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十一章 赤い瞳

ねぇ、君は今、生きてるの?


生きてるよ。


そんな姿になっても?

 

生きてるよ。

 

君の身体じゃないのに?

 

生きてるよ。

 

ただ生きてるの?

 

生きてるよ。

 

生きていくの?

 

生きてくよ。

 

簡単じゃなくても?

 

生きてくよ。

 

理由がなくても?

 

生きてくよ。

 

ただそれだけのことでも?

 

それでも生きてる方がいい。

 

―――そういうことに決めたんだ。




「う……ん……」

 ガタゴトと揺れる中、何か堅いものに頭を強く打ち、目を覚ます。

「……んぁ……なんだ、ここ……?」

 目を開けても視界は真っ暗、ではなく、天井付近に小さな窓と檻が付いており、そこから日の光が漏れていたため、辛うじて部屋の中が見える。

 幾つか置かれてある木箱や鉄製の箱がガタガタと揺れ、音を立てる。下からはエンジン音が振動と共に聞こえてくる。

「車の中か……」

 手足は鎖で固く縛られており、口も鉄のマスクで塞がれているため少し息苦しい。

「……ん?」

 少し大きな箱に隠れて気が付かなかったが、奥に二人ほどの人間が寝そべっているように見えた。

(俺と同じく捕まった選抜者か……)

 私は芋虫のように身体を這いずり、ふたりのもとへ行く。ふたりとも同じように手足を縛られていたが、鎖ではなく、縄で縛られていた。顔も露わになっており、薄暗い中、目を凝らしてその顔を見る。その顔には見覚えがあった。

「―――っ」

 それは殺されたと思っていたアマノとセイマだった。

「おい! アマノ! 目を覚ませ! セイマも起きろ!」

 しかし、叫んでもマスクで声が籠ってしまう。

 私は頭突きしてその身体を揺さぶる。

「ぅ……んん……」

「おい! 起きろ!」

 寝起きでぼーっとしているのか、アマノは私の顔をずっと見続ける。

「……誰だ?」

「ミカドだよ! お前怪我は大丈夫なのか?」

「……っ、ミカド?!」

 普段は無口のアマノが驚愕の声を出す。

 その声でセイマもようやく目を覚ます。

「なんだようるせぇ……ん? どこだここ」

「セイマ! 俺だ、ミカドだ!」

「……うおっ、ミカド! でもなんで?」

「捕まったんだ。ごめんな、逃げ切れなかった」

「……いいさ。仕方ない」

 アマノは薄く笑う。

「にしてもどこ行くんだこれ」

「分かるだろセイマ、大国へ行く運搬港だ。やらかしたおかげで俺たちは選抜者決定だ」

 そうアマノが言うと、セイマはしばらく固まり、だが、溜息を一つ付く。

「……いくら命乞いしても救われないんだよな?」

「ああ、現実そんなもんだ」

「……はは、なら、黙った方がいいな」

 ふたりは、もう覚悟を決めていた。そんな声だった。

 私も、ようやく気持ちを整え、鉄マスク越しで口を開く。

「最後まで三人揃って、か」

 私がそう呟くと、ふたりはため息交じりに笑った。

「これも腐れ縁ってやつだな」アマノは言う。

「タクトが抜けてるぞ。それに俺はおまえらと出身校違うし」セイマが言う。

「でも、会社の中では俺たち一番の縁だよ」

「……それもそうだな」セイマは微かに笑う。

「ミカドはなんで俺たちより拘束が激しいんだ? 鎖っておまえ、猛獣同然だろ」

「その言い方やめい。放射線と、この変わった身体が反応して化け物みたいな感じになったからこう、厳重なんだろ」

「そうなんだ。だったら俺ら危なくない?」

「……いまのとこ大丈夫だから俺から離れるのやめようか」

 そのとき、ガタン! と大きく揺れたあと、先程よりはあまり揺れなくなった。

「道が安定してきたな。てことは……」

「もう港かも」

「……はぁ、こわいな」

「今なら泣いてもいいんだぜミカドちゃん。俺に寄り添って愛らしくすすり泣い―――」

「誰がやるか変態野郎」

「セイマ、ある意味それ、ホモ発言」

「うるせぇな。こうふざけたことでも言わねぇと気が持たないんだよ」

「……じゃあ楽しく、好きな人トークするか」

「……あのミカドが女子的トーク。まぁ見た目は女子だし別にいいけど」

「……セイマ、どうした。お前らしくないぞ。涙なんて流しやがって」

「……そういうおまえこそ、目からなんか出てきてるぞ」

 そう言われるまで、私も涙が流れていることに気が付くことができなかった。しかし、このぶつけようもない悲しいとも、怖いとも、不安とも言えない複雑な感情が心を満たしていたのは感じていた。

「……はは、流石のアマノも目に涙溜まってるぞ」

「さっきあくびしたんだ」

「おいおい、強がんなよおまえ」

「そういうセイマだって」

「……はは、それも、そう、だな……」

「……っ、ぅぅ……」

 私たちは寄り添い、泣くのを堪える。しかし、涙は流し合った。

 ずっと生きていたかった。死ぬなんて考えたことなかった。この先何が待ち受けているのか。そしてどうなってしまうのか。その未知の未来が怖かった。

 私はすっかり信者になったのかもしれない。こんな現実的にどうしようもない状況でさえも私は、神様に助けを乞うた。

 今まで信じなかった神様に祈る。どうせ何も起こらないのに。無謀な行為なのに。

私は……

奇跡を、信じた。


 ―――ドゴンッ!


「―――うぉあっ!」

「! おっと」

「な、なんだ?」

 景色が傾く。いや、私たちを乗せたこの車が傾いているのか。

 再び衝撃が車内で響く。車体はひしゃげ、貨物を取り出すための後ろの入り口が開きながら、そのまま倒れる。

「「うぉあああああああ」」

 幾つかの荷物の箱と共に私たちは放り出される。アスファルトの地面に身体をぶつけ、痛みが鈍く走るが、それよりも何が起きたのかとすぐさま視界を前に映す。曇天の明るさでも目が眩んだ。

「じ、事故?」

「交通事故にしては激しすぎだろ。しかもここ港だし」

「じゃあ何が……?」

 先程まで私たちを乗せていたトラックが倒れる。私たちのいたそのコンテナは大きな鉄球にぶつけられたかのように潰れかけていた。

 辺りを見回す。大国専用の運搬港という名の軍事施設なだけあって滑走路のように広く、あらゆる重兵器が大型駐車場にある自動車のように多く並べられていた。

「うぉぉ、戦車や戦艦だけじゃねぇぞ、戦闘機まである」

 セイマは軍事施設を前に戦慄していた。確かにこんな光景を見れば、逃げられる気さえ起きてこない。

「……あ、今ので縄千切れた」

 アマノは自由になった手で縛られた脚を解きはじめる。

「ホントか! じゃあ俺のも解いてくれ!」セイマの目に少しだけ明るさが戻った。

「わかった」

『おい! 何があった!』

『テロか?!』

 大国側も動揺しているようで、この事態に困惑している様子だ。

『! おい! 今ので選抜者が!』

『縄が解けてる! 今すぐ捕まえろ!』

「……っ! まずい! 気付かれた!」

 遠くにいた大国兵は駆け寄り、しかし十数メートル先で立ち止まり、銃を構える。

「……え、撃つのかあいつら」

「麻酔銃か、捕縛銃か……」

「に、逃げないと!」

 しかし、時はすでに遅く、銃声が響き、銃弾と捕縛縄がこちらへ襲い掛かかるように向かってきていた。

(……畜生っ!)

 しかし、それらは大きく外れ、私たちを通り越す。

『……なんで外したノーコン野郎!』

『いや、ちゃんと狙ったはずなんだが』

 それでも容赦なく大国兵は撃ち続ける。だが、一発も当たることはなかった。

「どういうことだ……?」私はひたすらに考えたが、何もわからない。

『くそ! こうなりゃ直接捕まえるしかない』

『おいやめろ! あの二人はともかく、あそこの女は人間兵器の変異体だ。無闇に近づけば殺されるかもしれねぇし、もしかしたら今のもあの女の仕業かもしれねぇ』

 何人かの兵が怒鳴り声で話しながら連絡器を片手にどこかへ去っていく。少しだけ安心したが、それもつかの間だった。

「なぁ……あいつらもしかして」

「重機使って俺らを捕まえるのか? 馬鹿じゃねぇの? せめて取り押さえるとかだろ」

「たぶん、ミカドが異質の身体だから警戒してると思う」アマノは冷静に話す。

「それでもやりすぎだろ。殺すのと変わりないんじゃねぇか!」

「騒ぐなって。ほら、ほどけたぞ」

「お、おお。てかミカドはどうする? 鎖じゃどうしようもないだろ。見るからに厳重そうだし」

「いや、気にすんな。おまえらだけでも―――」

「そういう嘘はよくないよ。それ言ったってことは助けてほしいて言ってるのと変わらない」

「う……」

「ミカドはまぁ、担いでいくしかない」

「やっぱりそうなるか……っ、おい! あいつら戦車出してねぇか?」

 その先を見ると、頑強そうな戦車が銃砲をこちらへ向けていた。

「せめて失神させるガス弾だと良いんだけれど……」

「ンなこと言ってねぇで早くミカドを担げ! 逃げるぞ今すぐ!」

 だが、そんなことを言っているうちに砲口から鉄の塊が放たれる。

 しかし、その砲弾は突如勢いを無くし、手前に着弾するが、不発のようで、地面に転がったままとなった。

「……? さっきからどうなってんだ?」

「分からないが、今は逃げるしか―――」

「無駄なことはしない方がいいですよー」

 パンパン、と手を鳴らし、声をかけたのは質のいい軍服を着た30代ほどの女性だった。

 同時に、周囲を軍兵と重兵器で囲まれる。

「……ここまでやられたら、チェックメイトだね、まさに」

「アマノ、今はそういう状況じゃない。正直ヤバいぞ、これは」

「はいはーい、もう逃げられないですよー。家畜は家畜らしく、飼い主に従いなさいな」

 その女性の口調は飄々としていたが、その表情は鋭く、冷酷に近い無表情と言っても良いほどだった。

「監視局からは化物って報告が入ってるけど、まさかこんな、SFみたいな力を持つなんてね」

「…………」

「無視ですか? 家畜のくせに生意気ですね。はいじゃあ全機、撃ちなさい」

 その淡々とした命令と共に周囲の戦車から砲弾が放たれる。

「―――っ!」

 ……のはずだったが、戦車から出たのは砲弾ではなく、爆炎だった。

『うわぁあああああ』

 戦車全機が突然爆発を起こし、その鉄の巨躯がひしゃげ、崩れる。

『なーにやってんのよあなたたち。メンテナンスは毎日やってんでしょ?』

 その事態を前にしても、自分の傍の戦車が爆発しても意に臆することはなく、変わらぬ口調で呆れるように大国の言語で話す。

『はい、ですが、何故このような事態になったのかは……』

『じゃあ次のやつ、どんどん出して、どんどん撃っちゃいなさい』

『はっ! 了解しました!』

 何の計画性もない命令に兵は従い、次の兵器を起動させる。

「なんで戦車が一斉に爆発したんだ?」

「これもミカドの力か?」

「いや、俺は何も……」

『全兵、あの3人を直接、確保』

『はっ!』

 何十人もの銃を持った兵が一斉にこちらへ駆け寄る。

 だが、数歩手前で兵は何もない何かに悉く吹き飛ばされる。まるで目に見えない竜巻にでも巻き込まれて薙ぎ飛ばされたようだ。

「うぉぉ、マジか」

 先程からの奇跡の連発に安堵感を持ったセイマは最早恐怖など感じてはいなかった。アマノも少しばかりか安心している。

 だが、私は何故こんなことが起きているのかは不思議で仕方がなかった。

 それを見るまでは。

「―――え?」


 そのあと、何が起きたのか。

 自分の信じてきた常識を覆された感覚は記憶を麻痺させ、状況を把握できなくさせる。

 だが、ふたつだけ、覚えている。

 ひとつは、どんなに銃弾で撃たれようとも、砲弾で激しく撃たれようとも、どんなに多くの兵が捕まえようと襲い掛かってきても、私たちは無傷であったこと。

 そしてもうひとつ。そこには真っ白な髪と真っ赤な瞳をした旅人がいたということ。


 そのときの真っ赤に輝く凛とした瞳は今でも鮮明に覚えている。


次で最終章になると思います。

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