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清和の王  作者: 才谷草太
出会い
7/53

黄瀬川の再会と四天王

 背後に雄大な富士を湛える平野部に、広大な河原を懐に抱き悠然と流れる富士川。河原に佇むと、大自然が時の流れを堰き止めるかの様に、ゆっくりと流れる。


 そんな富士川の畔では、平家軍の残した馬や兵糧等を頼朝軍が見聞していた。通常であればこの様な事はしないのだが、頼朝には気がかりがあった。

 いくら士気が低下しようとも、鳥の羽音で撤退するなどおかしい…。そこで、平家軍内部で何が起こったかを調べさせていた。そして彼自身は富士川から少し離れた黄瀬川に陣を張り、その結果を待っていた。


 そこに、側近の土肥実平、岡崎義実、土屋宗遠が入って来る。

 「頼朝殿…謁見を希望する武者が数名、陣を尋ねております。歳の頃二十前後と思われ…」

 側近はその代表の者の背恰好を説明した。それを聞いた頼朝は、切れ長の目を開き、笑顔に変えて言う。

 「何だと…誠か! 通せ! 恐らくは陸奥の弟…牛若だ!!」

 「しかし名は九朗と申されており…」

 「奴は我の弟、八人の兄を持つ牛若に相違ない! 通せ!!」

 「はっ!」


 頼朝の輝いた笑顔に、側近三名も即座に返答し、陣幕から出て行く。そして暫くすると五人の武者が陣幕に入って来た。その中で、ひと目で我が弟を見付けた頼朝は、涙を流して歩み寄って来た。

 「牛若…お主生きておったか…」

 「兄上、遅ればせながら只今推参致しました」

 義経は涙を見せず、堂々と四名の側近を従えての到着。無論、弁慶・龍馬・剣一・与一が付き従っている。

 頼朝は涙を止める事無く、ウンウンと頷きながら義経の肩を掴み、その身体の無事を確認するように眺め、その後で背後の側近を見る。

 「牛若…そなたの従者か…よくぞここまで弟を守ってくれた」

 頼朝は従者を一人ずつ眺める…が、その目は、与一と剣一の姿に止まる。

 「其の方…腰に差している物は刀か…」

 当時、刀の鞘は飾りが入っているのが主流であり、刀身の反りもやたら大きく反っているか、全く反りが無いか…に、二分されていた。更に腰帯に差すと言う事も余り無かった為、その出で立ちは謎めいていた。

 「戦時とあり、帯刀での参幕をお許し下さい」

 剣一は深く頭を下げるが、頼朝は剣一に歩み寄り、

 「元より承知して居る。我の設問に答えよ」

 「はっ…これは…私の業を使う為の武器にあります」

 「ワザ…とは?」

 頼朝がそう言い、剣一の刀の柄に手を掛けようとした瞬間、剣一は身を捩じり避ける。

 「失礼ながら、この刀は我の魂。御大将と言えども、我の腰に差したまま触れるは御勘弁頂きたい」

 その態度には弁慶と与一は背筋が凍った。だが、頼朝は流石にその無礼に気付き、

 「それは失礼致した…。では、改めて請う。お主の魂、見せては頂けぬか?」

 流石は武士の棟梁になるだけの器を持っている。その姿には弟の義経も感服した。無論、剣一も総大将にそこまで言われては、見せざるを得ない。黙って頭を下げ、ゆっくりと刀を差し出す。


 「ほう…反りは少ないが、その幅は均一」

 そう言いながら、ゆっくりと鞘から抜く。そして、その輝きに目を奪われる。ふっくらと盛り上がった鎬、均一の角度でゆっくりと反りかえる刀身、波紋は美しく波が浮かび、峰は少し肉厚で、五角形の断面。

 「振らせて頂いてよろしいか?」

 頼朝の申し出に、断る理由は無い。剣一はゆっくりと頷くと、頼朝はくるりと背を向け、細い木の根元まで歩いて行く。

 「さぞ切れ味もいいであろう…」

 そう言いながら、立ち木に向かい刀を振る…が、その刃は木に食い込み、振り抜く事ができなかった。

 「な…何だ!」

 慌てたのは頼朝とその部下達。普通ならば切れる筈の細い木に、大将の刀は阻止されている。

 「がははは、いかんちゃ頼朝殿、その様な使い方では、皮しか斬れんちゃ」

 豪快に笑い飛ばした龍馬に、頼朝は赤面して睨みつける。

 「愚弄するか! 我にこのような棒切れを渡し、笑いに来たか、牛若!」

 その怒りは龍馬や義経、剣一に向けられ、刀を剣一の足元に転がした。それを見た義経・弁慶は即座に膝を付き頭を下げるが、剣一はゆっくりと刀を拾い上げ、頼朝を睨みつける。


 「浅墓…、我が剣術を活かす剣と申しましたが…」

 「なに? 我を浅墓と申すか!」

 「木下殿! 我が兄上であるぞ…控えよ!」

 義経が止めに入るが、剣一は切先を頼朝に向け、更に言う。


 「この刀は我が魂と、今は亡き友の魂が刻まれております。それを投げ捨てるなど、言語道断です」

 「ほほぉ…剣さんも一端の侍になったのぉ」

 空気を読まずに、龍馬は笑いながら言う。ただ与一だけがその空気に付いて来れず、オロオロと立ち尽くしていた。


 「これは、御大将が振られている刀とは明らかに違います。しかし、これを使いこなせるようになれば、鋼をも切り裂く事ができます」

 そう言いつつ、刀を下げて頼朝が切れなかった木に歩み寄る。そして、上段に構えて言う。

 「平家軍は、恐らく徐々にこの刀の形に気付き始めています…。遅れれば、取り返しは付きませんぞ」

 そう言った後、軽く刀を振り下ろすと、目の前の木は見事に両断される。

 斬り倒される木を見ながら、剣一は頼朝に言う。

 「この反りは徒に着けられた物ではありません。撫で斬る剣の動き…腰・腕・呼吸…それを整えねば、ただ叩くだけでは斬れません」

 そう言いながら刀をクルリと回し、再び頼朝に渡し、その場に膝を付き頭を下げる。


 「其の方…再び我に…」

 恥を掛けと言うのか、そう思ったが、これまでの剣一の言動からその言葉を言うのを止めた。怒りはあるが、それ以上に『平家にあり、源氏に無い武器と業』を伝えようとする男に、興味が沸いていた。頼朝はざわつく側近共を睨み付け、大人しくさせた上で再び別の立木に対する。


 そして呼吸を整え、先程の剣一の身体の動きを思い描きながら構える。

 「腰と…腕…」

 ブツブツと口の中で反復させつつ、フワッと刀を振り下ろすと、見事に木立は両断され、ガサガサと音を立てて倒れる。周辺の側近たちは、その様を見て歓声を上げる。



 「木下とやら…平家はこの刀をみな使っておるのか?」

 「いえ、遠目ではありますが、まだ使われてはおりません。恐らくその形に行き着くには暫く掛かりましょう」

 「そうか…おい、刀匠をここに呼べ」

 頼朝は従軍している刀匠に、その刀の形状を覚えさせ、量産する事を即決した。勿論、剣一もそれに快く応じ、刀匠に見せた。





 「さて…其の方、矢を見せて頂きたいのだが…」

 剣一と刀匠が刀に関して談義を始めた頃、頼朝は与一を呼んだ。が、与一にとって頼朝は雲の上の存在。身体が固まり、動けない。

 軽く笑いながら、龍馬が与一の右股に携える矢を一本抜き、頼朝の元に差し出す。

 「かたじけない…」

 頼朝も、その新鮮なまでに怖れる与一と、物怖じしない龍馬・剣一とのギャップに苦笑いを浮かべつつ、その矢を受け取る。


 「牛若よ、お主あの場に居たな?」

 与一の矢を見た瞬間、頼朝はニヤリと笑い義経を見る。

 「…はっ…」

 全てを見抜かれたか…と、義経も頭を下げて笑みを浮かべる。

 「鳥を動かし、大軍と錯覚させた上に、馬の尻に矢を放ち混乱に陥れる…か。その様な神業をお主がしたのだな?」

 頼朝は与一を愉快そうに見ながら、その腕を称える。

 「勿体無いお言葉…」

 与一はやっとその場に膝を付き、頭を下げた。

 「敵の馬に刺さった矢は、こちらでも見付けておったが…平家側の矢とはまた違っておったのでな、不思議に思っておったが…これで得信できたわ」

 「矢を放ったがは与一殿じゃが、その計略を練ったがは別の男じゃ」

 龍馬は相変わらず能天気な態度で、ニヤニヤしながら剣一を見ていた。

 「何? 牛若では無いのか?」

 そう言い、義経を見るが、義経自身も笑いながら剣一を見る。

 「我が軍、少数なれど…名軍師であり『居合業』という神業を使う者、一里先の馬の尻を射抜く矢の達人、百人の敵を捻じ伏せる豪僧、自陣の絆を深く結ぶ参謀が居ります」


 義経の言葉に、頼朝はその従者をグルリと眺める。

 「差し詰め、四天王…と言った所か」

 頼朝は嬉しそうに言う。

 「牛若…、今は何と名乗っておる?」

 「はっ…九朗義経と…」

 「そうか…。我が弟、源九朗義経。四天王と共に鎌倉へ入り、東国の平定・平家の追討に尽力せよ」

 「御意に!」




 富士の裾野で再開した兄弟が、遂に仇である平家討伐へと乗り出す瞬間であるが…龍馬と剣一は既に刻の中へと巻き込まれた事に気付いていなかった。

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