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七章 コーリングコール

(とは言いつつも……)

 私はもしかしたら、この紅い眼の子を落胆させたかもしれない。

 この国には外食店は無い。他国にはあるらしいのだが、この国は生憎、人口が多すぎる。その上植民地のため食「量」が圧倒的に少ないのだ。数十年前参加していた戦争時は配給制だったが、そのときよりはまだマシなほうだ。

 この国の技術は多少発達しており、栽培した植物の栄養成分を凝縮させ、栄養バランスの整った錠剤にしている。所謂サプリメントだ。私たちはこのサプリメントを中心に栄養を摂取している。当然腹が満たされることはないが、栄養学的には十分に摂取しているので、不思議なものだ。まぁ物足りないならば満腹中枢をコントロールする錠剤を飲めばなんとかなるが。

 ちなみに植物も品種改良が施されており、最近では肉のような触感と味を堪能できる植物が開発されたそうだが、それらを始め、栽培されている原材料はかなり高価だ。貴族でもない限り口にすることは二度とないだろう。いつかサラダというものを食べてみたいものだが、植物を食べたければその辺の雑草を食えばいい。植物を生で食べたいと愚痴っていた同僚にはよく言ったものだ。

 私は教会の近くの自動販売店でサプリメントを幾つか買った。とりあえず満腹中枢を働かせる錠剤は結構買った。勿論、他より安いから。

 しかし、傍にいたときのあの悲しそうな目は今でも忘れられない。どれほどのご馳走を期待していたのか。なんだか申し訳なかった。

 1リットルの水ペットボトルと数種類のサプリメントを片手にその子と店を出た。


 この国にはコミュニティエリアという休憩所がある。

 他国でいえば、カフェテリア、レストランといったような環境だ。飲食可能だが、口にできるのは錠剤と水程度。そのうえ、外食店ではないのでメニューも厨房もない。そのためここは作業や勉強、トークを楽しむと言った目的で使われる。あと、ここには本や雑誌も置かれているため、読書目的で来る人もいる。

 私は紅い眼の子と向かい合う形で席に座っている。ソファーのような座り心地を味わいながらも、その子の反応を窺った。テーブルの上には錠剤(主食)と水一本。目の前にいるその子は無表情でと錠剤を呑む。その表情が正直きつかった。

「……ご、ごめんねなんか」

「……きついですね、正直。でも助かりました。ミカドさん、ありがとうございます!」

 突然見せた、活き活きとしたその笑顔にドキリとするが、とくに気にはせずに私も笑顔で返した。

「そ、そう、ならよかった。それにしても、君お金ないの?」

 基本私は話すとき女性っぽく話している。仲のいい同僚なら中身を曝け出すが、公共の場ではそうもいかない。変な気もするが、傍から見れば私は女性なので、女性らしい仕草をしなければならない。

「あ、一応持ってますけど」

 持ってるのかよ! と心の中で叫んだ。められたと思ったが、その子がテーブルの上に出してきた幾つかの硬貨と数枚のお札を見て、その感情は無くなった。

「なんでかここでは使えないんですよー。使えないってわかった時困っちゃいましたね」

 お気楽に言うこの子の余裕さに別の意味で驚いた。まぁそれは置いておくが。

「これって別の国のお金じゃない。君どこからやってきたのよ」

「大国って呼ばれてるとこです。確かこの国から海を渡ってずっとみぎがわに行けば着くところだったと思います」

「……そこって、ここを植民地にしているあの国?」

「らしいですよー」のほほんと和みある微笑みを向ける。

 唖然とした私は口をぽかんと開けたままその子を見る。最早驚きの声すら出ない。

「……おまえ何者だよ」つい素の自分を曝け出してしまう。

「『イノ』っていいます」

その子は質問の意味を取り違えたのか、自己紹介をする。だが、そういえばまだ名前聞いてなかったのでそれで良しとするか。

(『イノ』、ねぇ……どこの国の子なんだろ)

 私はそんなことを考えながらも冷静さを戻し、女性口調に変えて質問をする。

「あー、えっと、イノは普段何をやっているの?」

 その子は―――イノは、純粋に思える赤い瞳で私を見ながら言った。

「旅人ですかね」

「旅人?」

 この時代に旅とは、よくやったもんだと私は感心する。というのも、今は世界のあちこちで抗争や紛争が起きている国が多い。それに全く関与していない平和ボケした国も少なくはないが、世界を旅する以上、かなりの危険さが伴わってくる。

「はい、自由にぶらぶらといろんなとこ行ってます」

 それはある意味彷徨っているとも読み取れますけどと、私は思った。

「何か目的でもあるの? 旅することに」

 イノは水のペットボトルに口をつけ、一呼吸置かせる。

「特にないんですけど、いろんな場所を見てみたいっていえばそうなりますね」

「へぇーそうなんだ」

 それならネット検索でいろんな国の景色の画像や動画で見れば早いのではないかと思うが、それとこれとでは違うのか。それに返答が曖昧だからはっきりしてほしいと思ったりする。

「直接味うのがいいんですよ。メディアを通してみるより、やっぱりこの目で見てみたいんですよね」

 私の心の中を読みとって答えたかのような返答だったので少しドキリとした。本当に読み取っていないよなと懸念する。

「目的や夢を目指して旅する人は多いですけど、僕は実際よくわかんないんで旅する意味は考えてないですね」

 イノはそんなことを言ってにゃははと笑う。中性的な声と顔が可愛らしくも感じる。

「……まぁイノのこともわかったことだし、そろそろ本題に入らない?」

「わかりましたー」

 そう、気になってはいたのだが、正直この子の事情なんてどうでもよかった。それよりも死のカウントダウンが迫ってきている私がどうやったら助かるのか。それが重要だった。

 私はとりあえず小声でこれまで起きた事情を話す。

「それってすごいですねー。DNAちょっと崩しただけで全身卵嚢の巣窟になるなんて相当ですね」

「他人事みたいに言わないでほしいし、その言い回しは精神的にきついからやめてほしい」

 今この瞬間でも私の細胞は変化し、結合され、新しい生命体が生まれ続け、この体内に溜まっているのかと思うと吐き気がしてきたので自分用に買った水のペットボトルに口をつける。

「理性を無くして暴走したあたり、やっぱり時間の問題ですね。いつ暴れてもおかしくないですよ」

 直視でそんなことを言われては疑いようもなくなる。悪寒が走った。

「助かる方法はあるの?」

「正直ないです」

「……は?」

 今何て言った?

 即答して何言った?

「ないです。さっぱりわかりません」

「……ふざけんじゃねぇぞおい!」

 ガタン! とテーブルを思い切り拳で叩く。周りにした数人の視線が一気にこちらを向く。

 だが、血が上っている私は気づく余地もない。

「ええと、一回落ち着いてください。一緒に助かる方法探すって言っただけで、別に助かる方法を知ってるわけではありませんよ」

 イノは平然とした、きょとんとした表情で言った。こっちが苛立っているのが恥ずかしいぐらいに。

 考えてみれば、確かにそういっていた。すると、自分の思い違いか。恥ずかしさを越え、さらに苛立ちを覚える。

「普段のミカドさんならそんなことありませんのに。ミカドさんらしくないですね」

初対面のお前が言う台詞じゃないだろ。

「それだけ進行してるんですね」

「…………」

「体内に浸透した放射線除去は宛になりませんね。既に手遅れですし。それも全身浴びてるから移植は……どうやってするんですかね」

「……知るかよそんな事……」

 呑気なこいつに対し私は呟くように口にする。死への進行に焦りと無謀さを覚える。

「イノはさ、世界中旅してんでしょ? だったらいろんな病気の治療法とか知ってるはずだと思うけど」

「旅人がみんな医者やってるわけじゃないですよ。あ、ちなみにミカドさんの症状は世界史上初です。やりましたね」

 自分にとって危険な事態だというのにこいつは。むきになる気さえ起きない。

「ミカドさん、病は気からですよ。死ぬかもしれないという想定だけでそんな落ち込んだらすぐ死にますね」

「……ズバズバ言いすぎだ」

 現実逃避しているのがよくわかる。でもそうしないと気が持たない。人間とは脆いものだと哲学者みたいなことを考える。

「ズバッと言っちゃえば、その壊れて配列の変わった遺伝子を元に戻せばいいんですよ。それか壊れる身体を寧ろ壊して、まぁ自死作用アポトーシスを利用してさなぎみたいに一回リセットするか。あ、いちばんいいのは共生することですかね、拒絶しなければ進行は止まるかもしれないですよ」

「……何の根拠があるんだよ」

 すると、イノは意外そうな顔をする。

「根拠って要るんですか?」

「なかったらどうしようもないだろ」

「ふーん」

 特に気にする様子はなく、またお腹が空いたのか、再びイノの腹の虫が鳴り、ぐでーっとテーブルに項垂れる。

(真面目にやってくれないかなぁホントに)

 こっちは死ぬかどうかの瀬戸際なのに。やはり他人事なのか。

(いや、焦っちゃダメだな。冷静にならないと)

「―――ミカドさん」

 少し大きめの声でイノに呼ばれた。何回か呼びかけていたようだ。

「どうした?」

「電話鳴ってますよ」

「え?」

 ポケットから携帯端末を取り出すと、確かに画面にはコーリング表示されていた。

(セイマからか……?)

 そういえば今日出勤すると言っておいて無断欠席してしまったんだった。時間は8時半。8時までに出勤しなければならなかったので完璧遅刻だった。だが、そういう余裕がない程の事態にあっているから仕方ない。

 私は通話ボタンをタッチする。

「セイマ、ええと、ごめんな、無断欠席してしまって」

 優しげに言ったが、セイマは怒鳴り散らすかのような荒げた声をモニター越しで上げる。

『ミカド! 今どこにいる!』

「え? ええと……」

『いいから今すぐ会社に来い! 大変なことが起きた!』

「た、大変なことって……?」

 恐る恐る訊くが、彼の口から放たれた言葉はあまりにも受け止めきれなかった。

『数日前のあの遺伝子崩壊ジーンコラプスが原因で新資源栽培に関係する職員が「選抜者」になってしまったんだよ!』

 先は暗くなるばかり。


次回も明日投稿します。

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