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二章 私たちの国

 私の居る島国は隣国が落とした核兵器の被害に遭った。幸い、いや幸いと言えば失礼だが、その爆心地は私の住んでいる地域からは遠かったため、私は核兵器の被爆者にならずに済んだ。だが、被害はどのくらいだろう。

「……軍は何やってんだよ」

 この国の人口の九分の一は軍兵として国を守っている。

 だが、3億もいる兵がなぜ核兵器を止められなかったのか。

(なんかあったんだな……)

 私は携帯の画面のバックライトを消し、机に置く。

 まぁ被爆者に対しできることは何一つないので今は心配してオロオロしている場合ではない。

(シャワーでも浴びるか)

 私は服を脱ぎながら浴室へと向かった。

 脱いだ服をまとめて傍の籠に放り投げ、一糸纏わぬ姿となる。

「……」

 相変わらず、自分の裸は違和感がある。

 鏡を見ながら自分の裸体を一瞥した後、浴室へと入る。

 朝浴びるシャワーは頭皮的によくないらしいが、それはシャンプーをつけた場合の話だ。ただ浴びるだけなら大丈夫だろう。

「……」

 シャワーを済まし、私は自分の身体を改めて見つめる。

 いつになっても、やはり慣れない。

(女性の身体なんてな……)

 私はため息をつく。


 2か月前、私は一度死んだ。死因は事故死だ。車であっさりとな。

だが、もの好きの医者は親も兄弟も親戚もいなかった私をいいことにある実験の被験体となって脳破壊を起こし、廃人となった女性の肉体に私の脳髄を移植したのだ。

 拒絶反応が起きるはずなのだろうが、これも偶然なのか、血液型や体質、そして年齢と身長などの条件が整っていたのだろう。他の外部的要因もあるにはあるが。

 移植など今の時代そこまで珍しくもないが、男性の脳を女性の肉体に移植するのはこの国では初めてだ。法に違反しているのではないかと思われたが、前代未聞なことは法に記載されていないので対処されなかったのだろう。それか、その医者の権力で黙認されたか。ただ、不思議なことにマスコミには取り上げられなかった。

(……ま、見た目以外不便はないけどな)

 とはいえ、自分ではない自分の顔を言ってはなんだが、綺麗だった。男の精神である私の中では美しい部類に入る。体格も然りだ。艶めかしい四肢とバランスの良いスタイルはほれぼれする程だが、自分の身体と化した故なのか、性的興奮といった感情は芽生えてこない。

 艶やかな黒い髪も手術時は長かったのだが男の私にとっては鬱陶しかったのでショートまでばっさり切ってもらった。最近は少し伸び始めてセミロングより少し長めになっている。

 いつになっても慣れない女性用の下着を履き、髪を櫛で梳かす。男がやると気持ち悪いことこの上ないが、傍から見れば女性が普段している当たり前の行為だ。気にする必要はない。

 問題は自分と関わってきた人たちの反応だ。事情を伝えれば薄々納得してくれるが、やはり向こうも慣れないだろう。

 同僚に「ホルモンとかどうなってるんだよ」と聞いてきたが、確かに脳が男性ならば男性ホルモンが圧倒的に分泌されるだろうが、被験体の肉体故か、それとも臓器にあるのか、濃い髭や体毛といったものは生えてこない。筋肉は何故か前よりつきやすくなった気がするほど力量が増したが、見た目には現れてこなかった。

 壁に飾られた時計を見ると5時半を過ぎていた。外は少し明るくなり、夜明けが来るところだ。

(こんな清々しい朝なのに、とんでもない事態になったな)

 爆心地やその周囲の人々はどうなったのか。自問したところで自答しか返ってこない。

 死んだ以外、何がある。

 私は再び携帯の電源をつけ、警報内容の詳細を読もうとしたが突然のコーリングが遮らせた。

 画面には知っている名が表示されていた。

「なんだアマノか……こんな朝早くにどうしたんだ」

 私は画面に映る通話ボタンをタッチし、端末に向けて話しかける。今では通のテレビ電話機能だ。

「よぉ、こんな朝早くからどうしたんだよ」

 可愛らしい女性像が台無しな口調で気軽に話す。アマノは私の働いているとこの同僚だ。

 画面に映る顔を見ても解るが、比較的にアマノの大人しい顔は女性に人気があるようだが無愛想でノリが悪く、普段無口であるため、基本は一人だ。だが、そんな奴から私に電話を掛けるとは一体何事なのか。

『……なんだ、起きてたか……おはよう』

「お、おう、おはよう」

 マイペースでよくわからないのも彼のスタイルだ。

『速報見た? 核兵器落とされたらしい』

「ああさっき知った。どうなるかな」

『さぁな。あ、全国民外出禁止令出たから』

「禁止っていっても、別になるべく出ないようにしてくださいってことだろ?」

『うん。ここは特に影響ないと思うし、普通に朝以外なら外出ても大丈夫だと思う。あと、ほとんどの会社は今日休暇になったよ』

「そうか……まぁ当然だろうが、俺らは出勤だろ?」

『そう。……なぁ、その声で『俺』って言われるとなんか女性らしくないしみっともない』

「とうとうアマノまで言うようになったか。でもそういうのってなんかなぁ……」

『……そんなことより』「お前が振ったんだろ」

『核だったのは意外だったけど、他国がこの国を攻撃したってことは……もう解りきっているだろ』

「ああ、『大国』への宣戦布告。

……戦争の引き金を引いてしまったってことだ」


 私たちの国は植民地である。

 とはいえ、そこまで虐待的な労働や教育などは強いられていない。易しく言えば協定を結んだと言ってもいい。

ではなぜ植民地と称されるのか。しかしその解答を知ればすぐに納得がいくはずだ。

 国民の提供。残酷に言えば人肉の提供だ。

 この国の人口は他国と比べ異常に多い。世界で格別にその値は抜いており、世界最多数の記録を築いた。

 その上、食料総生産も世界一であり、ある研究によって実現した新エネルギーの物質の大量開発に成功している。

 化石資源0のこの世界にとってこれほどまでに理想的な国は無いだろう。何より量が多い。資源も、食糧も、人材も。

 人体提供は支配国である大国の検査員によって選抜される。より貧困で、しかし質のいい人体を選び抜く。だが、質が悪くてもロクな人生を送ってない飢餓人は強制的に(原則選抜されれば強制的だが)大国へと捕縛、搬送される。貴族や軍人、政治経済そして食糧生産民といったこの国に貢献している人民は選抜されない。私もその一人なので人体提供される心配も恐怖もない。

 では選抜された人体は大国へ搬送された後どうなるか。予想はできると思うが、労働力として絞るだけ絞り取り、使えなくなったら肉として、食料として美味しくいただかれる。食えない部分は装飾品などの素材として無駄なく使われる。腐食部分や排泄物、とても食えたものでない端材は家畜の餌やや植物の肥料、またはバイオマス等の燃料となる。

 人体はこの時代において必要不可欠な「人財」なのである。

 協定の条約はこれだけでない。自国で生産した食物の40%を輸出しなければならないことだ。これが原因で飢餓人が増えるのである。そしてダメになった人材を連れて行く。質の悪いシステムだ。

また、食料だけでなく新エネルギー物質の提供も含まれる。強欲にする程育てた樹は早く枯れるというのに、実に愚かだ。大国はこの国より賢くはないのだろう。

だが、愚かでも武力と権力、そして金があればどんな国でも従えられる。私らの国は以上の大量寄付と引き換えに世界流行病のワクチンを優先提供、他国防衛と軍事力提供、輸入品を贔屓ひいき的にこの国だけ関税を安くしてくれる条件を与えてきた。

おいしい話だが、そんな簡単な餌に引っ掛かる程この国は馬鹿ではない。ではなぜそうしたのか。

これもまた酷い理由だ。増えすぎた人間を減らしたかったからだ。だが、倫理的に人間を減らしていくのは問題ではあった。さぁどうするか。

別の国に殺してもらうことだった。そうすれば自国の責任にはならないという理由で。

この国は他国よりは賢いが、やはりどこか残忍さがある。私にすれば狂っているとも言ってもいい。

なんにしろ、私の視点として結論付ければ、

 豊かすぎる国は他の飢えた国に貪り食われてしまうのだ。


『……まぁ正解、うん』

「で、本当の用件は? 緊急警報のことだけで連絡はしないだろ」

 アマノはしばらく黙りこむ。画面越しの表情を見ると、少し俯いている様にも見える。

「……どうした、もしかして言いづらいことなのか?」

『いや………思い出してるとこ』「普通に忘れたんかい」

『あ、そう、うん、これだ』

「なんだ」

『屋外で栽培してあった新資源の遺伝子改良物が汚染されちゃって全部ダメになった』

「……それは忘れたらダメだろ。あとそういうことは最初に言ってくれ」

 私は大急ぎで仕事の支度をし、放射線兼感染対策用の防護服のスーツとガスマスクを着用して玄関を開けた。


次回も明日か明後日に投稿する予定です。

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