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四章 静かな宣告

 気が付くと、真っ白な部屋の白いベッドに寝ていた。

(病院……?)

 私は周囲を見回す。贅沢なことに個室のようだ。カーテンは開いており、窓からは鮮やかな光が射していた。壁にかかったデジタル式の時計は2時18分を表示していた。

(日にちが変わっていないから……8時間近くも寝てたのか)

傍には花と果物の入ったバスケットが置かれてあり、そこにメモ書きが置かれてあった。

「アマノとセイマからか……」

『体大丈夫か? まぁ異性の身体だから大丈夫ではないな(笑)

 医者の報告によると、ミカドは今朝の核投下による放射線を浴びてしまったらしい。なんで浴びたのかは分からないが、身体の組織が細胞レベルで弱まっているから無理な運動はしないようにのことだ。今のところ癌や白血病にはなっていないが、いつ発症するかわからないので今後体調管理にも気を付けるようにって担当医が言ってた。とりあえず髪抜けなくてよかったな。丸坊主になったらどうしようかとみんな心配してたぞ。

 会社はしばらく休め。部長からの命令だから。でも出勤命令がきたら来いよ。まぁ男性陣中心にお前のこと待ち遠しがっているが。

 じゃ、会社のマスコットアイドルよ、お大事にな。あと、傍に置いてある果物はちゃんと食えよ。わざわざミカドの好物選んだからな。結構高かったから退院したら金返せよ。

               アマノ、セイマ、ユカリ、そして筆者のタクト』

「タクトも来てたのか。それにユカリも。てかなんだよ金返せよって。病人に言う台詞か」

 私は微かに笑いながら置き紙を読んだ。まぁこの文はタクトが書いたのだろう。

「……ん?」

 私は紙の隅に何か書いてあることに気が付く。あまりに小さかったので読みづらい。

「追伸?」

 お約束のネタ文章だと予測し、私は目を凝らして読んでみる。

『P,S あなたのやわらかい女体、ごちそうさまです!』

「………………あいつら」

 意識がないことをいいことに思う存分触りまくったか。だから布団がよれよれで胸辺りが少し痛むのか。してやられた感があり腹立たしかったが、もう過去のことだ。仕方ない。

(仲が良くても、今後気を付けないとな)

 私は彼らの欲望の餌食にならないようもう二度と気を失わないと誓った。というかユカリやこういうことに興味がなさそうなアマノは止めなかったのか。

 すると、入り口からノックが聞こえる。「はーい」と返事をすると入ってきたのは私の担当医であると思われる白衣を着た丸顔の老人が現れたが、

「……あ!」

「2ヶ月ぶりだね、ミカド君。ああいや、今はミカドちゃんか」

 私の人生を180度変えた、あの医者だった。


「はは、そんな面食らったような顔して……そんなにうれしいのかい? ミカドちゃん」

「その言い方マジでセクハラですよ。てか何やっちゃってくれてるんですか!」

「おっとっと、放射線除去してやった恩人に対する言葉かい?」

「いやそれは本当に感謝してますけど、なんで俺を女性の身体に移植したんですか!」

「だってそうしなかったら君ぐっちゃぐちゃのねっちょねちょで死んでたんだもん。移植できる献体があれしかなかったんだもん」

「その年で駄々っ子みたいに言わないでください。あと本人の意思で提供してないでしょう。献体の意味間違ってますよ」

「それよりも私は命の恩人なんだからそれなりのご奉仕は頂か」「警察呼びますよ」

 白衣を着たフサフサ白髪の老人はしょぼんとし、ベッドの傍のパイプ椅子に腰を掛ける。

「そんなに落ち込むことですか」

「男は如何なる時も健全且つ思春期だ」「渋い声で決めても内容ただのエロおやじですよ」

「……ま、男である君を女性の身体に移植してしまったのは申し訳なく思う」

「人の身体をじろじろ見て言うセリフですかそれ」

「鏡で自分の姿を見て血圧上昇するのも無理はないが、アレはほどほどにな」「何をですか」

 その医者はバスケットに入ってあった果物ナイフを取り、親切にも果物の皮をむいてくれる。

「……ま、冗談はさておき、どうかね体の調子は。ああ、両方の意味だ」

 真面目な顔つきになればこの丸顔の老医者は結構凛々しくなる。どうでもいいことだが。

「……え、と……まぁ特にこれといったことはないですし、元気ですよ」

 私は笑って答えた。だが、さっきまでお調子者だった医者は一緒に笑ったりしなかった。

「元気だというのなら、君は異常だよ」

「え……?」

 その言葉に疑問を覚える。異常とは、どういうことか。

「君の付添いにも伝えておいたが、君は今朝、放射線を浴びている。隣国の落とした核のものだ。距離は遠かったものの、放射線は広範囲まで拡散したようだね」

「……」

「この国は深夜12時から朝方6時までの一般勤務を禁じているという法律のおかげで、爆心地以外の国民は外に出ていない為被曝せずに済んだ。君一人を除いてね」

 医者は話を続ける。私は朝の行動を思い返していた。

「まぁ君の身体がある実験によって多少なりは耐性があったようだが」

「ちょっといいですか」「なにかな?」

「この女性の身体はなんの実験をされて……亡くなられたのですか?」

「…………」

 老医師の真剣な目に僅かだが躊躇いがあった。

「まず、君の体の健康についてだ。今のところ白血病や癌といったものは見られない」

「ならよかっ―――」「だが」

 言葉を遮られる。医者は重く口を開く。

「その子の、被験体の体質が放射線に反応したようだ」

「……どういうことですか?」

「今は全細胞が弱まりきっているが、それは今だけだ。現在進行中で君の細胞は遺伝子レベルで変化している。被曝者とは異なる症状が体内で発生しているのだよ」

「それは、最後にどうなるのですか?」

「細胞はまったく別の生命体となり、オカルトにいえば君は理性を持たない、生きているだけの化物になる。そして、次第に衰弱していき、組織が破壊され、どろどろの肉塊となるかもしれない」

「……死ぬんですか……?」

「恐ろしいことに、そんな状態になっても、君は生きてるよ。感覚は無いだろうけど」

「……それって死んだも同然じゃないですか」

「そうだね。被曝した時点で君は死んだも同然だ」

 冷酷に言った老医師の目に迷いはない。本当なのだろう。

「……それに」

「それに?」

「普通の人体ならともかく、君の身体は被験体の肉体だ。組織が人と異なるそれが被曝して変異してしまったら無闇に治療もできない。いや、方法が見つからないのだよ」

「……もしかして、被験体っていうのは……戦争と関係してますか?」

「その通りだよ。さすがミカド君だ」

 静かに医者は言った。重々しく言うその様子は懺悔を告げる罪人のように見える。

「対戦争用に開発されている人間兵器、とでもいえば分かりやすいだろう。異常な身体能力に加え、その破壊力は重火器にも匹敵するらしい。再生力と耐性力にも優れ、なかなか死なないという。まさに兵器そのものと言ってもいい」

 だが、と医者は付け加える。

「当然、手術時に拒絶反応が見られ、山のように死人は出た。まだ助かる見込みのある廃人の一部は私の病院に運ばれてきた。彼女もその一人だったが、既に手遅れで、脳組織が破壊され、精神が崩れていた。肉体は未完成のまま脳死に至り、彼女の人生はそこで終わったよ」

「……そこで、死に掛けの俺が運ばれてきたと」

「そうだ。だが、君が被曝した以上、その兵器と化した肉体がどう変異するのか。いや、もう既に変異してしまっている」

「なんとかならないのですか?」

「……君に付着した放射線は何とか除去できたが、細胞にまで浸透してしまったものはどうにもできなかったよ。急速に縮んでいく寿命を抑えただけだ。変異の進行が止まったわけではない」

「ま、また移植とかして治りませんか? 全身移植を可能とした先生ならどうにかできるはず……」

「放射線は全身にまで行き渡っている。君の脳髄もしっかりとね」

「そ、それじゃあ……」

「ミカド君」

 医者は私の話を遮る。白黒つけるように。これ以上の抵抗を無くすように。

 医者は告げる。

「残念だが、医者としてこれ以上はどうにもできない。なんとか治療法を探してみるが、期待はしない方がいい。申し訳ないが、覚悟をした方がいいだろう」

「…………」

「……すまないな、私も未熟な人間なのだ。責めたって構わないさ」

「……いえ、大丈夫です。……あの、余命はどのくらいなんですか」

「予測としては……もって三週間だろう。だが症状はいつ現れてもおかしくはない。常に危険な状態だ」

「そう、ですか……」

 白い空間が静寂に包まれる。医者はこの場の重しを軽くするため、優しげに語るように話しかける。

「ミカド君」

「……なんでしょう……」

「君は、神様を信じるかい?」

「……いえ、俺は宗教に興味がないので……」

「そうか」と医者は腕時計で時刻を確認し、再び話し始める。

「折角というのもなんだが、一度教会へ寄ってお祈りでもしてみるといい。まぁただの気休め程度にしかならないと思うが」

「……考えておきます」

「君にとって神様を、いや、奇跡なんて根拠の無いものなんぞ信じないと思うが、信じない限り、受け入れない限り、そういったものは訪れない。まぁ、検討してみてくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」

「では、私は失礼するよ。ああ、明日、君は退院する予定だ。しっかり体を休めておきなさい」

 老医師は会釈をし、部屋を出る。しん、と再び閑静の空間と化す。

「……」

 もって一か月。それが私に与えられた余命。いつ死んでもおかしくない。絶望的であることには間違いないが、どうも実感が湧かなかった。いや、感情を抑えていたのかもしれない。

 そうでなかったら、何故こんなにも、こんなにも……

「なんで涙が出てくるんだよ……っ!」

 その病室からは透き通るような、しかし悲しそうな女性の声が微かに漏れていた。


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