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清和の王  作者: 才谷草太
源義仲の反乱
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動く鎌倉

 寿永二年九月十九日。

 京での失態が続く義仲に耐えかねた後白河法王は、遂に彼らを合理的に京から外に出す方策として、平家追討の指示を出す。義仲は京での失態回復に、この指示に飛び付いた。更に後白河法皇は剣までも手渡し、その成功を祈る立場を表した。

 しかし、義仲にとっての誤算が出陣した頃に起こり始める。

 鎌倉の頼朝より、朝廷に申状が届く。それを見た朝廷側は大いに喜んだ。


 その内容とは、「平家が横領していた神社仏寺領の本社への返還」「同じく平家が横領していた院宮諸家領の本主への返還」「平家側の降伏者は斬罪にしない」と言うもので、正しく平家から朝廷への主権回復を狙った物だった。

 この内容には、頼朝の政治的観点が含まれている。

 源氏の勢いを義仲に奪われ、更に関東一円の影響力すら危うくなり始めている時に、京での義仲の失態を知る事となる頼朝。ここで朝廷に餌を撒けば、関東一円の平定にも繋がる。そして何よりも、源氏の棟梁としての血脈が、逆賊であり続ける訳にはいかない。

 更に朝廷とすれば、平家に握られた荘園等からの年貢が復活し、飢饉からの脱却を図れる上に、その支配権も戻って来る。


 朝廷の利益と、頼朝の利益が重なった。


 十月、朝廷から頼朝に宣旨が発令される。

 その内容は、『東国における荘園・公領からの官物・年貢納入を保証させると同時に、頼朝による東国支配権を公認する』ものだった。

 だが、同じ源氏としての戦を避ける為、その支配圏からは義仲の北陸道を外していた。


 そんな大事変が起きてる頃、義仲は西国で苦戦をしていた。京までの道中は勢いがあったにも関わらず、その京での失態以降は流れが完全に変わり、水島の戦いでは配送してしまう始末。

 そんな折に、『鎌倉より頼朝の弟が、大軍を率いて入京する』という情報が入る。



 時は少し遡り、九月下旬の鎌倉。

 宣旨の出る少し前の事だった。


 「兄上…如何されましたか?」

 頼朝に呼び出された義経と四人の野党…四天王と呼ばれた、弁慶・与一・龍馬・剣一もその背後に座る。しかし、そこにはウロウロと落ち付きの無い頼朝が居た。

 「京に馳せ参じろ、との命が下ったのだ」

 右手の親指を噛みながら、右に左にと歩き回り、眉間にシワを寄せる棟梁。しかしそれとは逆に、義経は明るい表情を向ける。

 「それでは逆賊の汚名が晴れるのですね!?」

 「それは良い、それは良いのだが…申状を見た朝廷は、義仲殿が西国に出ている内に、我を京へと招き入れ討たせるおつもりだ」

 「何と…木曾殿を、で御座いますか!」

 驚き口を開いたのは弁慶だった。

 「源氏棟梁としての復権は望んでおるが、我が動くとなれば、大軍が京に入る事になってしまう。折からの飢饉に、義仲殿の軍隊が流れ込み、更に我が動けば京は壊滅する…何か妙案は無いか、各々方」

 頼朝はその視線を剣一に向けた。どうやら黄瀬川での一件で、軍師として見られている様だった。が、胡坐をかいて座る龍馬が喋り出した。


 「頼朝公が動くまでも無いがやろ」

 その表情は呆れ返っていた。その程度で態々呼び付けるなと言わんばかりである。

 「ここに居る九朗殿に軍を率いて上洛させ、直接の戦の意思が無い事を訴えるがじゃ」

 「我に…兄上を差し置いて上洛せよと申されるか!」

 「誰が最初でもエエがやろ…」

 龍馬は更に面倒臭そうに答えるが、剣一は龍馬に助け船を出す。


 「京に入らずとも、この件は終わると思いますよ?」


 頼朝が待っていた男が、ようやく口を開く。その隣で龍馬はニヤッと笑って言葉を待つ。

 「まず、先んじて申状を出された事に対しての、朝廷よりの宣旨を待ちましょう。恐らく朝廷は乗って来る筈です。あの申状に乗る、と言う事は事実上の東国支配権を与えられると言う事ですから、その後、大軍を率い上洛する、と朝廷にお伝え下さい」

 目を輝かせながら聞いていた頼朝は、ここで剣一の言葉を遮る。

 「待て、大軍は宜しく無い…。先も申した通り、京は飢饉の…」

 「はい、ですからあくまでも単なる『方便』です。実際には少なく、更に京には入りません」


 その言葉には、一同が言葉を失う。


 「木曾殿は復権の為に西国に赴き、義経殿上洛を聞き付けると、軍を二分し京へと舞い戻るでしょう…」

 「大軍で無くとも、勝てるっちゅう事かいな?」

 龍馬が身を乗り出す様に剣一を覗きこみ、聞く。

 「源氏同士の戦は避けねばならぬのだ…」

 頼朝がどっかりと床に座り、言う。


 「もう、既に止まらぬ流れになっております」


 剣一は目を閉じて言う。


 「…どういう事だ」

 「大殿…木曾殿は既に源氏を忘れており、我が身の立身を狙っております。その機に鎌倉が立った事を聞けば、諸国の源氏は棟梁に着きましょう。その時点で木曾殿は逆賊です。そして焦った木曾殿は手段を選ばず暴走を始めます」

 「ま…待て、待たれよ! むざむざ同胞を逆賊と貶めると申されるか!」


 「敵は平家。同胞を纏める事ができず、棟梁が務まりまするか! 平定の為、我が身の保身・立身のみを企てるようであれば、この先に平定はございません!」

 遂に口を開いたのは、義経だった。剣一の策を聞き、義仲を討たねば源氏すらも朝敵となってしまう可能性がある事に気が付いた。が…この言葉が、後の義経の身に降りかかる事になるとは、誰も想像をしていなかった。


 義経の言葉の後、頼朝は口を固く結び、四天王と弟を見遣る。


 「棟梁として…か。弟に諭されるとはな…」


 頼朝は苦笑いを浮かべ、呟く。が、それに継ぎ剣一は更に言う。

 「鎌倉方からの軍で無ければ、木曾殿のお立場は更に朝敵と成り得る事も…」

 その言葉に、頼朝はすぐに気が付いた。

 「成る程。ではそちらの工作は、こちらで進めようぞ」

 源氏の棟梁として。

 弟にそう言われ、覚悟を決めた頼朝に迷いは無くなっていた。そして本来の政治家としての思考に切り替わっていた為、策略を巡らせる事が安易になっていた。



 この時から、朝廷と頼朝は固い絆が結ばれ始める。

 同胞の裏切りと策略によって…。

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