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九章 発症と処理

グロテスクを中心としたR18表現がありますので苦手な方や不快になりたくない方は読まないことを推奨します。

 私は何をやっているんだろう。

 殺人を犯すどころか、友を犠牲にして逃げてしまった。そして、監視役員、つまりあの大国に逆らってしまった。

 救われようのないことをし続け、私はどうすればいいのか。何も思い浮かばない。

 だけど、それでも、私は、

「助かりたい……」

 そう呟いた。

 そうだ、生きるためにここまで来たんだ。とんでもないことはしたとはいえど、生きるためなら仕方がない。なんとかしてこの身体を治し、元通りの生活に戻さなければ。

 教会は相変わらずの神々しさを醸し出していた。

 教会の並べられた長椅子のひとつに白い頭が中央の通路からはみ出ているのが確認できた。

 私はその人物の傍に行く。その人物、イノは長椅子の上に横たわり、気持ちよさそうに寝ていた。よく寝るなと思ったりする。

 私はその華奢とも逞しいともいえる身体を揺さぶり起こす。「ん、んん……」と眠たそうにイノは目をこすりながら身を起こした。

「……あれ、ミカドさん、今まで何してたんですか?」

 その安心する声に私の心の一部が救われた気がした。私はその優しい声に甘え、先程の事情をすべて話し、救済を求めた。その声は自分でもわかるほど情けなくも、泣きそうな声だった。

「―――ミカドさん」

 イノは軽く、しかし重たそうに私の名を呼ぶ。言葉の深層に何か真剣さがあった気がした。

「そこまでして、なんで死にたくないんですか?」

「……え?」

 そこには今までの優しさに包み込まれたような笑顔はなく、真剣な表情で、凛々しい中性の声で、その真っ赤な瞳で不思議そうに私を見つめ、はっきりとそう言った。

「ミカドさんは、なんで死にたくないんですか?」

「……そ、そりゃあ死にたくないよ! とんでもないことをしてしまったのは分かるけど、それでも生きたいんだよ!」

「どうしてですか?」

「ど、どうしてって……?」

「そこまでして生き続けたい理由はあるんですか?」

「理由……?」

 なんだこいつ、何も考えてなさそうな奴だったのに、なんで突然こんなこというんだよ。

「理由なんて、そんなの……」

 考えてみると、なんで自分は生きていたのだろう。何のために生きているのだろう。倫理的に考えれば幾つか出てくるはずだが、あくまでも倫理的な話で、決定的な理由なんてなかった。寧ろ考えたことがなかった。

「まぁ理由なんていらないですけどね」

「……」

「でも、それがなかったら、死んでいるのと大して変わりませんよ、たぶん」

「……なにがいいたいんだよ」

 しかし、その質問には答えず、イノは奥の神様の巨像の前に立ち、それを見上げる。

「みんな、死ぬのが怖いらしいです。それがなんなのか解らないから。解らないのが怖い。何処の国へ行ってもそういうことはよく聞きますが、なんででしょうね」

「そんなの……知るわけがないだろ」

「生きてるってことは死んでるってことなんですよ。生まれたときから死というレッテルが貼られてるんです。共存するはずの事象が拒絶されているのは可笑しいことですね」

「あ、当たり前だろ死ぬのを拒むのは! んなことより早く助かる方法探さないと―――」

「―――なんだっていうんですか?」

「……っ!」

 その声は相変わらずあっさりとしたもの。だがそれは、微かに冷たさが含まれていた。

「何かを犠牲にしてまで生きたい。それはわかります。ミカドさんの症状からして死に方も結構残酷な苦痛を味わいそうなので嫌なのもわかります。醜くても情けなくてもいいからとにかく生き続けたい。それもわかります」

 さっきと言ってることが違う。何言ってんだこいつは?

「……? じゃあなんで」「ですが」

 言葉を遮る。そして言う。

「なんで死にたくないって逃げてるんですか。何も知らないのに、なんで嫌うんですか」

「…………」

 その意味は私にはわからなかった。しかし、表情は変わらずともその声はなんだか悲しそうだった。

「死にたかったら生き続ければいいです。けど、生きたかったら死ぬことを受け入れてください。それを解らないと言って、怖いと言って逃げてばかりじゃ、すぐ死にますよ」

「……じゃあ、おまえは死ぬのが怖くないのかよ」

 私は腹から思いを搾り取り、掠れたような声が出る。

「わからないです。なにもないのが怖いのも、死ぬということも、生き続けるということも、縛られてはわかろうにもわかりません」

 イノはミカドの目を見て、

「だから、自由を選ぶんですよ」

「……自由……?」

 自由の為に生きる、ということなのだろうか。だが、本人の純粋愚直な思いの深層は霞んで見えないままだ。

「あ、そうだ、核落とされてから4日ほど経ちましたね。なのにこの国って放射線対策するだけで被災地の人のことなんかはほったらかしなんですね。ある意味凄い神経してますよ」

 皮肉に聞こえる言葉だが、どうもこの人が言うと褒め言葉に聞こえる。

 しかし、突然の話題の切り替えに調子が狂う。私は先ほどまでの思考を放棄し、今の言葉を返す。

「この国は人が多すぎるんだ。減ってくれたら万々歳なんだよ」

「確かに多すぎますね」

「昔はなによりも人の命を最優先してたそうだ。大切な物よりも、他の生き物よりも、地球よりも、俺ら人間を大事にして、ギリギリまで延命して、増えても尚、増やし続けた結果が今の状況だ。大事にしすぎて壊れてしまうなんて、本末転倒だよな」

 自由気ままに話すこいつと一緒にいると、焦る気持ちが薄まり、日頃の本音を曝け出す。いや、もう諦めているのかもしれない。

「それで同属を大切にしないってのも変な話ですなぁ」

「確かにな。人間って思想を頑なに主張する割にちょっとしたことで都合よく簡単に考えを変えるからな。そんな不安定な思考がこの国の考え方を狂わせたって思ってる。綺麗事散々言いふらしておいて、結局他人事なんだよ。そうでない人もいるが、そういう奴らは大抵、頭でっかち野郎共に出る杭打たれるんだよ。どっちが出る杭だって話だ」

「ミカドさんは少数派なんですね」

「そうだな、いろんな本読んでるうちにそうなったっていうか。でも、俺も見てみぬふりしてるからそこらのやつらと変わらないけど。ま、この国の人は自分と関わりでもしない限り自分の庭で人が死んでもそれを横目に近所の人とおしゃべりを続ける神経の奴等ばっかりだからな」

「家畜扱いされるのも仕方ないですね」

「はは、それもそう―――っ」

 私は倒れる。

 頭が痛い。腹が痛い。胸が痛い。目が痛い。順を通って痛みが繁殖していくかのように全身へ往き渡る。

「……ぁ……うぁ……が……っ」

 激痛のあまり声さえ出ない。息もままならない。

「―――ミカドさんっ」

 イノは私の傍に駆け寄り、私の身体を仰向けに反した。

「ちょっと堪えてください」

 なんて言ったのか聞き取れないまま口を開けられる。すると、イノの左手が強引に入れられるのがわかった。指先が食道にまで達し、更に呼吸ができなくなる上に吐き気も増してきたときだった。

「……っ、~~~っ!」

 喉奥から胃へ、小腸へ、臓器へ、血管へ、筋肉へと何かの衝撃が走った。一瞬且つ激痛を越えた衝撃に失神しそうになったが、先程までの痛みはすっかり消えた。

「よし、オッケーっと」

 ずぽっと左手を私の口から抜き取る。涎を拭い、顎が外れてないか私はガチガチと顎を動かしたり、歯ぎしりして確認した後、身体を起こす。

「いま……なにした?」

 私はまず頭に浮かんだ言葉を出す。

「手を口に入れただけですよー」

 だが、具体的に答えることもなく、イノはにひひと呑気に笑う。

 詰問したところでこいつが話すのかと考えれば答えは分かりきっていたので次の質問へ移る。

「治ったのか?」

「治ってないです」

 きっぱりとイノは言った。よくわからない奴だと私は思った。

「ミカドさんの中から出てこようとした生き物を殺しただけです」

「中の生き物……?」

 自分の口から出てきた大量の細かい蟲のことを思い出し、悪寒が走る。

「いろんな種類の生き物がたくさんいたので、結構進行してますね。ミカドさん、トイレ行きましょう」

「は? トイレ? 急になんで?」

「ミカドさんの中に溜まった死骸を取り出すためですよ。その死骸、次生まれた生き物の餌になりますから」

「嘘だろ……」「いやほんとです」

「それに、生まれてくるのは、内部からだけではないですから」

 どこか痒くなってます? と訊いてきたイノの言葉に私は嫌な予感を感じながら、さっきから異様にむず痒くなっている左腕の袖をゆっくりと捲くってみる。

「―――っ、うわあああああああああっ!」

 私は床にしりもちをつく。その左腕から離れるかのように。

 手首から腕にかけて小さな赤い腫瘍が何十粒もの魚卵のようにぶつぶつと膨れ上がっていた。水疱瘡のようにデキモノは薄膜で、その中に細長い何かが漂っていた。

「へ……なに、これ…………ぁ……ぁぁああああああああああああ」

 私は咄嗟に腕に発生したその大量の赤い球体を右手で一気に潰そうとしたが、その右手をイノに掴まれる。

「無闇に触らない方がいいです。それもなんとかしますので、一緒に来てください」

 私はその言葉に従うしかない程、精神が崩れかけていた。


 教会とは別にもう一つの建物が敷地内にあり、そこのトイレを使った。その建物の中にも人はいなかった。今日は営業してないのだろう。

 洋式便所の狭い空間に私とイノは入り、内側の鍵を閉める。

「……どうするんだよ」

「まぁ今できてるものを処理しないと栄養とか細胞的に寿命を早く迎えてしまうので、とりあえず全部出しましょう。ちょっとお腹と背中みせてください」

 言われるとおりに私は服の裾を上げる。女性らしい括れのある腰回りが顔を出す。

「あー、すっかり痣みたいなのできちゃってますね」

 え、と思い見ようとするが、イノの言葉がその行為を制止した。

「みたら精神崩れますよ」

 びくりと私は視線をまっすぐ見た。イノは構わず言葉を続ける。

「じゃあ、まぁとりあえずの処置法はわかったんで、服脱いでください」

「え?」

(今何言ったんだ? 脱げって?)

 私は戸惑いを隠せなかった。それでもイノは平然とした表情だ。

「な、なんで?」

「なんでって、おなかの中に結構溜まってるのでそれを取り出す為に下から排出させようと……」

「ほ、本気で?」

「生きたくないんですか。それとも逝きたくないんですか?」

「……」

 とりあえず、こんな純粋人間でも洒落は言うんだな。

「おねがいします」「オッケー」

 そう気軽に言った。

 全裸になるのは流石に恥ずかしかったので、トイレで用を足す感じで下半身の肌をすべて曝け出した。

 男性(自分)のではない、女性(他人)の身体。私生活では何とも思っていなかったが、人前で、しかも公共のトイレで人間的に恥ずかしいところを出すのはある意味雪辱的だった。それでも、生きるためなら仕方がない。

 イノは私の様子とその姿になんの興味も示すことなく、

「じゃあ中腰でお尻を便器に向けてください」

 と言われ、壁に腕をつけ、尻を便器へ向けて突き出す。肛門と陰部がはっきりと見える程に。その姿勢にさらに恥ずかしさが増す。

「……これで、いいんだな……?」

 はい、ばっちりですと呑気に言うので緊張感に欠ける。

「最初にいっておきますけど、処置が終わるまで天井見上げて目を瞑った方がいいと思います。ミカドさんの今の状態だと精神が崩壊しきって廃人になると断言できます」

「見たらダメってことか」

 当然、自分から出てくる死骸なんざ死んでも見たくない。好奇心で気になる感情もないわけではないが、廃人になると断言された以上、私は言われたとおりにする。

「たぶん違和感や痛みが出ると思いますが、まぁ出産する気分でいけば気分も大丈夫です」

「俺、一応男なんだけど……」

「体は女性です。意外と大変なもんですよ出産って」

 そんなことを言いながらなんの前触れもなく

「えいっ」


 ずぶりと指を押し込んだ。

「―――っ!!!」

 体感したことない感覚と痛みの不意打ちに全身が驚く。痛みのあまりどちらの方に挿しているのかわからない。

「普通ここまで痛がりませんよ。妊婦さんの方がまだマシですね」

 自分の意志が直結してるかのように、二本の指を入れているイノは淡々と解説する。

 その指先から根でも張っているのか、一瞬だけの異物感がその指から体中へと伝わっていき、すぐにその違和感はなくなった。痛みも少し和らいだ。

「ちょっと麻痺させました。これは流石に人でも耐えられませんね」

 独り言のように分析し続ける。痛みが和らいだとはいえ、こちらにはそれなりの余裕はなかった。

「まずは一塊」

 と言ってすぐにどぼぼとなにかの液体と固体が混じったようなものが便器の中の水溜まりに着水する。

 陰部から出てきたのは真っ赤に濁った何か。その色は血に等しく、塊となっているのは形成しかけた臓器。さらには、その大量の赤い排泄物には数ミリから数センチに及ぶ胎児の手足や身体が何人分も混じっていた。バラバラになったそれは血で染まっており、流産した未発達の胎児を思わせる。

 赤い液体はよく見ると点々と小さい赤蟲や赤蛆が集まってできたもので、その中には十数匹ほど格段に大きい一センチほどの頭部の丸い魚のような個体が活発に水の中を泳いでいた。

 当然、そんな見るに堪えないものを排出したミカドは知る由もない。

「気分はいいですか?」

「気分どころじゃないって……」

「まだあるので頑張ってください」

「……うぅ」

 ミカドは涙目になる。

「生きるのって大変なんですよ」

 もっともだとミカドは思った。

「よっ」

 今度は肛門から濃い緑青の液体と共に、赤黒く、ところどころ青い血管が張った太長いものを、芋を掘り取るかのように抜き取る。ぼちゃんと便所の中に入れる。

「うわ、一回死なせたのにまだ生きてる」

「え、生きてんの?」

「あ、目を瞑って下さいね。なんかさっき大量の卵をまとめてったんですけど、後から生まれた細胞によってそれが一塊に合体しちゃってひとつの大きな命に育んだみたいなんですよ」

 それ以前になんでそういうことを知ってるんだとミカドは思ったが、訊かないことにした。

 浮き出た青い血管を脈立たせながらその肌黒く太長いそれはミミズのようにくねくねと便器の中を先程排出した赤い液体と緑青の液体をぐちゃぐちゃと混ぜながら活発に動く。

「な、なんか音がするんだけど……」

「楽しいこと考えてください。……やっぱり気を強く保ってください」

 瞬間、イノはそれを指で突き刺し、べりっと袋を破るかのように両手でそれの表面を引き裂く。

 ぴぎゅーっと何か空気を外に押し出したような、しかし小動物のような甲高い断末魔がそれから響き、勢いよく赤い粘液を噴き上げる。それが天井にまで達し、とろとろと天井から赤い粘液が垂れ続ける。

「い、いま鳴き声聞こえたんだけど……」

「ミカドさんの放屁した音です」

「嘘バレバレだよ!」

「えー」

 なんでわかったのとでも言いたげな声を出し、再び指を突っ込む。

 ぼと、ぼと、と一個体ずつ少し大きめの蜘蛛のような蠍のような虫の形をした肉塊の死骸を便器の中へと引きずり出し、どぼどぼと入れていく。便器は臓器のようなものと蟲のような死骸でいっぱいになっていた。異様な腐臭が鼻につく。

「流石にこの量は流せないな」

 うーんと悩んだイノはとりあえず便器のふたを閉める。

「これで全部です。ミカドさん、目を瞑ったまま左腕を出してください」

「わ、わかった」

 ミカドはぶつぶつと腫れ上がった赤い卵の群が発生した左腕をイノの前に見せる。

 イノはその腕を腫瘍ごと優しく擦った。すると、卵ひとつひとつが膨れ上がり、ぽろぽろと一個ずつ取れ始める。

 イノは再び便器のふたを開け、それらを入れる。再び閉め、その上に座る。

「もういいですよ。目を開けて服を着て結構です」

 ミカドはゆっくりと目を開き、おそるおそる狭い空間の辺りを見回す。

「……天井に血が……」

「あ、それは許して」

 ふたの閉じた便器の上に座ったままイノはたははと笑った。

「……」

 あの中に自分から生まれた異形の生物が溜っているのかと息を呑む。それを平然と見て、触ったイノはどれほど精神が強いのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。

「……え、と、ありがとう、ございます」

 とりあえず、私はお礼を言う。

「大丈夫です。ミカドさんを救う為ですもん」

 そう笑顔でイノは返した。思わず私も「はは」と笑ってしまう。

「それにしても、なんか体が軽くなったような……」

「そりゃあミカドさんの細胞が減ってきたからですよ。あれは元々ミカドさんからできてましたから」

「……」

「でもま、なんとかなりますよ」

「根拠はないのに?」

「もちろん」

 その自信たっぷりに言う言葉にぷっと笑う。私の様子を見て、イノは安心したように微笑む。元からそういう顔だが。

「だいぶ安定してきましたね。じゃあこの中処理しますんで教会で心身休めてください」


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