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群青トマト

作者: ぽぽたん

この汚い世界から飛び降りて真っ赤になってしまえばいい真っ赤になってこの世界に唯一の芸術を作るんださあはやくはやくはやくはやく---




ボロアパートの屋上から見下ろした世界は、あまりにも小さく汚れて見えた。握りしめている手すりはぼろぼろですっかり錆びてしまっている。鉄臭い匂いがわたしの鼻をくすぐった。この匂いは嫌いじゃない。

ここから飛び降りたら真っ赤なトマトみたいになって、きっと綺麗だろうな、なんてことをわたしはぼんやりと考えていた。いくら醜いわたしでも、きっとその瞬間は綺麗なはずだ。

じゃり、と足元で靴と砂利が擦れる音が鳴る。自殺する人が何で靴を置いてきぼりにして死んでしまうのかわたしには分からなかった。どんな場所でも屋外なら足の裏が痛いだろうに。


わたしは大きく息を吸って空を仰いだ。紛れもなく晴天だ。雲ひとつない空は、青い絵の具を流し込んだような、なんてそんな表現では足りないほどの鮮やかな青色だ。今日の青空と、今日の真っ赤なわたしはきっと、この汚い世界で唯一綺麗なものになるだろう。そう思うと、わたしは久しぶりにわくわくした。わたしは手すりを跨いでこの世界の囲いの外側に立ってみようと、きっとそんな気分になれるだろうと、足を上げた。


その瞬間。

がちゃり、と屋上のドアが開く音がして、わたしは慌てて上げていた足を下ろした。心の奥底から溜め息をついた。

音のする方に視線を向けると、そこにはサラリーマン風の若い男の人が立っていた。

彼はわたしに気付いたのか、ゆっくりと近づいてくる。邪魔しないでほしい、この状況はどう見てもわたしが自殺しようとしている、まさにその瞬間ではないか。止められたりなんかしてしまっては興が冷めてしまう。こんな鮮やかな青の日に鮮やかな赤を造り出したかったのに。


「何してんの?」

思ったよりも低い声。彼の声にわたしは改めて彼の姿を見た。深い紺色のスーツに白いシャツ。薄桃色のネクタイ。決して似合っていない訳ではないのに、彼のスーツ姿は窮屈そうに見えた。そしてそのことにとても好感を覚えた。

わたしが彼を見ている間、彼は自分の問いかけにわたしが答えるのを待っているようだった。


「空、青いから」

わたしは空を指差しながら答えた。ただ視線は彼に釘付けになったまま。本当のことなんて言えやしない。

彼は訝しげな顔で空を仰いだ。その時の彼の顎から喉にかけてのラインがすごく魅力的に見えた。酷く動揺している自分に気付いた。いとおしい、だなんて。


「吐き気する、」

真っ青な空に不似合いの、でもこのシチュエーションにはぴったりの言葉。彼のスーツ姿からはとても想像できない言葉にわたしは心臓を鷲掴みにされたような気がした。

そもそも彼はこんな場所に何をしに来たのだろう。


わたしは間抜けにも、上げていた手を下ろすことを忘れていることに気付いて、ゆっくりと手を下ろした。彼が一歩ずつ近づいてくる。わたしの目の前に来て、彼は言った。


「あんたの方がいい」

彼の言葉の意味を理解するのにたぶん、十秒以上かかっただろう。その間、彼はわたしの目から視線を外さずにいた。わたしは何か言葉を紡ごうと口をぱくぱくさせることで精一杯だった。彼はそんなわたしを見て、小さく笑った。そして、わたしの横に並んで呟いた。


「こっから落ちたら死ぬかな?」

は、と彼に聞こえないように小さく息をついて、わたしは答える。


「わたしを抱いてからにして」

自分でも何を言っているのだろうと思ったけど、彼の反応は違った。ゆっくりと視線をこちらに向けて、優しく笑った。


「もっかい、もう一回言って」

彼の声がわたしの耳元で聞こえる。心臓の音も、息遣いも、わたしの心の声さえ聞こえかねない距離。恥ずかしさでわたしは俯いた。そうして、もう一度その言葉を呟く。


「わたしを抱いて」




カーテンの隙間から光が零れる。太陽は随分高い位置まで登ってきている。寝過ごしてしまったようだ。わたしはこのまま心地よい倦怠感に身を委ねたままでいたかったけれど、何とか体を起こした。くちゃくちゃに丸まった下着を手探りで探してそのまま身に付けた。

隣では彼が気持ち良さそうに眠っている。わたしはベッド上のカーテンを開けた。彼は眩しさからか、唸りながら布団のなかにもぐってしまった。彼の顔は布団に隠れてしまったけれど、かわりに背中が露にな った。そんな彼の様子にわたしは小さく笑って、辺りを見渡した。部屋の中はものが散乱していてめちゃくちゃだ。こんな平和そうに眠っている彼が昨日の晩に自殺しようと暴れまわったなんて誰が信じるだろう。

そこらに散らばったものを片付けようとベッドから下りた。その拍子に、ちくりと足の裏に痛みが走った。足の裏を見てみるとガラスの破片を踏んでしまったのだろう、じわりと赤色が滲んできた。わたしは、自殺するときに靴を脱ぐ人たちの気持ちが少し分かったような気がした。

その赤色を彼の背中に擦り付けた。足の裏がひりひりする。その痛みがなんとなく心地よい。

今日も突き抜けるほど空が青い。

こんな日に彼が真っ赤になったら、きっとすごく綺麗に違いない。わたしは彼の背中についた赤色を眺めながら、彼が真っ赤になった世界を想像した。


初投稿です。

駄文ですが、感想、批評等頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  独特な世界観が素敵だと思います。主人公の心の動きにひかれました。 [気になる点]  私の理解力が足りないのか、理解するのが難しいところがありました。 [一言]  自殺するときに靴を脱ぐ人…
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