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三章 異変

 私の住んでいる質素なアパートから会社まで歩いて大体20分。運のいいことにあの満員電車の苦痛を味わうことなく、すぐ近くの会社に就任できたので日々開放的な通勤日和を送っている。自転車で行きたいとこだが、生憎、自転車は2か月前の事故でスクラップにされた。それの恐怖心か、もう自転車に乗る気にはなれないのである。車の免許はとってあるが、これも同じ理由だ。乗車恐怖症とはまさにこのことだな。


 まだ電気の付いていない8階ビル建の会社に着く。窓を見ても電気がついていないので、まだ開いてないのかと思ったが、ガラス製の自動ドアはあっさりと開いた。

 両サイドの壁に設置された複数の噴射口から汚染浄化剤が噴出す。感染流行や放射線等の汚染物質を浄化し、落としてくれる必要不可欠な装置だ。

 第二の入り口を開け、階段を上り3階へと上がる。少し廊下を進んだところに私が働く仕事場がある。

 質素なドアをがちゃりと開け、中に入る。誰もいないがらんとした仕事場に入るのはこれが初めてだった。薄暗く、静かなので不気味に思えてくる。

 だが、その中央には2人の男がデスクワークの椅子に座っていた。

「……随分急いできたみたいだね。お疲れ。あ、飲みかけだけど野菜ジュース飲む?」

 私に対してはあまり無愛想でないアマノは眠たそうな目でこちらを見つめる。

「……今の状況解ってる?」

「ああ、解ってるよ。会社的に大問題だね。いやクビになるほどでもないか」

「とりあえず部長には伝えておいた。怒ることなく冷静に『処分しろ』って」

「それ結構怒ってるんじゃ……」

 私はアマノの隣で健康食品のクッキーをおいしそうに食べているセイマをみる。

「いんや、おまえ可愛いから許してくれてるよきっと。そもそもミカドのせいじゃないし」

「まぁ言われてみれば確かにそうだけど」

「自分が可愛いってことが? おまえそれはナルシ―――」「後者です」

「ミカド、さっき汚染した改良品、あれ放射線のものだったぞ」

「ホントかよアマノ」「嘘をつくほうがおかしい」

 私はため息をつき、キャスター付きチェアにどかっと座る。それをふたりが怪訝そうに見る。

「ここにいるの俺らだけだからいいけどよ、もうちょっと女性らしくしろよ。折角綺麗なドナーに巡り合えたのに」

「勤務中は女性らしく振る舞っているのにな、もったいない」

「ミカドはもう国籍的に女性だよ。男を捨てよう」

「天使を汚すんじゃねぇぞ寄生した悪魔め」

「……アマノ、この身体は正直ドナーじゃない。男を捨てるかはどうとして、まぁ気を付けるけど、セイマがなんか俺自身を悪魔呼ばわりしてるのはなんでだ」

「……はぁ、ともかく、さっさと処分しようや。体内に入らない限り汚染はされないけど、そんなものがこの建物の上にある自体恐ろしい」

 セイマは短髪頭を掻き、天井を見上げる。

「そうだな」

 私は2人と共に屋上の第二栽培施設へと向かった。



 新資源「PSM――Pluripotent Stem Material――」エネルギー。万能物質Eとも呼ばれているそれは数十年前、世界中で流行した病気「血結病」(凝固因子をもつウイルスであり、肺によって血管内へと入ったとき、血液凝固を血管内で引き起こし、広範囲内で血栓を引き起こす)ウイルスを捕食する人工細菌のRNAと、ある物質A(企業秘密)を結合させ遺伝子操作して完成した無機質生命素材である。ある作用で絶命またはその組織を崩すと多量の電気と磁力を拡散させる。これを利用し新燃料として利用できるようになった。他にも付加重合すれば浄化作用をもち、圧縮すれば金属質の素材になる。また、薬やそれを含んだ食物としても利用され、病気を防ぐ作用がある。正に万能物質だ。


 私たちの会社「NCC『ニュークリエイトカンパニー』」はその新資源を研究開発、そして生産にも手をつけてある国にとって大切な企業のひとつである。

 優秀さもあってか、私たちのような若者でも重要な役職に就くこともある。ただ、失敗は許されない。


「まぁ試作品だったから屋外に出してあるサンプルがわずかだったのが救いだな。よかったなミカド」

 念のために防護服を着たセイマはガスマスク越しで笑う。

 私の担当しているのは遺伝子改良とその栽培。栽培というのはさておき、この万能物質には欠点がある。

「まぁよかったはよかったけど、勿体ないなぁ……早く栽培しないと」

 ひとつは新素材なだけあって今までの化石燃料より圧倒的に少ないのだ。これでは資源として使えない。

 そこで、動植物にそれを注入し、新資源を作らせる臓器や器官で濃縮に作れるように遺伝子改良を施す。これは動物より植物で栽培した方が効率が良かったので今では植物のみで生産している。より効率よく、効果的に生産させるのが私の役目だ。

「そうだな、でもこれ結構デリケートだし、気をつけろよ?」

「わかってるって。てか汚染させたの俺じゃないし」

 もうひとつは外的影響されやすく、また生命であるため脆いのである。ちょっとした温度変化や湿度、光量等で組織的に形質的に変化したりする。汚染物質なんてもってのほかだ。薬になるどころか猛毒を持った生物兵器にでもなりかねない。故に屋内の工場で栽培を行っているのだが、敢えて外部で育てることで耐性の強い種ができるのかもしれない等の研究要因で行っていることもあるが、今回はタイミングが悪すぎた。

「よりによって放射線を浴びせるとは……」

 そう、放射線を浴びたのだ。屋外の植物はみんな被曝し、汚染してしまっただろう。

 だが、核が投下されたのは夜明け前だったので夜間勤務がない国民はみんな被爆せずに済んだので安心する。

 それにしてもこんなところまで放射能が飛ぶなんて、核兵器は全く侮れないな。気を付けないと。

「セイマ、処分するのは勿論だけど、この植物がどういう風に育っていくか見てみたいよな」

「んなわけないだろ恐ろしい。治療不可な毒物振りまく個体が出来たらどうする」

「それは恐ろしい」

「だろ? だったらさっさと処分するのが得策だって」

「でもな。ミカドはちょっと気になるだろ、生みの親として」

「ミカド、こいつに耳貸すな。ちょっとイケメンだからって肯定するなよ」

「理由になってないぞ。大丈夫かセイマ」

「お前に言われたくない」

「……どうしたミカド、ぼーっとしてるのか」

「ガスマスク越しじゃわかんねぇな」

……あぁ、そうだった。

「……ミカド?」

 私は無意識に視界が切り替わり、薄明るい灰色の曇り空を仰ぐ。一瞬の浮遊感はどこか気持ちが良かった。

「――――ミカドっ!!」

……すっかり忘れていた。

 夜明け前、部屋の窓を開けてしまっていたことに。


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