まれるにつれて、そこに誰がいるのか朧げに映り出されていく。見たことがあるような、無いような。そして、目が慣れて出してからやっと、そこにいるのが誰であるのかを見知した。


 東雲サーシャ――だと。


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